第二章 星の影
夢の世界へと戻った彼は、星の庭に立っていることに気づいた。前回と同じ場所――だが様子は少し違っていた。無数に輝いていた花々のいくつかは枯れ、輝きを失った星も散見される。微かな風に乗って、冷たい気配が漂っていた。
「どうしてこんなふうに……?」
彼が呟いた瞬間、背後から誰かが現れた。振り返ると、あの銀髪の少女が立っていた。相変わらずの柔らかな微笑みだったが、その表情には一抹の寂しさが見え隠れしている。
「星たちは、あなたの心の一部なの。」少女は言った。「心の中には、光だけじゃなく影もあるのよ。」
彼女の言葉に、彼は言いようのない不安を覚えた。夢とは現実の逃避ではなく、心の深層が映し出される場所なのだ――そのことに彼は少しずつ気づき始めていた。
二人は静かに歩き始めた。足元に枯れた花びらが散り、踏みしめるたびに黒い影が広がる。彼が見上げた空は、ところどころに暗い雲が漂い、星々の光を遮っている。
「ここは心の影の表れなの。」少女が静かに語る。「人が抱える後悔や忘れたい思いが、この夢の中で形を変えて現れるの。」
歩くうちに、彼は「記憶の海」にたどり着いた。しかし、波は濁り、浮かぶ記憶の断片はひび割れている。彼はその中の一つを手に取った。それは彼の子供時代の映像――両親に褒められて嬉しそうに笑う自分。しかし、笑顔はすぐに消え、記憶は霧のように消えていった。
「大切な思い出も、忘れ去られることがあるの。でも、それは悪いことじゃない。」
少女の声が優しく響く。「忘却は、心を守るための一つの方法なの。」
彼は静かにその言葉を噛み締めた。忘れたい記憶や後悔も、すべてが自分の一部であり、消そうとするよりも受け入れるべきものなのだと感じ始めた。
歩き続けるうちに、彼らは一枚の大きな鏡の前に立った。鏡の中には、自分自身の姿が映っていた――だが、それはどこか歪んで見える。彼が一歩近づくと、鏡の中の自分が不安げな表情を浮かべた。
「これは、あなたの影の姿。」
少女の言葉に、彼は深く息を吐いた。そこに映っていたのは、自分が隠そうとしていた感情――不安、孤独、そして言えなかった言葉の残骸だった。
「影は否定するものではないわ。むしろ、それを抱きしめることで、初めて心が軽くなるの。」
少女はそう言って、彼の背中をそっと押した。
彼は静かに鏡の自分に語りかけた。「今まで逃げてごめん。でも、もう逃げない。これからは、お前と一緒に歩いていくよ。」
鏡の中の自分は、その言葉を聞いて微笑んだ。影との対話を終えた彼の心は、少しだけ軽くなっていた。
少女は満足そうに頷いた。「そろそろ、あなたは現実に戻る時間よ。」
彼は名残惜しさを感じながらも、うなずいた。心の影と向き合った今、彼には現実でやるべきことがあると感じたのだ。
「また会えるかな?」彼が尋ねると、少女は微笑んだ。
「もちろん。夢はいつでもあなたと共にあるから。」
その言葉を胸に、彼の意識は次第に薄れていった。世界は柔らかな光に包まれ、彼は静かに目を覚ました。
朝の光が彼の部屋に差し込んでいた。目を覚ました彼は、しばらく天井を見つめ、夢での出来事を思い返した。影と共に生きていく――それは簡単なことではないかもしれないが、今の彼には恐れはなかった。
彼はゆっくりと起き上がり、窓の外を見た。今日も新しい一日が始まる。夢の中で得た気づきを胸に、彼は静かに新たな一歩を踏み出した。
影は消えない。だが、それを抱きしめた先にこそ、真の自由がある。彼はそう信じて、これからも夢と現実を歩み続けるのだ。