13 奇跡の果実
打ち上がっていたエルゼマイアさんが帰還すると、私達は晴れてきちんとした契約書を交わした。
サインをする時の教皇様のとても悔しそうな表情が印象に残っている。よくよく考えたらそれほどわがままを言っているわけでもないし、つくづく強欲な人だと思った。
とりあえず、これでブラックに働かせられる心配はなくなったので五人で胸を撫で下ろす。
それから、自分達の部屋に戻って少しして、私達のお世話係セフィルさんがやって来た。彼はいつになく上機嫌で話を切り出す。
「レゼリオン教国とご契約していただき、誠にありがとうございます。エルゼマイア様にもお灸をすえていただいて、感謝の言葉もございません」
なるほど、上機嫌なのはお灸のことが大きいのか。それでも契約の内容からすれば、私達は半分は休むわけだし、セフィルさんにとってはあまり喜ばしくないのでは?
私がそう尋ねると彼は首を横に振った。
「いいえ、皆様の貴重なお時間を半分もいただけるのは本当に有難いことです。何しろ全員がアルティメットギフト保持者ですし」
通常は五人中一人でもアルティメットが出れば、国中が大喜びするらしい。たとえ一人であっても戦力としてはそれほど高まるってことだ。
あれでもエルゼマイアさんはこの国では英雄のような存在なので、その彼女を手玉に取ったことで私達の力は証明されたんだとか。
「もう神殿中の者がすっきりして嬉しく思っておりますよ。夕食はまたごちそうをご用意させていただきますね」
セフィルさんは上機嫌のまま部屋を出ていった。
扉が閉まると私はサキに視線を向ける。
「教皇で英雄なのにコテンパンにされて皆に喜ばれるって、エルゼマイアさんはいったい……」
「神殿内には本性が知れ渡っているんだろ。とにかく私達は双方にとっていいことをした。聖女デビューは成功だ」
まあ失敗するよりはいいか、ごちそう楽しみだな。
ところが、その夕食の時間が近付くにつれて部屋の外が騒がしくなってきた。五人で扉を開けて様子を窺うと、私達の部屋を囲んで廊下に人だかりができている。
「もしかして私達、聖女デビューに失敗したんじゃない?」
私の言葉にさすがのサキも「そんなはずは……」と呟いて状況が分からないようだった。
すると、人だかりの中からメイドらしきお婆さんがしっかりした足取りで出て来る。カッと目を見開いた。
「腰の痛みが消えましたのじゃ!」
ほほう……、それは、よかったですね。
とても素晴らしいことだとは思うけど、私達と何の関係があるんだろう。誰か説明してくれる人は……、と思っていると、セフィルさんが再び現れた。手にはリンゴを持っている。
「このリンゴを食べた者全員が、病や怪我が治ったのです。エルゼマイア様が落下した地下貯蔵庫の木箱に入っていた物なのですが、皆様、お心当たりは?」
……大いにある。ミノリさんとユズリハちゃんが魔力を注いで救済したあのリンゴだ……。
サキが説明すると集まっていた人達が一斉に床に膝をついた。それから声を揃えて。
「「「奇跡の果実をありがとうございます! あなた方は真の聖女様です!」」」
……どうやらリンゴを救済したつもりが多くの人々を救済してしまったみたいだ。私達の聖女デビューは大成功したらしい。
とりあえず、部屋の前の人達には帰ってもらい、今回もセフィルさんだけが残った。私達と一緒にテーブルに着くと彼は器用な手つきで件のリンゴを剥きはじめる。
「私は戦闘ではお役に立てませんが、それ以外の雑用でしたら多少は自信がございます」
へえ、さすが私達のお世話係。神官で一つの機関の長なのになんて甲斐甲斐しい。
綺麗に切り分けられたリンゴをそれぞれ口に運んだ。この上なく甘く、舌触りもいい。さらに、体の奥からポカポカしてきて何だか力が湧いてくる。うん、明らかに普通のリンゴじゃない。
セフィルさんは私達が食べるのを眺めながら「ところで」と切り出した。
「木箱一つ分のリンゴをこの奇跡の果実に変えるのはやはり大変なのでしょうか?」
ミノリさんとユズリハちゃんは互いに顔を見合わせる。
「そんなことはありませんよ、木箱一つなら時間は一瞬ですし」
「はい、魔力もほとんど消費しません……」
「本当ですか! では今からもう一箱お願いできないでしょうか!」
言うが早くセフィルさんは席から立ち上がっていた。
……まさか、売りさばいて一儲けしようって魂胆じゃ? はたまた権力者への贈り物にして出世の足がかりに?
私がじとっとした視線を向けると彼はため息。
「私はエルゼマイア様ではありませんよ……。後でお話ししようと思っていたのですが、明日、皆様を町にご案内しようかと」
「やった! 異世界の町を観光!」
「ですが、全国民が待ち望んでいた聖女様方のお目見えだけに大変な騒ぎになりそうでして。そこで、同じ時間帯に奇跡の果実を抽選配布してはどうかと」
……もしや、明日はさっきの人だかりの比じゃない?