15 転送
私達は観光の予定を変更してエルゼマイアさんの執務室に移動した。色々あってもう何度引っ越したか分からないけど、とにかく新しい執務室だ。
今回も机の上に広げた地図を全員で覗きこむ。ただし世界地図ではなく、レゼリオン教国が受け持つ戦線の詳細図だった。
一国の戦線でもこうやって見るとかなりの広さだね。砦だけでもあちこちにいくつもある。
私達は同時にエルゼマイアさんから説明を受け、今回の衝突が過去最大規模であることも聞かされた。
一人資料に目を通していたサキがそれを机に置く。
「ならレゼリオン教国の死者数は二千人以上になる」
彼女が出した見積りに私達は絶句した。エルゼマイアさんはこの場でももう一度頭を下げる。
「皆様、どうか力をお貸しください」
私達五人が参戦すれば、その大変な被害を抑えられるんだろうか。分からないけど、嫌だとはとても言えない空気が流れている。
が、サキははっきりと「嫌だ」と言い放った。
「ろくに準備もできていないのに、初戦闘がそんな大戦とか冗談じゃない。私達が力をつける前に死んだら、困るのはそっちだろ?」
「もちろんそれはそうですが、皆様の実力ならばもう……」
エルゼマイアさんはなお食い下がろうとする。すでに契約が済んでいる以上、彼女は自力で説得するしかない。
サキは私達皆のこと考えてくれているんだろうけど、私はあまりにも冷たいと思ってしまった。
「もうちょっと聞く耳を持ってもいいんじゃない? 教皇様、すごく必死に頼んでいるんだしさ」
「……それだよ。今の私達が戦死するとしたら情に流されて、くらいだ」
「あ、それでさっき気をつけないとって言ったんだね。でも、この国の人達がいっぱい死んでいるのに私達はのんびりしてていいの?『聖女様最低』とか思われない?」
サキは言葉に詰まった後、他の聖女達の顔も順番に見た。全員が私と同じことを思っているのを察し、大きなため息をつく。
「……まずは同行するだけだ。参加するかどうかは実際に戦う魔獣を見てから判断する。……リナ、お前ほんとに気をつけないと過労死する素質あるぞ」
……そうかな?
私が五百年前の同じ能力者に思いを馳せる一方で、エルゼマイアさんは顔を輝かせていた。
「皆様ありがとうございます! すぐに準備を整えますね!」
そう言って勢いよく執務室を出ていこうとしていた教皇様だが、ふと立ち止まってセフィルさんに視線をやった。
「あなた、先ほど私が分かったようなことを言っていましたね」
「…………、……申し訳ありません」
「折檻してやりたいところですが今は時間がありません。ああ、あなたも一緒に来るのですよ、セフィル」
「え、私もですか……」
エルゼマイアさんが部屋から退出するとセフィルさんは膝から崩れた。私達の方にゆっくりと視線を寄こす。
「……皆様、私をお守りください」
……この人、確かに戦闘では全く頼りにならないみたいだ。あと、本当にエルゼマイアさんのことが苦手なんだね。(のちに聞いた話では二人は幼なじみなんだとか。気の毒としか言いようがない)
それで、どうやって前線まで行くのかと思っていたけど、どうやら転送の魔方陣というのがあるらしい。異世界から召喚できるくらいなんだからその程度はできても不思議じゃないか。
私達の戦闘装備はあらかじめ用意してあったようだ。武器はなくて体に装着させる鎧が各自いくつかある。防御力自体はあまりなさそうで、まあ自分の魔力で身を守れってことだろう。とりあえず、それらを身に着けて魔方陣部屋に入った。
先に来ていたエルゼマイアさんは鎧姿に騎士っぽい剣も携えている。
「転送先は今回の戦場に一番近い拠点の中になります」
そう告げられた直後、私達聖女五人とセフィルさん、エルゼマイアさんの体が輝き出した。すぐに目の前も真っ白になる。
なんか召喚された時に似てるな。と思っている間に転送は終わっていた。
最初に目に飛びこんできたのは屈強な体格のムキムキ男性二人だった。彼らは私達が現れたのを見て片膝をつく。
「教皇様! 必ず来てくださると信じておりました!」
「もしや後ろの方々は!」
「ええ、聖女様方です。皆様、この二人は共に騎士団で隊長を務めている者達になります。彼らはどちらも腕が立つ信頼できる騎士達ですよ。腕が立つといっても、もちろん皆様ほどではありませんが」
エルゼマイアさんの言葉で、隊長達は不思議なものでも見るような目で私達を見てきた。
いや、そりゃ私達、あなた達ほどムキムキじゃないけど。