7 内なる怪物
どうやらサキが早々に執務室から退席したのには考えがあってのことらしい。私達は彼女の話を聞くために、それぞれ思い思いにソファーや椅子に腰を下ろした。
「ねえ、私、台車から降りていい?」
「駄目に決まってるだろ、私達の部屋を足形だらけにするつもりか」
……私は一人だけ台車に座ったままで話を聞くことになった。
サキ自身は立った状態で本題に入る。
「まずだ、この戦争は本当に十年以上かかる大規模なものだと思われる。さっきの地図に描かれていた大陸はユーラシア大陸とほぼ同じ大きさだろうから」
「本で確認していたのはそれだったの? あ、私にも敬語はいらないわよ、リナさんも。私達、運命共同体みたいだし」
「じゃあ、私にも普通で喋ってください。ちなみに、私はこれが普通です」
カレンさんが尋ね、ミノリさんが加わるとサキは頷いて返す。
「では、遠慮なく。確認していたことの一つだよ。あと、世界中の国々が協力して、というのも信じられなかったから。実際には、戦争に参加しているのは世界の六十パーセントほどの国みたいだ。その戦力で大陸の四分の一以上の土地を奪還するんだから簡単じゃない。一国五人の召喚者なんて数が知れてるし」
そこまで喋るとサキは言葉を切って部屋の入口へと歩いていく。
確かに、召喚者がどれほどの力を持っていたとしてもわずかな数で戦況をひっくり返すのは大変だよね。
でも待って、五百年前の【強化】持ちの人は一人でひっくり返したんじゃないの?
私が疑問を口にするとサキは「引っかかるのはそこなんだよ」と言った。
「他にも気になることがあるから、今からもう一回あの教皇の所に行ってくる。さっき一旦離脱したのは皆がボロを出してつけこまれないようにな。私一人なら大丈夫だから」
それってつまりは私達を信用してないってことでしょ!
不満そうな私の表情からサキは言いたいことを察した。
「正直、カレンさん以外は危ないと思ってる。ちょっと待てリナ、お前何か顔色悪いぞ?」
「え……? 言われてみれば……、何だかしんどいかも……」
体全体が極度にだるいみたいな……。……これってまさか貧血というやつでは……? なったことないからよく分からないけど……。
「リナお姉ちゃん病気ですか……! 私に任せてください……!」
颯爽とユズリハちゃんが私に向けて両手をかざす。そこから放たれた【治癒】の魔力が私を包みこんだ。
ユズリハちゃん……、かつてないくらいに頼もしい……。ありがとう……。けど、全然よくならない……。
「うぅ……! やっぱり私のギフトはハズレだったのでは……!」
と、ここでぐったりする私の様子を眺めていたサキがぽつりと。
「それ、魔力切れから来てるんじゃないか?」
「え……?」
「だってリナ、ずっと魔力を出しっぱなしだろ? 体に纏っているけど結構な量が霧散してる感じがするし」
そういえば、体の周囲を巡っていた魔力が減ってきているような気がする。
……もしかして、今ならこの暴れ回る魔力を抑えこめるんじゃない?(抑えこまないと体調も戻らないだろうし)
よし、やってみるか。
えーと、意識を集中させて、外側に溢れている魔力を中にしまいこむイメージ。
ズ、ズズズズズ……。
す、すごく重い、けど、どうにか……、収納できはじめてる……。
目を閉じて動かなくなった私を不思議そうに眺めていたサキが驚きの声を上げた。
「おお、やればできるじゃないか。いいぞ、その調子だ」
「き、気をゆるめると、すぐ外に飛び出そうとする……。……まるで、体の中に怪物を飼ってるみたいだ……」
「中二病か。まあ頑張れ」
「くそ、軽いな。こっちは重くて仕方ないのに」
サキは笑いながらノブを回して扉の向こうへ。それから、思い出したように扉の隙間からもう一度顔を出した。
「あ、誰か来てもドアは開けないようにな。返事も、疲れているので明日に、とだけ答えて追い払ってくれ。じゃあ、リナは頑張って内なる怪物を飼いならせよ」
半笑いでそう言い残してサキは扉を閉めた。
カレンさん、ミノリさん、ユズリハちゃんは互いに顔を見合わせる。
「サキさんに任せておけば大丈夫そうね。あの子が一緒で本当によかったわ」
「そうですね、どうやら彼女は教皇様より上手のようですし」
「とても頼りになります……」
それから三人は、懸命に魔力制御に努めている私の方をちらり。
「リナさんはまだ内なる怪物と戦っているみたいだし、私達はゆっくりしていましょ。ほらユズリハちゃん、テーブルの上にお菓子があるわよ」
カレンさんが指差したテーブルをミノリさんも見つめ、首を傾げる。
「あれは緑茶でしょうか、こんな異世界に不思議ですね」
「この世界には百年おきに日本人が来ているそうなので、私達の文化が結構浸透しているんだと思います……」
そうなんだ。意外とって言ったら失礼かもだけど、ユズリハちゃん賢いな。色々と考えてしまう性格のせいもあるのかも。
……あの焼き菓子、抹茶クリームっぽいのが挟まってて美味しそう。そういえばさっきの料理もやけに口に合ったし、あのお菓子も絶対に美味しい。食べたいけど、くぅ、内なる怪物が……。
「何だか、リナお姉ちゃんがこのお菓子を食べさせてほしいと思っているような気が……。はい、どうぞ、食べられますか……?」
ユズリハちゃんが私の口元にお菓子を持ってきてくれていた。
なんて優しい子。でも今は……。
「……無理。逆につらい」