カノン
──き、緊張した……。まだ胸がドキドキしているよ
裏ボスさんとの夕食は結局あの後は無言のまま終了した。
食べている間、俺は思わずチラチラと裏ボスさんの様子を伺ってしまっていた。
しかし、どう考えてもそれは仕方のないことだろう。決して食事に戻った裏ボスさんの、美しい所作と、優美な姿勢に見惚れていたわけではない。
いつまた、無言の時間が終わって裏ボスさんから話しかけられるか、気をはっていただけなのだ。
そう、話しかけられた時にボーッとしていて返事が遅れたら、裏ボスさんが気を悪くするかもしれない。
それを、俺は心配しただけなのだ。
ただ、その心配は杞憂だった。
先に食べ始めた裏ボスさんは、そのまま先に食べ終わり、一度だけ俺に視線を向けるとそのまま食器を片付けて立ち去ってしまったのだ。
視線を俺に向けてきた際に、たまたま裏ボスを伺っていた俺と、またバッチリ、目があってしまったという軽いハプニングはあった。
そして、なぜか一回目より、目が合っている時間が長かったような気がしたのだが、多分、気のせいだろう。
そうして、俺は再び自室へと戻って来ていた。ちなみに、裏ボスさんが立ち去った後に食堂でカノンを探したのだが見つからなかった。きっと、先に戻ったのだろう。
その予想は的中していた。
ただ、予想外のことも、同時に起きてしまう。
俺は、気疲れもあって、無言のまま自室のドアを開ける。
一歩、踏み出そうとしてふと顔をあげて、思わず固まってしまう。
脳が、現状を把握した瞬間、俺は慌てて背を向け部屋の外へと飛び出し、自室のドアを勢いよく閉める。
静かな廊下に、やや大きめなバタンという音が響く。
俺はそのままドアに背を向けて、へなへなとしゃがみこんでしまった。
──おいおい、おいおいおい。嘘だろ……これ、まんまゲームの主人公のハプニングイベントじゃん。どうしてこうなるんだ……
俺は苦悩のあまり、頭を抱える。
網膜に焼き付いてしまった、肌色。
それ以上に頭を駆け巡るのは、あり得ないことが起きてしまった現実に対する、どうしたものかという悩みだった。
──ど、どうする? ゲームの主人公だと、このあと部屋に招き入れられて、カノンから主人公への男装の理由の説明が入るんだよな。に、逃げるか? でも、俺とカノンはいま同室だからな。いつかは顔を会わせることになる。逃げても、その時に気まずさが増すだけ、か?
悩みに悩んでいる間に、時間切れになってしまう。
「……シド、そこにいるの」
ドア越しに、カノンの声が聞こえてくる。
「ああ、いる」
「入ってきて」
「──わかった」
それは、ほぼゲームのシーンで見たまんまのセリフ。その、普段のカノンの男口調との落差が、気になってしまって仕方なかった。