甘いものとしょっぱいもの
「何だったんだろうな……しかしカノン、さっきのは、胆が冷えたんだが──」
パンケーキを食べ終わった裏ボスさんは、ふらっと帰ってしまった。
本当に、なんだったんだと思わず俺はカノンと顔を見合わせてしまったものだ。
「ふーん。シドは何であんなにサーベンタスさんに気を使ってるの?」
「いや。だってそりゃ……」
「あんな風に口を拭いてあげるなんて、普通じゃないよ。弱味でも握られた?」
「そ、そんなことはない」
「あ、もしかして……ああいう女の子がタイプとか?」
「ち、違う違う」
会計をすませ店を出ながら、俺は必死に否定する。
裏ボスさんがタイプとか、恐れ多すぎる。
万が一そんな噂の欠片でも裏ボスさんの耳に入ったら、俺みたいなモブ生徒Aなんてよくて消し炭だろう。
そんなやり取りをしていたせいで、俺の最初の質問はすっかりカノンに誤魔化されてしまった。
仕方なく、もうひとつ気になっていたことを尋ねる。
「……それでさ、カノン。シレッサンク国の巫呪って……」
「それは本当。私の宿命」
「うぉっ!」
店を出て少し歩いたところで、なんと再び裏ボスさんから声をかけられる。
ふらっと先にカフェを出ていった裏ボスさん。
戻ってきたその両手には肉串が一本ずつ握られていた。どうやら買いにいってたようだ。遠くに肉串を売る屋台が見える。
しかし全体的に白っぽい美少女の両手に握られていると、ギャップがすごい。
そして肉串の香ばしいタレの香りが、ここまで漂ってくる。
パンケーキで甘くなった口には、とても美味しそうに見えた。
「はい」
片手の肉串を、裏ボスさんが俺に向かって差し出してくる。
「……え、俺に? くれるの?」
無言でコクンと頷く裏ボスさん。
ためらっている暇はなかった。
──これで受け取らないとか無い、よな。裏ボスさん相手に、いらないです、だなんて言えるわけないよ。
なので、俺は荷物を片手にまとめると、ありがたく手を伸ばす。
串を受けとる時に、ちょんと手が裏ボスさんの手に触れてしまう。それはほんのり温かくて、そしてタレで少し濡れていた。
手をベトベトにしているのがまるで子供みたいだなと、思わずハンカチを取り出す。
ふと横を見ると、カノンの視線を感じる。それはまたか、と呆れているようにも、どこか険があるようにも見えた。
「ありがと」
俺からハンカチを受けとる裏ボスさん。ただ、その両手ともにタレでベトベトになっているみたいだ。
そのまま固まる裏ボスさん。
俺は串を咥えると空いた手で裏ボスさんの手を拭いてあげる。なぜか俺の真似をして串を口に咥える裏ボスさん。そうして空いた反対の方の手まで俺に差し出してくる。
そんな感じで俺たちがわちゃわちゃしていると、カノンが裏ボスさんに話しかける。
「あれ、私の分はないのかな?」
「……」
「──むぐっ。あ、カノンの分、買ってくるよ。待ってて」
俺は急いで肉串を食べ終えると、そう告げて少し先に見える肉串の屋台に向けて小走りで向かうのだった。