22 別格
魔獣の大軍勢はミノリさんの魔獣ホイホイによってその動きを止めた。敵は遠距離の攻撃手段を持っていないので、移動できなければこちらに被害はない。
私達の後ろにいるレゼリオン本軍からも安堵の空気が伝わってくる。そこからエルゼマイアさんが数人の騎士達を率いてこちらへ向かってくるのが見えた。騎士達は全員が木箱を抱え持っている。
やがて私の所に届けられた木箱がズズンと地面に置かれる。中には溢れんばかりの十キア硬貨が。
エルゼマイアさんがスッと手を広げた。
「さあリナ様、よろしくお願いします。敵は動けませんし狙い放題です」
ところが、私が応じる前にサキが間に割って入ってきた。
「いや、この状況なら何もリナ一人でやる必要はない。全員で弓でも銃でも使って攻撃すれば戦死者ゼロは達成できる」
そう言った後にサキは、「私達がどういう場所で生きてきたか話しましたよね?」と強い眼差しでエルゼマイアさんを睨む。
「あ……、そうですね。リナ様は敵の誘導もしてくれましたし、後は皆でやりましょう!」
エルゼマイアさんは慌てた様子で騎士達に指示を出しはじめた。
私達がどういう場所で生きてきたか……? そっか、サキは私を気遣ってくれたんだ。戦争なんか経験したことがなくて、ましてこれからするのは多くの命を奪う行為。私一人で背負うには重すぎるって考えたんだね、サキは。(この作戦を立案したのは彼女自身だけど)いいところあるじゃない。
だけど、もう覚悟はできているんだよ。
私は木箱の中から十キア硬貨をすくい上げた。
「大丈夫だよ、私がやる」
この決断に、サキにしては珍しく遠慮がちに。
「そ、そうか、まあ魔獣は塵になったりするし普通の生物じゃない可能性が高い。命や魂なんてものも宿ってないかもしれないしな」
「かもしれないけど、命も魂も宿っているかもしれないよね。魔獣それぞれが意思を持って行動してる感じがするし」
「……そうだな。リナ、意外とちゃんと見ているんだな」
「それでも大丈夫って言ったんだよ。私は、焼き鳥屋の娘なんだから」
あれはまだ小学校に上がるより前のことだっただろうか。ある日、ふと私は気付いた。私が毎日美味しく食べている焼き鳥は鶏であるという事実に。そして、お店で一日に何羽の鶏が焼き鳥になっているのかを知った時、愕然とした。もちろん生きた鶏をお店でさばいているわけじゃないけど、それは誰かが代わりにやってくれているだけだ。私は直接手を下してないから潔白、なんて言い訳は通らないことも分かった。
その後、改めてスーパーに並んでいる肉や魚を見て私は理解する。人間は多くの命を犠牲にして生きている、と。
誰かに教えてもらうより先に気付いた分、この事実は私の中に常に留まり続けることになった。つまり、肝に銘じることになった。
「私達は前の世界にいた時から日々沢山の生物を殺して生きていた。それ自体は、異世界でも戦争中でも変わらないんだから私は平気だよ」
「……その通りではあるんだけど、なんか割り切りがすごいな。ある意味、極まってるぞ。……焼き鳥屋の娘を甘く見ていた、リナはなるべくして強化の聖女になった気がする」
サキがそう呟いた直後のこと、突然ミノリさんがバタンと倒れた。
全員が何事かと振り向くと大地の聖女はゆっくりと顔を上げる。
「魔力が、尽きました……」
これが何を意味するのか、察した者から魔獣の軍勢に視線をやる。
二千頭以上のベアバルやウルドノスを拘束していた土の縛りがサラサラと崩れていく。魔獣ホイホイは完全に解除されてしまった。
自由になった巨大熊や大狼は互いに顔を見合わせる。
一瞬の静寂ののち、魔獣達は一斉にこちらに向かって駆け出した。
この事態にサキとエルゼマイアさんは同時に頭を抱えていた。
「アルティメットギフトゆえにこれだけの大規模で改変できたけど、考えてみればそう長く持続できるはずなかったんだ……」
「皆様、魔力を得てからまだ数日なので、そりゃ魔力量は少ないですよね……」
ぶつぶつと呟く二人より先に、しっかり者のカレンさんが行動に移る。
「言ってる場合じゃないでしょ! 応戦しないと!」
大きな火炎球を発射し、その爆発で数頭の魔獣を吹き飛ばすも、敵軍の勢いは全く衰えない。
続いて我に返ったサキとユズリハちゃんが各々の反転魔力を放つが同様だった。あまりにも魔獣の数が多すぎる。
聖女達の攻撃を見ていたレゼリオン教国の騎士達は、自分達も戦わなければならないことを察して慌てて戦闘態勢をとった。
この物々しい空気の中、サキは勢いよく私の方を振り返る。
「リナも早く投げてくれ! さっきの命なんたらのやり取りは忘れろ!」
「……だから大丈夫だって、じゃ投げるよ」
私は魔力を可能な限り引き出し、両手に持った十キア硬貨を大きく振り上げた。
「てぇーい!」
シュドドドドドドドドドドドドドド!
無数のコインが発射されると、まず魔獣達の前列にいた数百頭が一瞬で消滅した。さらに、それより後方にいた個体もあちこちで絶命。遠くは最後尾の辺りでも塵が舞っているのが見える。あそこまで貫通したらしい。
私が十キア硬貨を投げた後、敵も味方も全員が動きを止めた。
平原一帯が再び静寂に包まれる。
静まり返った戦場で私が最初に聞いたのはサキの呟く声だった。
「……同じアルティメットでも、やっぱり【強化】の破壊力は別格だ……」