第11話裏 王国記念日の終わりに
社交ダンスが終わった後の大広間は、すでに多くの貴族たちが帰路につき、賑やかだった空間にも静けさが広がりつつありました。
残されたゼルたちは、用意された軽食をつまみながら、それぞれの親が迎えに来るのを待っていました。
そのときです――。
『バタンッ!』
勢いよく開かれた扉の音が大広間に響き渡りました。
ゼルたちが一斉にそちらへ顔を向けると、そこには息を荒げたスパイクの姿がありました。
「……あれは、スパイク先生? 間違えて入ってきたのかな?」
メルジーナが首を傾げながら呟くと、すかさずゼルが言い返します。
「バーカ。警備がいるのに、間違えて入れるわけねーだろ」
「なによっ! だったらさっきのハンターギルドの連中はどう説明するのよっ!」
メルジーナが不満げに言い返すと、ゼルは肩をすくめて答えます。
「国王様が言ってただろ? あの人たちはワープゾーンっていう魔法で来たんだって」
「そんな都合のいい魔法、聞いたことないわよっ!」
「実際にあったんだから仕方ねーだろ」
ふたりの言い合いがエスカレートし始めたところで、ソフィアが涼やかに口を挟みました。
「やれやれ、まったく品がないな君たちは。声が大きいせいで、ほら……先生がこちらに気づいて向かってきているではないか」
「それはゼルの声が大きいからでしょ」
「いや、お前の声のほうがでかいっての」
再び睨み合うふたり。そんな様子を横目に、スパイクが足早に近づいてきました。
「お前たち……ビーリスはどこにいるっ!?」
突然の剣幕に、一同は驚きましたが、ソフィアだけは相変わらずの調子で応じました。
「おやおや、これはこれは。スパイク先生殿ではないですか。わざわざこの私に挨拶をするとはいい心がけじゃないか」
「誰がお前なんかに挨拶なんかするか。こっちはそれどころじゃねえ!」
スパイクは焦った様子で辺りを見回し、再度問いかけました。
「ビーリスはどこだっ!? あいつに話がある!」
その問いに、メルジーナがくるりと首を回して答えました。
「ビーリス公爵なら、グレイス嬢と一緒に国王陛下のところにいますよ。ほら、あっちの方向、見える?」
「……ああ、分かった。助かった」
スパイクがその場を離れようとしたところで、メルジーナが思い出したように言いました。
「あ、そういえば先生。ここって関係者以外は立ち入り禁止じゃ――」
「いいんだよ、そんな細けえことは!」
スパイクはそう言い放ち、足早にビーリスのもとへ向かって行きました。
やがて、ビーリスのもとに辿り着いたスパイクは、いきなり彼の胸ぐらを掴み、怒鳴り声を上げました。
「ヴァレンティンはどこだ!? あいつに何をしたっ!」
「スパイク君、落ち着いて。まずは手を放そうか」
リトニアが優しく間に入り、事態を収めようとします。
その騒ぎを聞きつけて、バロンやレオン、そしてゼルたちも駆けつけてきました。
「スパイク殿、突然どうされたのです? ビーリス公爵に怒鳴りつけるとは……」
レオンが心配そうに声を掛けると、スパイクは怒りに満ちた声で返しました。
「こいつが、俺の生徒に手を出しやがったんだっ!」
「えぇっ!? ビーリス公爵がそんな……!?」
レオンが驚く中、当のビーリスは少し困ったような微笑を浮かべて答えました。
「“手を出した”と言われると語弊がありますが、確かに彼女に協力をお願いしたのは事実です。それが誤解を生んでいるのかもしれません」
「じゃあ、ヴァレンティンは今どこにいる! もう解放したのかっ!」
「それは……」
「言えないってのか!?」
スパイクの剣幕に、バロンとレオンは一瞬動こうとしますが、リトニアがそっと彼らの袖を引きます。
「うん、止めなくていいよ。友人同士のやり取りだし、ビーリス君も、誰もいない方が話しやすいだろうからね」
「……承知しました」
レオンとバロンはうなずき、リトニアと共に少し離れた場所から、ふたりの様子を見守ることにしました。
「アリアさんには危害を加えていません。安心してください」
そう言うビーリスに対し、スパイクは床を指差して言い放ちました。
「じゃあ、今すぐここに連れて来い! お前の客ってことで通せるだろ!」
「……できないことではありませんが、少々……難しい事情がありまして」
ふたりが言葉を交わしているところに、ゼルたちも合流します。
「スパイク先生、ずっとビーリス公爵に食ってかかってますけど、何かあったんですか?」
「“何か”どころか、“大あり”だ! こいつがヴァレンティンに何かやらせてる!」
ゼルが驚く一方で、メルジーナは目を輝かせました。
「うっそ! アリアさんが公爵に頼られるなんて、すごいわ!」
その言葉にゼルはむっとします。
「おいおい、ビーリス公爵があんな田舎女に頼むわけねーだろ。勘違いしてんじゃねーよ」
「はあ!? あんたとは大違いよ! アリアさんの方が、よっぽど優雅で綺麗で、可愛くて!」
「なんだと!」
「なによ!」
ふたりの喧嘩が始まると、ビーリスとソフィアは同時にため息をつきました。
「君たち、静かにしたまえ。公爵が話せないだろ」
「だってこいつが……!」
「だってゼルがぁ……!」
ビーリスは一拍置き、静かに言いました。
「分かりました。では、私がアリアさんにお願いしたことについて、正直にお話しましょう」
「おう。全部話せ」
その言葉にうなずいたビーリスは、アリアを見て、穏やかに言いました。
「アリアさん。もう“グレイス”の振りはやめて大丈夫ですよ」
「えっ?」
「えええっ!?」
「……マジで!?」
どよめきが広がる中、アリアは少し戸惑いながら答えました。
「もういいの? 今日の終わりまでって言ってなかったっけ?」
「ええ。ここにはあなたの友人たちもいますし、私の友人が何をするか分かりませんからね。アリアさん、大切にされてますね」
「うんっ! スパイク先生も、メルジーナちゃんも、ソフィアちゃんも、みんな優しいんだよ!」
ビーリスは静かに微笑を浮かべると、深くうなずきました。
「はぁっ!? 俺は別に、大事に思ってなんかねぇっ! 生徒に何かあったら減給されるだろうがっ!」
「アリアさんだったのねっ! いつも可愛いけど、グレイス嬢の姿もとっても素敵だったわ!」
「うん、アリアだよーっ! メルジーナちゃんたちもすごく綺麗だよ!」
そう言って、アリアは元気よく手を振りました。
「お会いしたかったですわぁっ! ……ぐあっ!?」
興奮して近づこうとするメルジーナを、ソフィアがぴしゃりと止めました。
「なによっ、もう!」
「君たちが騒がしくすると、ビーリス公爵が話づらいだろう? 少しは空気を読みたまえ」
「ぐぬぬぅ……」
「ふん、たまには意見が合うな。俺様も、ちょうどそう思っていたところだ」
「では、ビーリス公爵。続きをどうぞ」
「……無視するなーーーっ!!」
そう叫ぶゼルを横目に、ビーリスはソフィアへ軽く会釈を返しました。
「ありがとうございます。ではまず、どうしてアリアさんにグレイスの代役をお願いしたのか、その理由からご説明いたします」
「おう、さっさと話せ」
ビーリスは落ち着いた様子で語り始めました。
それは、嘘と本当を巧みに織り交ぜた説明でした。
王国記念日の直前、グレイスが体調を崩して出席できなくなってしまったこと。
リトニアに「今年こそ一緒に参加する」と約束してしまっていた手前、落胆させたくなくて代役を探していたこと。
アリアがグレイスによく似ていたため、彼女に依頼したこと。
夏季休暇中に彼女が自宅へ出入りしていたのは、マナーや舞踏の練習を行っていたためであり、周囲に秘密にしていたのは、グレイスの体調を気遣っての判断だったということ――。
「以上が、今回の真相です。誤解を招くような行動をとってしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って、ビーリスは深々と頭を下げました。
「なんだ、そんなことか。わざわざ隠すようなことでもないだろうに……。それで、グレイスの容態はどうなんだ?」
「はい、おかげさまで回復に向かっております。命に別状はございませんので、ご安心ください」
その言葉に、その場にいた誰もが安堵の息を漏らしました――ただ、一人を除いて。
「ってことは、こいつは本物のグレイス嬢じゃなくて……ヴァレンティンってことに……」
ゼルがそう呟いたとき、みるみるうちに彼の顔が赤く染まっていきました。
「フフッ、やっと気づいたか」
「なになにぃ? どうしたの?」
メルジーナは好奇心いっぱいに首を傾げました。
「な、なんでもねぇよっ!」
ゼルは慌てて否定しますが、ソフィアはその反応を無視して、アリアに微笑みかけました。
「よかったじゃないか、アリア。ゼルに褒められて。『綺麗だ……その手も、その髪も、そしてその心も。その全てが美しい』――って、ね。フフッ」
「えへへ……」
アリアは頬を染めながら、少し照れた様子で笑いました。
「あーっ! そんなこと言ってたわね! すっかり忘れてたけど、今思い出しても笑えるわぁ!」
ソフィアとメルジーナは顔を見合わせ、くすくすと笑い出しました。
その笑い声を聞いて、ゼルは顔を真っ赤にしながらアリアを指差し、叫びました。
「俺様が、こんな田舎ブスにそんなこと言うわけねーだろっ!! グレイス嬢って言っただろっ!」
「アリアさんも可愛いわよっ!」
メルジーナがすかさず言い返したそのとき、バロンがゼルに向かって猛然と駆け寄り、彼の頭を拳骨で叩きました。
「いっでぇっ!!」
「おい、ゼルッ! 貴様、グレイス嬢になんて無礼な口をきいているんだっ!」
「ち、違うんですっ!」
「何が違うんだ! 俺はそんな風に育てた覚えはないぞっ!」
バロンはゼルの頭をぐっと押さえつけて深く頭を下げ、自らも丁寧に頭を下げました。
そのすぐそばで、ソフィアがアリアにこっそり耳打ちをしています。
「グレイス嬢、ビーリス公爵! うちのバカ息子が大変失礼いたしました! 本人には厳しく罰を与えますので、どうかご容赦を!」
真剣な謝罪の言葉に、ビーリスは少し困ったような表情を浮かべました。
「お言葉ですが、バロン侯爵……。最近のゼル様の言動には、正直、目に余るものがございます。再教育をお願い申し上げますわっ!」
「……最近、褒めすぎて天狗になっておるのかもしれませんな。以後、このような態度が取れないよう厳しく指導してまいります。まことに申し訳ございませんでした!」
「おい、ソフィア! お前、何を吹き込んだぁ!? ぐわっ! 父上っ! これには、訳が――っ!」
ゼルは何とか頭を上げようとしますが、バロンの手によって再び押さえつけられます。
「何が訳があるだっ! こんな無礼をしておいて、言い訳など聞きたくない! 私は悲しいぞ……。これから徹底的に再教育いたしますので、失礼いたします! メルジーナ嬢、ソフィアのことをよろしくお願いいたします!」
「え、えぇ……」
そう言い残し、バロンはゼルを担ぎ上げるようにして連れていきました。
ゼルは見えなくなるまで、ずっと叫び続けていました。
「ソフィアーっ! ヴァレンティーンっ! 覚えてろよーーっ!」
メルジーナはジト目でソフィアを見つめ、「……あんた鬼ね」とぽつり。
ソフィアは満足げなドヤ顔のままでした。
「ヴァレンティンの無事も確認できたし、俺はもう帰るわ。じゃあな」
スパイクはそう言って、手を振ることもなくそのまま歩いていきました。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか。アリアさん、また学園でお会いしましょう!」
「うん! メルジーナちゃん、ソフィアちゃん、またねーっ!」
「ビーリス公爵、本日はありがとうございました」
メルジーナは優雅にカーテシーをしてから一礼します。
「ええ、こちらこそ。本日はお越しくださりありがとうございました。どうかお気をつけて」
こうして、にぎやかだった王国記念日は、無事に幕を下ろしたのでした。




