おかわり
俺が急いで肉串を買って戻ってくると、カノンと裏ボスさんが何かを話しているようだった。
しかし俺が着いた途端、ピタリと二人とも口を閉じてしまう。
そして二人して俺の方を見てくる。
白銀色の裏ボスさんの怜悧な瞳。
深い青色をしたカノンの感情豊かな瞳。
「はい、カノン……」
「ありがとう、シド」
そのカノンの瞳がなぜか得意気になると、裏ボスさんの方を向いて肉串を端から食べていく。
その仕草は食べている物が肉串にも関わらず上品で、しかも巧みにタレが手元に流れないように調整しているようだった。
「リニも、おかわりいる?」
「いる」
もう一本、買ってあった物をそっと差し出すと、こてんと頷き受けとる裏ボスさん。
裏ボスさんもなぜかカノンの方を向くと肉串にかぶりつく。
それはさっきよりワイルドで、やっぱりその手にはタレが垂れていく。
「シド……」
食べ終わると再び手をこちらに差し出してくる裏ボスさん。
その事態は想定済みだった。俺は肉串屋さんでもらえた紙ナプキンで裏ボスさんの両手と、ついでに口許もさっと拭いていく。
──屋台で紙ナプキンがもらえるって相当サービスがいいよなー。イケメンは通じなくても、お洒落パンケーキと言い、食関係の文化レベルが不思議すぎる。
そんなことを考えて、裏ボスさんを拭き終わったところでカノンが声をかけてくる。
「シド、すまん。こっちも頼めるか」
その手は不思議なことにタレで汚れていた。あんなに綺麗に食べていたのに、カノンもそういう失敗をするのかと驚く。
幸いなことに紙ナプキンの予備はある。
俺が予備の紙ナプキンを差し出そうとするも、なぜかカノンは受け取らない。
そのまま俺の顔をじっと見つめて手を出したまま待っている。
男装をしているのに、いつものキリッとした目ではなく、やや見上げるような上目遣いで見てくるカノン。
──えっと、拭いてほしいってことか?
ぱっと見はイケメンにしか見えない相手からの上目遣い。
とはいえ、そもそもが今回はカノンへのお礼がてらのお出掛けだった。拭いてということであれば、こちらも断りにくい。
俺はおずおずと男の姿をしたカノンの手に、自らの手を伸ばす。
手に取ったカノンの指は細くて、やはり女の子らしい滑らかさと柔らかさがあった。
その指の隙間に入り込んだ粘るタレを紙ナプキンで優しく拭き清めていく。指と指の間の、柔らかな部分。そこに紙ナプキンの端を当てると、撫でるように前後にゆっくり動かしていく。
「んっ──くすぐったい、かも」
「す、すまん」
丁寧にやり過ぎたようだ。カノンが声を漏らす。
とはいえ乱暴にするにはカノンの手は、明らかに繊細だった。
「ん……っ。あ──」
俺は出来るだけ聞かないようにしながら、なんとかタレを拭ききる。
一仕事終えた俺は気配を感じて横を見る。すると至近距離に裏ボスの顔があった。
何を考えているのか読み取れない表情。しかしその瞳はこれまでに見たことのないほど真剣だった。
「な、何かな、リニ?」
「シド。すぐ逃げて。ここは危ない」
裏ボスさんから告げられた言葉。
次の瞬間だった。
街に警戒を知らせる鐘が鳴り響き始めた。