12 ブラック契約書
私達の中で最年少で、誰よりも臆病で穏やかなはずの少女が、いつになく力強い口調で言った。
「実は私も許せなかったんです……。エルゼマイアさんがリナお姉ちゃんを燃やしたことが……!」
ユズリハちゃんの体から溢れ出したのは普段と異なる魔力だった。
彼女のいつもの優しげで暖かなものではなく、恐ろしげで冷たい魔力。
少女から解き放たれたそれが貯蔵部屋を駆け巡る。沢山のリンゴが入った木箱を包みこんだその瞬間のこと。あっという間に中のリンゴは黒ずみ、水分も奪われてカラカラになった。
ひぃー! なんか一瞬でまずそうなドライフルーツに変わった!
皆が呆然としているとサキが注意喚起を。
「ユズリハちゃんの魔力に触れるな! 命を削られるぞ!」
「私達は味方なのに! まさかまだ識別が……!」
私が叫ぶとサキは頷いて返した。
「反転を覚えたばかりでまだコントロールできないんだ。罪のないリンゴがカラカラになったのがその証拠」
「確かにリンゴに罪はない!」
「あらゆるものから生命力を奪う。それがユズリハちゃんの反転魔力、【奪命】だ」
……聖女どころかもう死神だ。
当のユズリハちゃんも一度出してしまった反転魔力を制御できなくなってる感じがする。泣きながらあたふたしていた。(あの、全くコントロールできなくて焦る気持ち、痛いほど分かるよ)
「皆さん、私に近付かないでください……! カラカラにしたくありません……!」
ユズリハちゃんを慰めてあげたいけど、命を取られるから近付けない……。
この状況、いったいどうすれば。
と思っていると、やはりここでもサキが冷静だった。
「引き金の原因となったことを解決するしかないだろ」
原因といえば……、元々はエルゼマイアさんが私を燃やしたせいだよね。
私達聖女五人の視線が教皇様に集中した。彼女は深々と頭を下げる。
「急にリナ様を燃やして申し訳ありませんでした。もうしません」
元凶の謝罪によってユズリハちゃんは魔力のコントロールを取り戻した。
エルゼマイアさんがやれやれといった様子で貯蔵部屋を出ていく。
「とりあえず、これでようやく一件落着ですね。どこか適当な部屋で契約に移りましょう」
誰のせいでこうなったのか分かっているのかな、この人……。
ちなみに、罪のなかったリンゴ達はミノリさんとユズリハちゃんによって救済された。完全に朽ちていた果実が、二人が魔力を注ぐとみずみずしく艶やかに。むしろ、以前より美味しそうに見える。
地下通路を戻りながらミノリさんが微笑んだ。
「私とユズリハちゃんは、植物に関してはどちらも生命力を与えることができるようですね。二人でならすごい庭園を造れそうです」
「はい、二人ですごい植物を育てましょう……!」
一方で、彼女達の話を聞いていたサキがため息をつく。
「やっぱり生命を操れた方が神っぽいな。私なんて、せいぜい欲に取り憑かれた教皇を地の底に落とせるくらいだよ」
いや、そっちもある意味神っぽいよ。物理的になら私にもできそう。
――――。
こうして私達はやっとレゼリオン教国と契約をする運びとなった。
最上階の五階に、新たに準備された部屋に皆で入る。テーブルには五枚の契約書が並べられており、その前でエルゼマイアさんが満面の笑みを浮かべていた。
「皆様のご要望を全て盛りこんだ内容になっております。さあ、サインを」
急に物分かりがよくなったな。さっきので大分こりたってこと?
私が首を傾げていると、サキがピラッと契約書を裏返した。
ん、裏面の隅っこにすごく小さい文字で何か書いてある……?
『ただし、緊急の場合は、レゼリオン教国は敵を指定でき、時間無制限で聖女様方を出動させられる』
全員でエルゼマイアさんに目をやると、彼女は滝のように冷や汗をかいている。どうやら全然こりていなかったらしい。
これは私も怒るべきだよね。と無意識で周囲に視線が行く。すでにカレンさんとミノリさん、ユズリハちゃんは魔力をギラギラさせていた。
……私は怒る必要ないみたい。教皇様、死ななきゃいいけど。
一人頭を抱えていたサキが叫んだ。
「ったく世話の焼ける教皇だな! とりあえず緊急脱出しろ!」
部屋を炎が駆け巡り、床が崩落し、命を削る魔力が暴れ回る前に、エルゼマイアさんはサキの力でシュポーンと打ち上がった。
彼女は天井を突き抜け、大神殿の屋根も破り、たぶん空高く舞い上がったと思う。