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20 囮


 作戦会議の夜、私は砦の中庭で自主練に励んでいた。

 傍らの木箱から十キア硬貨を両手で持てるだけ掴み上げ、前方の壁に向けて投げつける。練習とはいえ真剣なのでつい気合の声が出てしまう。


「てぇーい!」


 壁に当たったコインが跳ね返ってバラバラと地面に落ちた。

 今は魔力を完全に眠らせている状態なので、私の力は普通の女子並だ。こんな私が、そしてこんな銭投げが戦争の行方を左右するというのだから世の中は分からない。


 地面に散らばったコインはアンソニーさんとコンラッドさんが拾い集めてくれていた。彼らは木箱に硬貨を戻しながら豪快に笑う。


「リナ様も体を鍛えれば、魔力を纏った際の攻撃力がさらに増しますよ!」

「俺達と一緒にトレーニングしましょう!」


 ……絶対やらない。たぶん魔獣と戦うだけでもそこそこの運動になっているはずだから、それ以上は絶対必要ない。


「一緒に筋トレすればいいじゃん。ムキムキ親衛隊を率いる聖女なんだから」


 横で見ているサキが適当なことを言った。

 今回の作戦の考案者である彼女は、鍵となる私の銭投げをしっかりと監督する立場にあるらしい。なので投げ方にも注文をつけてきたりする。


「もうちょっと広範囲に広がる感じで投げられないか? 角度が一度広がるだけでも結構違うんだよ」

「やってるけどなかなか難しいんだって。とにかく明日中に何とかするから」


 そう、戦争はもう明後日だ。

 会議で戦場に選んだ場所が砦から割と離れていて、魔獣の本隊との中間地点くらいにある。迎撃に動かなきゃならない分、当初の予定より戦争が早まってしまった。

 当日は私と親衛隊には別の任務もあるから頑張らないと。


「危険な任務にアンソニーさん達も巻きこんじゃってすみません……」


 私が頭を下げると二人の親衛隊長は慌てて駆け寄ってきた。


「何を仰います! 今回の使命はまさに望むところ、騎士の誉です!」

「それにリナ様と共にどこまでも行くのが俺達の幸せなのですから!」


 ……そう言ってもらえるのはとても有難いけど、やっぱりなんか熱苦しいな。

 私達のやり取りを見ていたサキが気まずそうに頭をかく。


「あの任務だけど、別にリナ達がやらなくてもいいんだぞ……」

「私が一緒にいればすぐにフォローできるんだから適任だよ。戦死者ゼロ、私だって目指したいんだ」


 召喚されてまだたった数日だけど、この世界の人達も私と全く変わらない同じ人間だって分かった。私が頑張ることでその命が助かるならやらないわけにはいかない。


 サキはため息をつきながら砦の中へと戻っていく。ついでの苦言も忘れていなかった。


「リナ、本当に過労死の素質あるよ。それからあまりこの戦争をなめない方がいい。きっとお前が思っているより数倍怖いから」


 もう魔獣とだって戦っているのに、数倍ってことはないでしょ。


 そうして戦争の前日は、私はひたすら銭投げの練習に打ちこんだ。この間にレゼリオン教国本国から十キア硬貨が続々と転送されてきて、木箱何杯分にもなっていた。

 さすがにこんなにいらないのでは? と思ったけどサキが言うには、今回の戦闘のことだけじゃないので沢山あるに越したことはないらしい。


 戦争前日なのでもちろん砦全体が準備で大変な騒ぎだった。日付が変われば決戦の地に向けて出発となるので、誰もが興奮した面持ちで忙しく動き回っている。その熱気に触れて、いよいよ本物の戦争が始まるという実感が私の中にも湧いてきた。

 大量の十キア硬貨を握る手に変な汗をかいているのに気付く。不安な気持ちごと壁に向かって銭投げをした。


「てぇーい!」


 ――――。



 戦争当日。

 私は親衛隊と共に馬で草原を駆けていた。


 当然ながら私は馬を操れないのでアンソニーさんの後ろに乗せてもらっている。隣にはコンラッドさんが、そして周囲には二百人を超える騎士達が、全員が必死の形相で馬を走らせていた。

 それもそのはず。すぐ後方から何千という魔獣達が追いかけてきているんだから。

 私達の任務とは、囮となって魔獣の本隊を決戦の地まで誘導することだった。まさに命懸けの危険極まりない役目だ。


 私はアンソニーさんのがっしりした背中に掴まりながら、この仕事を買って出たことをひたすら後悔していた。

 ちらりと背後を振り返る。


 ドドドドドドドドドドドドドドッ!


 大地を揺らしながら巨大熊のベアバルや大狼のウルドノスが捕食者の顔で全力疾走している。その大きな魔獣が何千頭もいるのだから、もう森が動いているような迫力だ。

 たとえ倒したことがある魔獣でも、あまりの数に本能が拒否反応を示す。


 ここここ怖い! 思っていたより数倍怖かった!


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