第七章 ──その後 第八章 ──意識の底
街では、今日も子どもたちが笑い声を上げていた。
その中心には、まるで本物のように動く一匹の子犬着ぐるみがいた。
ふわふわの耳、しっぽ、つぶらな瞳。
中に人間が入っているとは、もう誰も思わない。
時折、子どもがこう言う。
「この子、ほんとに犬みたい。ねえ、お名前は?」
すると、その子犬はしっぽを振って、にっこり笑ったように見えるのだった。
静寂。
それはまるで、水の深い底に沈んでいくようだった。
感覚も、言葉も、時間の流れさえも曖昧で、ただもこもことした温かい布地の中に、ユウの“何か”が浮かんでいた。
──わん、わん。
──お手。
──いい子だね。
それらの音が、反射のように頭の中をめぐる。けれど、確かにその奥には――
「ぼくは……誰だ?」
声が響いた。
それは、かすかに残った“ユウ”という少年の、自我だった。
世界は闇と柔らかい繊維に包まれていた。
けれど、そこにはぽつんと、かつての“制服姿の自分”が、誰にも気づかれないまま蹲っていた。
「これが……罰なんだろ……?」
声は誰にも届かない。外では、自分の体が勝手に動き、笑い、鳴き、撫でられている。
でも中の彼は、閉じ込められたままだった。
「戻りたい……せめて、名前だけでも思い出したい……!」
でも――その願いすら、徐々にぬいぐるみの温もりに溶かされていく。