2 戦死率
サキによれば、こういう中世みたいな異世界のご飯は高確率でまずいらしい。確かに、私達の世界の歴史で言えば数百年前のレベルの料理が出て来るってことか。うーん、塩の味しかしなかったらどうしよう……。
しかし、そんな心配は無用だった。
通された部屋の卓上には、見るからに美味しそうな、豪華な料理の数々が並んでいた。手がこんでいるのも明らかで、これらが塩の味しかしないなんて絶対にありえない。
テーブルに着いて食べてみると実際にどれもすごく美味しかった。食べたことないけど、フランス料理のフルコースってこんな感じなのかも。
私以外の四人も全員が満足げだ。ミノリさんが微笑みながら呟く。
「リナさんのパワハラのおかげで美味しい思いができましたね」
「これはリナが焼き鳥で飯テロを起こす余地はないかも」
乗っかったサキが失礼なことを言った。うちの焼き鳥は結構評判いいんだよ?
私達五人はしばらく豪華な食事に夢中になっていたが、我に返ったようにカレンさんが突然席を立った。
「こんな料理があの短時間で作れるわけない! 最初から用意されていたのよ!」
あ、考えてみればその通りだ。なんだ、私のパワハラのせいじゃなかったんじゃない。
私も椅子から立ち上がって、傍らで私達の食事を見守っていたセフィルさんに詰め寄る。
「騙しましたね、最初から用意していたんじゃないですか」
「た、確かにお食事はご提供する予定でした! 順番は変わりましたが騙してはおりません!」
「別に騙したかどうかはどうでもいい。カレンさんが言いたいのは、これほどの接待をしてまで私達にしたい頼み事は相当なもの、ということ」
サキは冷静な眼差しを世話係に向ける。
その時、部屋の扉が開いて一人の女性が入ってきた。二十代半ばで見目麗しく、服装もさることながら本人からただならぬ厳かな空気が漂ってくる。やや緊張した面持ちでセフィルさんが彼女の名前を口に出した。
「エルゼマイア様……」
そう呼ばれた女性はテーブルの前まで歩いてくると、私達の顔を順番に見つめる。
……なぜか、すごく気圧される。誰か知らないのに。ちょっと、緊張してないで誰なのかちゃんと教えて。
私の視線を受けてセフィルさんは慌てて女性の一歩後ろに立った。
「こ、こちらはこのレゼリオン教国の教皇様、エルゼマイア様になります」
よく知らないけど、教皇っていえばめちゃくちゃ影響力のある人! 一目見るためだけに数万人が集まったとかニュースで見た気がする!
緊張して固まっている私を横目に、サキがため息をついた。
「焼き鳥屋の娘は権威に弱いな、さっきの度胸はどうした……。ここが教国で教皇ということは、つまり国家元首ということですか?」
この問いにセフィルさんが頷いて返す。
「はい、エルゼマイア様は国際的には国を代表しておられます。ただし、統治者ではなく私達をお導きくださるレゼリオン神様のご使者様、というお立場になります」
「そういう論理付けには興味はありません。知りたいのは、その宗教指導者が私達に何をさせるつもりなのか、達成すればきちんと元の世界に帰してもらえるのか、です」
淡々と失礼な文言を並べるサキに私は黙っていられなかった。
「サキ! 相手は私達を拉致した宗教組織の大ボスなんだよ! もっと媚びへつらって神として崇め奉らないと!」
「リナも大概だよ。失礼な文言並べすぎ」
私達のやり取りを聞いていたカレンさんとミノリさんが小声で何かを話している。
「やばい……、やばい女子高生達と一緒に召喚されてしまったわ……」
「あらあら、私達、生きて帰還できるのでしょうか」
一方で、ユズリハちゃんは無表情でカタカタと小刻みに振動を繰り返していた。わ、ゼンマイ仕掛けのお人形さんみたいで可愛い。
ここでついにエルゼマイアさんが動いた。私達と同じテーブルの空いていた椅子の一つに座る。そのままサッと手を広げた。
「聖女様方、どうぞお食事を続けてください。皆様がお知りになりたいことをご説明します」
とりあえず立ち上がったままだった私は席に座り直す。
「教皇様が直々に説明してくれるんですか?」
「ええ、私は人に説くことを生業にする者達の大ボスですので最も適任でしょう」
そう言ってエルゼマイアさんが上品に微笑むと、私の隣でサキもニヤリと笑った。
「やっぱりだ、何となくあなたは話が通じる人の気がしました。時間の無駄がなくて助かります」
「ふふふふふ、どこの世界にも似た人間はいるものですね。こちらもやりやすいです」
おお、何か二人で意気投合した。だけど、似てるってどの辺りが? 尋ねるとサキとエルゼマイアさんは互いに顔を見合わせた。
「効率重視で、ちょっと腹黒いところかな」
「そうですね。効率が悪いのは嫌いですし、腹黒いので私はこの地位にいます」
性格の似た二人の連携で話は一気に進み、私達はこの異世界のこと、自分達が召喚された理由を知ることができた。
まず、この異世界には人間や私達の世界にもいる生物の他に、魔獣という凶悪な怪物がいるらしい。魔獣達は普段は大陸の西の端に棲息していてさほど害はないが、約百年周期で動きが活発になる。その際には世界中の国々が協力して防衛線を築く慣例になっていた。もし防衛線が崩壊すればいずれの国も遅かれ早かれ魔獣の群れに呑みこまれる。だが、この魔獣との戦争は非常に厳しく、人類は常に戦力が足りない状況にあった。
そこで編み出されたのが別の世界から戦力を呼び寄せる召喚魔法だ。
その戦力の一人はもう体の震えが止まらなくなっていた。
「きょ、凶悪な怪物との……、戦争……」
ユズリハちゃんが放心状態で呟く。
召喚魔法は構築に地理的時間的制約があり、一国につき一度きり五人までが限界らしいけど。
「ということは、このレゼリオン教国以外の国々でも召喚されているということですか?」
尋ねたのはカレンさんだった。彼女はこうやってエルゼマイアさんとサキの会話の合間に気になったことを質問している。これで大事な事柄は大体網羅されるので、私とミノリさん、ユズリハちゃんはゆっくりと食事ができていた。
いや、ユズリハちゃんはもう食事どころじゃないか……。硬直してしまった彼女をミノリさんが心配そうに覗きこんでいた。
エルゼマイアさんがカップから一口お茶を飲んだ。
「他国でも日本から五人づつ召喚されています。呼び名は勇者や戦騎など様々ですが。この国では、レゼリオン神様の力によって呼び出された乙女達、という建前がありますので女性に限定されますね」
「教皇が建前とか言ったら駄目でしょう。それより気になるのは、もしや性別だけじゃなく年齢層もある程度指定できるのでは?」
探るようなサキの眼差しに、エルゼマイアさんはやや小さく「できます……」と答えた。
「やっぱり……。比較的若い年齢に絞って召喚していますよね? 魔獣との戦争、何年くらい続くんですか?」
エルゼマイアさんは観念したようにため息をついた。
「前言撤回です。やはり自分と似た性格の人はやりづらいですね……。……百年前の戦争は十五年以上かかったと記録が残っています」
十五年以上! 元の世界に帰る頃には私、三十路だ!
さっき聞いた話によれば私達の帰還は、召喚魔法に込められた願いの成就、すなわち戦争の勝利が条件になっていた。
「えー……、私は四十じゃない……。キャリアが吹き飛ぶ……」
カレンさんにとっても大問題みたいだ。誰にとってもそうだよね。
私達の落胆する様を見て、エルゼマイアさんは努めて明るい声を出す。
「大丈夫ですよ、歴史を遡ればもっと早く終わった事例もありますし。無理に帰還しなくても、この世界に残るという選択もできるのですから」
「そんなの、帰るに決まってるじゃないですか」
即座に私が言い返すと教皇様は首を横に振った。
「前回の聖女様はお二人が補佐だった者達と結婚してこの世界に残られたのですよ。元の世界に戻られたのはたったお一人です」
えー、すごいな、二人も異世界人と結婚したなんて。そして、一人が帰ったと。
…………、ん?
「あとの二人はどうなったんですか? 前回も今回と同じ五人ですよね? ……あとの二人は、どうなったんですか?」
エルゼマイアさんはしばらく私と見つめ合った後に、「……あ」と目を伏せた。
…………。
いやいやいや! 十五年とか言う以前に戦死率四十パーセントじゃない!