前史
『お父さん、お父さんにとって仕事って何?』
『中々難しいことを聞くね。■■■■。う〜ん……そうだね………《護ること》…かな?』
…私が【魔砲教会】へと入隊する時、そしてした後も常に心のなかにある言葉。それと共に忘れもしない言葉。
私は前史に存在していた一つの帝国である【イゴゾ帝国】の【ナルガヴァンドレ伯爵領】という場所の端の端にある、地図には載っているが人の記憶からは薄れかけている街に住んでいた。1年の内3分の1は雪が降りしきる寒い街だったが、その分暖をとる魔導具やら何やらが豊富で不便は無かったし、モノ好きな行商人がやって来たりして他の街の交流も盛んだった。意外なことに。
街も好きだったが、それ以上に好きだったのがお父さんだった。旧イゴゾ帝国陸軍の少佐として従軍し、魔物の掃討や治安維持、それに国境紛争があったとしたらお父さんの部隊は、限りなく死者数が少なく、それでいて迅速に納めることから、軍隊内部や高級軍官僚からの評判も良く、住んでいた街の住民からも評判が良かった。
お父さんは私が小さい頃から良く言っていた言葉がある。『強さはね、護るべき事にあるんだよ』『復讐は別に止めはしないけど……やったら最後止められないからね』『強さは時に恐ろしくなる。けれどそれを抑えての強さなんだ』。この3つ。私は小さい頃から腕っぷしは強かったからこその説経ついでのお話だったんだろうと思う。もう確認する方法はないけど。
勿論、お母さんも好きだった。大好きなご飯を嫌な顔せずに作ってくれたし、我儘な頃でも根気よく付き合ってくれて性格がねじ曲がったりしなかったし、裁縫とかも得意で、剣の練習をしていた時に服とか破れても直してくれたし、傷も治してくれた。……でもお父さんを好きすぎるのはすこし照れくさかったかな。
夢のようだった。夢だった。夢は覚めてしまった。忘れもしない旧大陸暦1896年2月19日、この時は珍しく雪が降っておらず日が出ている日だった。この日も何時ものように遊んだり勉強したりして1日を終え、ベットの中に入ったが、突如としてけたたましい音とともに家が崩れ悲鳴と怒号が飛び交う戦場となった。そして私はみた。白色の仮面をつけた、恐ろしい程の魔力を纏い、此方に威圧をしてくる魔族。そしてその魔族の足元には、私が大好きでやまなかった両親が血を流して倒れ伏していた。
勿論、斬り掛かった。けれども反撃されて終わった。それはそうだ。魔族から見れば私は小娘。力を持たない女が魔族には敵いっこない。魔族はそんな無様な私をみて嘲笑し何処かへと消えていった。
痛む傷を無視して這うようにして両親に向かったけど、お母さんは既に事切れていてお父さんは顔がなかった。言葉も出なかった。綺麗な笑顔で私の頭を撫でてくれたお母さんはもう居ないし、強くて優しいお父さんの顔が抜け落ちたように思い出せなかった。
思い出せ、思い出せと念じるも、ただ、顔だけが切り取られた思い出しか出てこず、そして既に事切れたことを理解してしまい、戻してしまった。そして泣いた。月が此方を見ている時から、次の日の朝日が昇るまで。
私はお父さんの徽章を胸元に付け、お父さんが使っていた新型の魔導銃を背負い、短剣を持ち、未だ炎と黒煙が立ち上る元街を振り返りながら、何処かへと歩いていった。
今思えば幸運だったんだろう。大した力を持たずに一人の女が、魔族の支配圏を彷徨き、何処かの組織に所属できたのは。
それまでは食べれそうなものは食べ、泥水は遠慮なく飲み、時には倒れ伏し事切れた誰かも分からない人間すら食べたこともある。多分もう聖堂とかには入れないんだろうね。魔族やら魔物には遭遇したが、死角から襲撃し倒したりした。
そんな生活とも言えない放浪の旅を続けていると、ドーム状の魔法で覆われた街に出くわした。巨大な門を護っていた衛兵に斬りつけられたが、たまたま見ていた上司さんに怒号で止められ、私は保護された。
普通ならば保護されても夜伽するか、住み込みで奴隷の様に働くかしなければならなかったが、背負っていた魔導銃を見たのかとある組織に所属できた。
あの時ほど、お父さんが神に見えたことは無いだろう。信仰心などとうに捨てた私が言うのもなんだが。
……その組織の名は【魔砲教会】という。