前史(2)
門を護っている衛兵に連れられ【魔砲教会】の建物に入り、職員に待てと言われて待っている間、職員さんから質問攻めにあった。『どうやってここまで来た』『何故お前から魔族の気配がする』『辛かったでしょうに』……等々、無責任にも感じる質問の嵐に見舞われたが、総じて《敵》を見る目をしていた。魔族から送られる殺気のこもった目と同じ目をしていたから気づいた。
ただ、流石は軍隊だなと感じたのは、上司らしき人が私のいる部屋に入室したら、私語をやめ、角度やタイミングを揃えた敬礼をし、挨拶をした事だろう。
そしてその上司らしき人は、私の目の前の机に魔導銃を置いた。……もっとも、魔導銃よりも砲口径が大きいから【魔砲】だろうとは思ったが。
上司らしき人が『その徽章は……■■■■■■の娘か……ならばコレは出来るだろう。…〝纏え〟』そう言われると、何時も通りに魔導銃に魔力を纏わせる様にした。本職の人から見れば、あの時は杜撰かつ無様で、無駄が溢れた纏わせだったのだろう。……今となっては確認する事も出来ないが。
纏わせていると、上司らしき人は目を見開き、職員さんは顔を合わせ何かを話している。何を話しているかは小さくて聞こえなかったが、嘲笑か、侮蔑か。…どちらでもいいが。
上司らしき人が『やめよ』と言うと私は魔力を纏わせるのをやめて上司らしき人を見た。あの時の上司にも救われたなとも思う。
そして上司はこう言った。
『貴君の帰還を歓迎する。ようこそ我が魔砲教会へ』
……私が魔砲教会への入隊してからは初期教育が始まった。元々放浪道中でサバイバルはした事もあり、別に苦しくはなかった。けれどもここで手を抜いたら教官から叱咤が来るから手を抜かず、全力で耐えた。理不尽に近い叱責も、同期からの嫌がらせも、私より前に入隊し、晴れて正規兵に昇格した者からのイジメも。
ただ、私の入隊手続きや身分証明書の製作を付きっきりで手伝ってくれた、教官含め直属の上司にあたる人からは何も無かった。ただただ私の頭を撫でてくれただけ。どうも私が胸元に付けていた形見を『懐かしく思っている』と言っていたことだけは覚えている。
そんなこんなで同期の嫌がらせはイジメへと昇格し、日陰ではなく白昼堂々と行われることとなる。お父さんの形見の魔導銃の銃身をへし曲げ、旧軍徽章を叩き潰し、酷いときは魔砲の出力を限界まで下げて腕に押し当ててきたこともある。勿論、教官からは『イジメをやられる方が悪い。精進しろ』と言いながら尻を蹴られたりもした。
……ただ、その生活も終える事が突然にあった。時は確か、大陸暦1898年の…月日は忘れたが、その年に訓練中に魔族の襲撃があった。訓練をしたとはいえ新兵は新兵、訓練中の兵ですら無い私達、積極的に私達を逃がす教官達、そしてそれらを皆殺すために暴力を振るう魔族。
私達とは違う魔法形態だが私達を圧倒し、教官達を殺して回り、訓練兵の私達を遊び感覚で嬲り続ける魔族。その光景を見て、私は震えた。またあの再来が…と。けれど私には【魔砲】とお父さんとお母さんの意思がある。そう思い、念じ、魔砲へと魔力を纏わせ震える手を抑えながら油断しきっている魔族へと砲門を向け、射撃を開始した。
放浪道中に何度か魔族と渡り合うことが合ったから、全く戦ったことのない兵よりかはいい立ち回りをできたのだと思う。大振りの攻撃は確実に避け、反撃の射撃を行い、急速接近する魔族には短剣を突き刺し、殴りつけ命を確実に刈り取る。従える魔物には魔砲の砲撃を加える。……それをずっと続ければ良かったが、魔族に頭に一撃を貰われてしまい、形勢逆転、けれども後方の部隊が来るまで、私は魔族と踊っていた……らしい。…この辺りは記憶があやふやで、本能のままに狩りを行っていたのだろう。気がついた時には魔砲教会の病院だった。
この戦闘の御蔭で、初期から中期訓練はほぼパスし、上期訓練の山岳訓練や降下訓練をノーミスでクリアしたことも相まって、私は新兵ながらも《蒼月勲章》と《赤色十字架勲章》を授与された。その勲章により私に降りかかっていたイジメは無くなり、上司さんからは『教官を野放しにしていた事については謝る、教官の粛清を行ったからもう安心してくれ』とも言われたっけ。
……でも、次に襲うのは孤独と恐れによる、実害のない嫌がらせだった。どうも貰った2つの勲章は言わば《二階級特進の生き残り》として認識されているらしく、私のことを戦闘狂か快楽殺人鬼と思っている同期が多く、私が笑顔で近づこうものなら恐怖の表情を浮かべながら逃げるし、魔砲の砲撃訓練や机上訓練は私の得意分野だったのも相まって、私の相手は専ら教官だった。
部隊を組んでの訓練も私と話そうともせず、そのせいで死亡判定を食らったりしたこともあった。
……まぁ、コレが新兵から魔砲艦隊尉官になるまで続いたのだから世話無いなと思う。良く生き残れたよ、私も……同期も。