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泥とお湯

 裏ボスさんがいなくなった後、その場にいた者たちは生徒も先生も、さも当然のように俺のもとへと殺到してくる。


 口々に話しかけてくる人々。


 そのほとんどが今、目の前で起きた信じられない出来事についてだった。


「いや、俺も何がなんだかさっぱり……」「そんな親しいなんてことはなくて……」

「本当に少し話をしたぐらいの関係で……」


 俺は打ち寄せる波のような質問に、繰り返し繰り返し、同じ様に答えていく。


 寄せられる質問の内容的に、どうやら本編開始二年前のこの時点ですでに裏ボスさんはアンタッャブルな不思議ちゃんポジを確立させていたようだ。


 普段ですら質問したくても話しかけにくい相手。

 そんな相手が起こした、信じられない光景。そしてそこに突如現れた、裏ボスさんたるリニアスタ=サーベンタスと気軽に話してた風の、モブ生徒Aたる俺。


 止めどなく続く周囲からの質問攻めは、そんな皆が疑問を尋ねられる、格好の獲物が目の前に現れたからなのだろう。


 しかもその質問攻めは生徒からだけではなく、先生方からもだった。

 ただ、先生方が裏ボスさんをアンタッチャブルに感じているのはどうも、裏ボスさんの出自が関与している感じがした。


 ゲーム本編では裏ボスさんのそこらへんの設定は語られておらず、先生方も質問してくるときにその部分は言葉を濁されていて、残念ながら詳しくはわからなかったが。


 ──あれ、俺って、そこ、残念に思うんだ……


 俺は粘り強く、何もわからないと答え続けながらも、ふと自分の心の動きにそんなことを思ってしまうのだった。


 ◆◇


 止めどない質問攻めがなんとか終わり、校外実習の獲得物の査定を終えると、すっかり時間も遅くなっていた。

 濡れていた靴がほとんど乾いているほど。


 実習以外の別の要因で疲れた体を引摺り、ようやく寮へ戻る。

 残念なことに今日の夕食の時間もとうに過ぎていた。


「今日はこれ、夕食抜きかな……」


 自室のドアを開けながら思わず呟いてしまう。


「あ、シド。おかえり」

「ただいま、カノン」

「食事、とってきてあるよ?」

「おお! ありがとう!女神がいた……」

「ちょ、大げさ。それに」

「あ、すまん。つい」

「もう。二人きりだからいいけど、気を付けてね」

「わかりましたー」

「先に、着替えたら? 泥がついてる」


 確かにズボンの裾やら袖口やらに点々と泥はねのあとがある。

 俺は部屋を仕切るカーテンを閉めさせてもらうと、服を脱ぎ始める。


「──これ、お湯。もう冷めちゃったかもだけど」


 カーテンの下から、桶が差し出されてくる。


「おお、本当にありがとう。カノン、気が利く……このお礼は必ず」

「そんなこと言うと、本当に頼むからね。それでさ、シド。結局、サーベンタスさんとは仲良くなれたの?」


 服を脱いだ俺は、ありがたくお湯で湿らせた布で体をぬぐっていく。

 確かに少し温いが、それでも冷えた体にはとてもありがたい。


 そんな俺に、カノンがカーテン越しに話しかけてくる。

 声が近い。すぐ向こうにいるようだ。


「仲良く……はとくにないと思うけど?」

「そう? 結構、情熱的に抱き合ってるように見えたけど?」

「ぐっ! いや、あれはその、たまたま……。というか見てたの?」

「え、いやその……。ほら、シドが戻ってくるの、遅かったから」

「ああ、心配してくれてたのか。ありがとう。カノンはいい奴だな」

「はぁ。そんなことは無いです。学園での協力者が減るのを心配しただけです」


 カノンの声が遠くなる。


「もう。それじゃあ早速、お礼を要求します」

「お、おう」

「明日のお休み、出掛けるの付き合ってね」

「ああ、それぐらいなら」

「約束ね。それじゃあ私、もう寝るから」


 カーテン越しに聞こえる衣擦れの音。

 間もなく穏やかな寝息が聞こえてくる。


 その音を聞くとはなしに聞きながら、俺は遅めの夕食をとる。昨日はあれほど眠りを妨げた音だったのに、疲れている今はなぜかその寝息で、逆に心が落ち着く気がするのだった。



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