21 魔獣ホイホイ
私と親衛隊は馬で走っているものの、追ってくる魔獣達との距離は徐々に詰まりつつあった。
馬達も必死だ。おそらく彼ら単独なら何とか逃げきれるんだと思う。しかし、今回は背中の荷が重い。鎧を着込んで武器を持った、体格のよすぎるムキムキ達を乗せているんだから。
速度をさらに上げたウルドノスの一団が騎士達の最後尾に追いつこうとしていた。
もうダメだ! やっぱり私がやるしかない!
こうなることはある程度想定できたので、私は腰の袋に入るだけ十キア硬貨を詰めこんできている。袋に手を突っこんだその時だった。
ドォ――――ン!
空から降ってきた火炎弾が迫りつつあった大狼の一団を爆撃。これを吹き飛ばした。
視線を上空に向けると、三人の女性が浮かんでいるのが確認できた。
「私達が援護するから頑張って!」
と先ほど炎を放って助けてくれたカレンさん。
「もし齧られても大部分が残っていれば私の力で(たぶん)再生可能です……!」
と何だか恐ろしいことを言うユズリハちゃん。
「……だから言っただろ、この任務は怖いって」
ため息と共に呆れたような眼差しを寄こしてくるサキ。
皆、来てくれたんだ……! 持つべきものは同じ召喚被害者の聖女達だよ!
魔獣軍からまたウルドノス達が飛び出してきたが、今度はユズリハちゃんの反転魔力がこれを包みこむ。あっという間に塵へと変えた。
さらに敵の先頭付近を走っていたベアバルが不自然に急停止。サキの魔力が上から押さえつけたのだと分かった。巨大熊の急ブレーキによって後続が派手な玉突き事故を起こす。
空からの強力な援護を得て、私と騎士達の間には安堵感が広がった。
そこに高度を下げたサキがススーと近付いてくる。
「この部隊、見た目だけは屈強な精鋭集団だからな、しっかり敵の本隊が釣れたぞ。よくやった、このままポイントまでつっ走れ」
「見た目だけとか、私の騎士達に失礼でしょ……」
……私、今、「私の」って言った?
前で馬を操縦しているアンソニーさんがこちらに振り向いた。その目には涙を浮かべている。
「リナ様……、ついに俺達のことを……!」
「いや、今のは違うから」
否定するもすでに遅かった。コンラッドさんが全ての騎士に届くような大声を発する。
「喜べ! とうとうリナ様が俺達を正式に認めてくださったぞ!」
ムキムキの騎士達は一斉に割れんばかりの歓声を上げた。
そりゃ認めてないことはないけど……、どうしてこんなことに。
なぜ「私の」とか言ってしまったのか考えていると、サキがニヤリと笑った。
「一緒に命懸けの任務をこなして一気に親近感が湧いたんだよ。これでリナはムキムキの聖女確定だ」
「強化の聖女だって……」
「何にしても士気が高まったんだからよかっただろ。あと少しだから頑張るんだ」
「うん、……あ、ミノリさんの方は大丈夫かな」
「たぶんな、昨日は一日中おっとりイメージトレーニングしてたみたいだし」
今回の戦争、鍵になる聖女は私だけじゃない。ミノリさんも重要な役目を担っている。彼女のイメージの仕上がり具合で戦死率をゼロにできるかどうかが決まる、と言っても過言じゃないほどだ。
ちょっと心配だけど、今は信じて走るしかない。
上空から聖女達の援護を貰いつつ馬で駆けること数分。ようやく私達は決戦の地に辿り着いた。もちろんしっかり魔獣本隊も引き連れて。
草原の向こうにレゼリオン教国の軍が見える。
軍勢の前にぽつんと一人の女性が立っていた。スローモーションのようにぬらりぬらりとこちらに手を振っている。
「皆さーん、こっちですよー」
……ミノリさん。私達は必死に逃げてきた分、どうしても緊張感がないように見えてしまうけど、彼女にとってはあれが普通なんだよね……。
私と親衛隊はミノリさんの横を通過してその背後へと回りこむ。全騎が後方に回ったのを確認して彼女は両手を前にかざした。
「ではいきますよー、大地改変っ!」
こちらに向かって猛然と突撃してくる魔獣軍。その足元の地面が広範囲に光り輝く。
次の瞬間、全ての魔獣達の背丈がズンッと一段低くなった。同時に軍全体の進攻も完全に止まる。
やった! うまくいった!
ミノリさんが大地に施した改変とは、その表面を柔らかくするというものだった。見た目は変わらないけど、まるで沼地に入りこんでしまったかのように魔獣達は足を取られる。これまでのようにはもう進めないだろう。
……それにしても、どの魔獣も一歩も動けていないような気がするんだけど? いくら地面が柔らかいからって、ここまでにはならないよね?
私が首を傾げていると、浮遊を解除して下りてきたサキがじっと大地を見つめる。
「これは……、地面が魔獣達の脚にまとわりついている! ミノリさん! まさか駄目元で頼んでおいたこともできたのか!」
この問いかけに大地の聖女はまず微笑みを返した。(こちらも何だか柔らかな笑顔だ)それから、人差し指をピンと立てる。
「はい、地面をただ柔らかくするだけではなく、粘着性を持たせることにも成功しました。イメージしたのは私の大嫌いなアレを捕まえるアレです。言うなればこれは、魔獣ホイホイです!」
魔獣、ホイホイ……!
アレは文字を見るのも嫌な人がいるので。
私も同様ですが、田舎暮らしなので何とか対処できます。