23 武神
敵も味方も動きを止めた戦場で、私は再び木箱から十キア硬貨をすくい上げた。魔獣達に向かって投擲の構えをとると、向こうは途端に揃ってビクッとする。
なぜか味方であるはずのエルゼマイアさんも恐る恐るといった感じで私に話しかけてきた。
「一気にあれだけの魔獣を倒したのに、もう次を投げるのですか……?」
「え……、そりゃ投げますよ。まだ敵は七割くらい残っていますし」
「そ、そうですよね。……よろしく、お願いします」
「はい、ではどんどんいきますね」
私は中断していた投擲動作を再開。両手いっぱいのコインを前方に向けて放った。
「てぇーい!」
シュドドドドドドドドドドドド!
発射と同時にまた魔獣軍全体から塵が立ち上る。この二投目によって、私から大体百メートル以内にいた個体は一頭残らず完全に消滅した。
……これって、標的が段々と私から遠くなっていくよね。つまり一回で倒せる数は減っていく。本当にどんどん投げていかないと。
「全滅させるにはまだまだだ」
「待てリナ、何も一人で掃討しなくても……」
サキが何か言った気がしたけど、すでに私は次の銭投げのモーションに入っていた。
「てぇーい!」
シュドドドドドドドドドドドド!
「てぇーい!」
シュドドドドドドドドドドドド!
――――。
木箱に手を突っこんだ私はふと動きを止めた。
……今、何投目だっけ? 少なくとも十回は投げてると思うけど。
改めて敵軍全体を観察する。
広大な平原にもう点々と魔獣が残っているだけだった。巨大なベアバルの姿はなく、ウルドノスも数えるほど。ほとんどが、人間サイズの凶悪な顔をした兎と、中型犬サイズのやけに攻撃的な目をした雛鳥(見た目はそうだけど成鳥かも)で占められている。ちなみに、熊が戦車で狼が騎馬なら、兎は歩兵で雛鳥は軍用犬といった感じらしい。
もうこの数ならここから投げてもなかなか当たらなそう。ある程度まで近付いて、コインを数枚ずつ投げて確実に仕留めていくしかないかも。
と私が魔獣軍に向けて一歩踏み出したその時。
くるりと回れ右した魔獣達は弾かれたように一斉に逃走を開始した。
「……あれ、なんで?」
首を傾げる私の肩に、サキがため息をつきながら手を乗せてきた。
「当然だろ……、一人で軍を壊滅させた奴が殺気を漲らせて向かってくるんだから。それにリナ、お前の魔力、なんかかつてないほどに禍々しい気配を発してる……」
「ただ私は敵を全滅させなきゃって思ってるだけなんだけど」
いや、でも確かに私の強化魔力はかつてないほどに活き活きとしている感じがする。まるでもっと戦えと言っているみたいに。
……何この魔力、絶対に聖女に宿るべきもんじゃないでしょ。
だけど、おかげで今回の戦争では、戦死者どころか負傷者も出なかったから感謝するべきなのかな。
などと考えつつレゼリオン教国軍の方に振り返ると、一万人を超える騎士達全員が地面に膝をつき、私に向かって祈るような仕草をしていた。
「びっくりした、何事!」
祈りを捧げる騎士達の最前列にいるのはムキムキの親衛隊で、彼らは皆して涙を流していて特に異様な光景だった。隊長のアンソニーさんとコンラッドさんももちろん泣いている(むしろ誰よりも泣いている)。
「リナ様、あなたはやはり……」
「間違いなく、武神そのものです……」
……まあ、この人達はいつも通りだとして、どうして他の騎士達まで私を拝んでるの?
状況が理解できない私にエルゼマイアさんが説明してくれた。
「今回の戦いはこれまでの総決算、本当に決戦だったのですよ。それだけに全員が命を失う覚悟で臨んでいます。ところが、突如現れた少女がたった一人で制してしまった。……リナ様、あなたは実体のないレゼリオン神様よりよっぽど神様なのです」
「……教皇様がそこまで言ってはさすがにまずいのでは?」
「この際もういいのです……。戦死者ゼロ、本当に成し遂げてしまうなんて」
そう呟いたエルゼマイア様の目にも光るものが。
ああそうか、彼女には騎士一人一人の命が何より大切なんだ。なりふり構わず私達に助けを求めにくるくらいに。こんなに喜んでもらえるなら、私も契約とか関係なくもっと協力してもいいのかもしれない。騎士の皆もすごく頼りにしてくれているみたいだし。
「過労死直行コースね……。それよりリナさん、さっきからめちゃ突っつかれてるけどいいの?」
カレンさんが呆れた様子で言ってきていた。
え、突っつかれてるって……?
カカカカカカカカッ!
そういえば、ずっとなんかキツツキが木を突っつくような音がしているし、脚もちょっとこそばゆい気がする。
振り返って視線を下に向けると、中型犬サイズの雛鳥が嘴で私の脚を突きまくっている。
「他の魔獣は皆逃げたのに、どうしてこいつ一羽だけ……。これって確か軍用犬みたいな……、何て名前だっけ?」
「チクムルな。最弱の魔獣なのに一羽で最凶の強化聖女に立ち向かうとは、見上げた根性だ」
隣でサキが感心したように言うのを聞きながら、私はチクムルの羽毛に手を突っこんでその体を掴み上げた。
……確かに見上げた根性だけど、たった一羽で無謀すぎでしょ。
体を持ち上げられた雛鳥は、今度は掴んでいる私の手をキツツキのように突きまくる。
「ピーピピピピピ――――ッ!」
カカカカカカカカッ!
いーたたたたた――――っ!
強化魔力のおかげでちょっとこそばゆいだけなんだけどなんか気分的に痛い!
なんて好戦的な奴……。ちょっと驚かせてやろうかな。
と私は敵意を込めた魔力をチクムルの体に触れさせた。
「こいつめ、焼き鳥にしてやろうか」
「ピ、ピヨ……ッ!」
途端に雛鳥はカクンと気を失った。
私達のやり取りを見ていたユズリハちゃんがぽつりと。
「焼き鳥になる前に、塵になると思います……」