8 ブラック異世界
サキが再び私達の部屋に戻ってきたのは、出ていってから五時間ほど経ってだった。
「ずいぶんとゆっくりだったね。あまりにも遅いからちょっと心配しちゃったよ」
テーブルセットの椅子で焼き菓子を食べながらそう言うと、サキはまず私の顔をじーっと見つめた。
「……ああ、調べたいことを一通り調べてきたから。色々と聞きたいことはあるんだけど、とりあえずリナ、内なる怪物はどうした?」
「あー、あれね。なんか時間もかかりそうだったから今は置いておくことにした」
「置いておくって……、そんなことできるのか?」
「できたんだよ、それが」
きっかけは、暴れ回る魔力に悪戦苦闘する私に発せられたミノリさんの一言だった。
『魔力を意識する前は大丈夫だったのに、どうしてそうなったんでしょうね』
……そうだ、魔力の話を聞く前は別に何ともなかったんだよね。あ、だったらあの時の状態に戻せばいいんじゃない?
「というわけで、魔力を無視してみたらなんかうまくいった」
「うまくいったのか……。必死に抑えこみに来てたのに、急に塩対応されて魔力もびっくりだろうな」
とサキは呆れたような表情を作っていた。
「まあ魔力を眠らせてる感じなんだと思う。ちょっとずつ起こして徐々にならしていくよ」
「……実はリナ、魔力操作は上手なのかもな。で、次に聞きたいのはそれだ」
そうサキはテーブルの上を指した。抹茶クリームを挟んだ焼き菓子が山の如く積まれている。
私はそこからまた一つ手に取った。
「これ、すごく美味しいんだよ。用意されていたのは皆で食べちゃったから、サキのために貰いにいってきたの。そしたらこんなに沢山くれて。好きなだけ思う存分食べていいからね、サキ」
「それは嬉しいな。私、抹茶味が大好きなんだよ。……と言うとでも思ったか」
え……?
するとソファーからカレンさんが「私はちゃんと止めたわよ」と口を挟んだ。
サキは一呼吸の間を取ってから。
「ドアも開けるなって言っただろ! どうしてお菓子のおかわりを貰いにいってんだ!」
「ごごごごごめん! でもここの人は皆親切だよ! お菓子もこんなにくれたし」
ため息をつきながらサキも椅子に座った。お菓子には手を伸ばそうとしない。
「親切に決まってる……。私達はこれから思いっ切り働かせられるんだからな。聞かせてやるよ。この異世界がどれだけブラックか」
どうやらサキは過去の召喚者の情報なんかも調べてきたらしい。どこの国でも彼らはひたすら戦闘の日々を送っていたそうだ。原因はこの世界独自の、魔法の契約書。これに署名したが最後、現実的に強制力が働いてもう戦争から抜け出せなくなる。
「怖……! まさにブラック異世界だ!」
私が思わず叫ぶとサキはうんうんと頷いた。
「五人で力を合わせれば十年もかからないだろうが、それでも私達の高校生活は戦争一色だ。リナなんてまだ入学したばっかだろ?」
「うん、焼き鳥を焼いた記憶しかない……」
「煙臭いJKだな」
……あのままエルゼマイアさんの話を聞いていたら絶対に契約書を書かされる流れだった。危なかった!
「サキが慎重になってなかったら、即戦死率四十パーセントの戦場行きだったね……」
「いや、戦死率は七十パーセントだ」
「ど、どうして上がってるの?」
「遡って調べた。私達アルティメットギフト持ちの戦死率は約七十パーセントなんだよ」
これにカレンさん達もピクリと反応。ユズリハちゃんは早くも泣きそうになっている。
アルティメットギフトの保持者は毎回数人いるらしいけど、その力ゆえにしばしば強敵にぶつけられる。半数以上は激戦の末に命を散らすみたいだ。
だったらアタリどころか完全にハズレくじだよ! アルティメットギフト!
「ブラックな上に、死ぬ可能性の方が高いなんて……」
「あ、リナに関して言えば死ぬ可能性しかないよ」
「なんで!」
「五百年前の【強化】持ちの召喚者についても分かった。実際に、桁外れに強かったらしく、そのせいで昼夜問わず各地の応援で飛び回ってたとか。けど召喚から四年経ったある日、『疲れた……』と言い残して眠りにつき、朝には冷たくなっていたそうだ。一番の功労者なのに翌年の終戦も見れず、気の毒に……」
か、過労死……!
この世界の人類のために命を削って戦うとか、冗談じゃない!
急いで椅子から立ち上がった私は、腕に抱えられるだけの焼き菓子を抱えた。
「敵は魔獣じゃない! 人類だ! 早くここから脱出しよう! 私、内なる怪物を解き放とうか!」
慌てふためく私とは対照的に、サキは落ち着いた様子で焼き菓子を齧った。
あ、ついに食べたね。抹茶クリームが美味しいでしょ? じゃなくて急いで!
「まあ待て待て。私に考えがある」
よくやるようにサキはニヤリと笑った。
「このレゼリオン教国に私達を守らせればいい」