第8話裏 古封異人アクィラ散る
「見つけたぜ!」
アクィラは軽やかに地面へ降り立ち、鋭く声を上げました。
「あっ! さっきの人! どうして戻ってきたの? あのまま逃げればよかったのに」
アリアは素直な疑問を口にしましたが、その言葉はアクィラの神経を逆撫でします。
「ああっ!? それはこっちのセリフだろうが! ぶっ殺すぞ!」
アクィラの怒気が溢れ、顔がピクピクと引きつります。
「逃げなかったこと、俺様をバカにしたこと……全部まとめて後悔させてやる!」
そう叫ぶと、アクィラは鎌を大きく振り回し始めました。瞬く間に紫色の風が渦を巻き、周囲の草木を震わせます。
「くらえっ! 『デッドエンド・パープルストーム』!」
唸るような風の音とともに、紫色の竜巻がアリアに向かって突き進んできます。大地の土埃が巻き上がり、渦の中心はまるで怪物の口のように大きく開いていました。
「これ、さっき見たやつだ」
アリアは杖を構え直すと、その場でくるくると回転を始めました。杖が生み出した風は次第に勢いを増し、アクィラの竜巻に正面からぶつかっていきます。両者の風がぶつかり合い、轟音を響かせながら拮抗しました。
「……なんでだよっ。こいつ、何者だ……」
「こいつじゃないよ? 私はアリアだよ?」
天然な返答にアクィラはさらに苛立ちを募らせます。
「名前なんか聞いてねぇよ! 本当イライラするやつだな!」
アクィラは一気に距離を詰め、鎌を横薙ぎに振りました。しかし、アリアはひらりと身をかわすと、すかさず足払いを仕掛けます。アクィラの体勢が崩れた隙に、アリアは懐に潜り込みました。
「えいっ!」
ぐっと腕を伸ばし、アクィラの首に腕を回します。ヘッドロックの体勢になったアリアは、そのまま勢いよく持ち上げると、地面に思いきり叩きつけました。
鈍い音が響きますが、アクィラはうつ伏せのまま不気味に笑います。
「ハッ……効かねーなぁ。こんなもん、痛くも痒くもねぇぞ?」
「むむっ!」
アリアは表情を変えず、すぐに蹴りを放ちました。アクィラの体は木へと吹き飛びますが、それでも彼の笑みは消えません。
「もう諦めたらどうだ? お前らの攻撃じゃ俺様を倒せやしねぇ。お前は人間の中じゃ、なかなかやる方だったけどよ。――だが、ここで終わりだ」
アクィラはゆっくりと姿勢を低くし、鎌の刃先を前に向けて肩に担ぎました。
「むむむのむぅ……!」
その瞬間、黒い風がアクィラの体にまとわりつき始めます。
「くらえぇっ! 『デッドエンド・ツインサイクロン』!」
鋭い音を立てて、左右から二つの黒い竜巻がアリアに向かって放たれます。
「一つは防げても、もう片方は避けられねぇだろぉっ!」
アリアは慌てることなく、杖を握り直すと再びその場で回転を始めました。回転から生まれる風は渦を巻きながら広がり、両方の竜巻を包み込んでいきます。黒い風はアリアの渦に呑み込まれ、やがて霧散しました。
アクィラは歯ぎしりをしながら叫びます。
「バカめっ! 本命はこっちだ! これは避けられまいっ! 『デッドエンド・パープルストーム』!」
再び紫の暴風が生まれ、地面を抉りながらアリアに迫ります。巻き込まれた木々が軋み、折れ、砕け散っていきました。
「これでもう終わりだな! ハッハッハッ!!」
勝利を確信したアクィラが高らかに笑った、その時です。
突然、頭上から元気な声が響きました。
「脳天カチ割り杖殴りーっ!」
「ぶわぁっ!?」
アリアの杖が真上からアクィラの顔面を捉え、ぐしゃりと潰しました。ぺしゃんこになった顔面から奇妙な音が響き、アクィラの体はふらりと後退します。
アリアは軽く距離を取りながら、そっと微笑みました。
「ツバキちゃん、助けてくれてありがとう!」
「いえ、当然のことをしたまでです!」
どうやら、ツバキの『身代わりの術』でアリアは事前に入れ替わっていたようです。
二人は動かなくなったアクィラをしばらく眺めていました。
「死んじゃったのかな?」
「さすがに顔があんなふうですからね……」
アリアは静かに地面を掘ろうとしました。
「お墓、作ってあげよう」
けれど、その優しさが仇となります。突如、倒れていたアクィラが起き上がり、鋭く刃を振るいました。
「アリアちゃん危ない!」
咄嗟にツバキがクナイでガードしますが、衝撃で吹き飛ばされてしまいます。
「ツバキちゃん!」
「顔を潰されたくらいで死ぬ俺様じゃねぇんだよ! それにしても……人の頭を迷いなく叩き潰すとか、お前正気じゃねぇぞ……!」
アクィラの声をよそに、アリアは急いでツバキの元へ駆け寄ります。
「ごめんね、ツバキちゃん。大丈夫?」
「これくらい、へっちゃらです! アリアちゃんが無事でよかったですよ」
「ありがとう、私を助けてくれて」
そのやり取りを見ていたアクィラは、再び凶悪な気配を放ちながら叫びました。
「さて、アリアとか言ったな。今度こそお前を殺す!」
「僕は生きてるよぉ!」
ツバキは小さく手を振りながら、ぽそりと答えた。
「ツバキちゃんの仇は私が取るよ!」
「だから、僕は死んでないですってばぁ。……って、顔がないのに喋ってる!?」
ツバキが驚くのも無理はありません。アクィラの顔は潰れたまま、原型を留めていないのです。それでも、不気味に声だけが響いていました。
ツバキは立ち上がり、次々とクナイを投げ込みますが、アクィラは怯む様子もなく突進してきます。
「痛くねぇ! こっちから行くぞっ! 『デッドエンド・ブラックサークル』!」
黒い渦を纏ったまま、アクィラはアリアへ飛びかかります。
「ええいっ!」
アリアは正面から突進を受け止めると、手のひらで流すように右へかわしました。勢いのままアクィラは転倒し、鎌が地面に叩きつけられます。
「ぐあっ……い、痛くねぇなぁ……痛くねぇ……」
しかし、その様子を見たツバキは、ふと何かに気付きました。
「アリアちゃん、ちょっと耳を貸してください」
「ちゃんと返してね?」
アリアはにこっと笑いながら耳を差し出します。ツバキはそっと囁きました。
「分かった! 思いっきり頭上から叩き込めばいいんだね!」
「ちょ、ちょっと! アリアちゃん!? 声が大きいですってばぁ!」
アクィラは息を整えながら、緑色のオーラを纏い始めます。そして、潰れていた顔が徐々に再生されていきました。
「ハァ……ハァ……な、なんだ……この感覚は……。力が……抜けていくような……」
ツバキは迷いなくアクィラの周囲を高速で駆け巡ります。
「そこだぁっ!」
鎌が大きく薙ぎ払われますが、ツバキは華麗に宙返りでかわし、間髪入れず蹴りを放ちます。
「とうっ!」
「だから効かねぇって言ってんだろうが!」
アリアも続けて攻撃を仕掛けますが、アクィラはその一撃を紙一重で避けました。
「どうしたんですか? さっきより動きが鈍いよ?」
「俺様は無敵だからな……余裕があるだけだ!」
けれど、ツバキはアクィラの背後を取りながら冷静に言葉を続けます。
「本当は怖いんですよね? アリアちゃんの攻撃が。自分の急所に当たったらどうしようって――。その恐怖心があなたを鈍らせてるんです」
「恐怖なんか……とうの昔に捨てた! 古封異人となった俺様は無敵だ! 女神の願いを叶え、今度こそ自由を手に入れるんだ! 誰にも邪魔はさせねぇぇっ!!」
叫び声とともにアクィラの鎌がツバキを切り裂きました――
しかし、そこに感触はありません。
「な、なんだと!? 切った感覚がねぇ!」
切り裂かれたツバキは、煙のようにふわりと消えてしまいました。幻だったのです。
本物のツバキは、すぐそばの木の上に立っていました。
「これは『忍法・魘幻顕の術』。相手が恐怖や絶望を抱えている時ほど、効果が高まります。あなたにこれが見えたというなら、内心では恐れている証拠ですよ」
「嘘だぁぁぁぁ!!」
アクィラは狂ったように鎌を振り回し続けます。そこへ、ツバキは周囲にクナイを放ちました。
「『忍法・影縫いの術』!」
クナイが地面に突き刺さり、アクィラの動きが一瞬鈍ります。そのわずかな隙を、ツバキは見逃しませんでした。
「アリアちゃん、鎌を狙ってください!」
「はーいっ! よいしょーっ!」
アリアは高く跳び上がり、全力で杖を振り下ろしました。杖の一撃はアクィラの鎌を見事に砕きました。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!! あぁぁ! 嘘だ! これ俺様がぁーーー!!!」
耳をつんざくような悲鳴が森に響き渡ります。
「う、うるさーい!」
アリアは耳を塞ぎ、叫び声が収まるのをじっと待ちました。
やがてアクィラの叫び声が止み、アリアはそっと耳を離しました。
アクィラは砕けた鎌の破片を拾い集め、必死にくっつけようとしています。先ほどまでの威圧感は消え、代わりに必死で幼いような声が漏れました。
「い、嫌だ……俺様は……僕はまだ……生きたい……。やっと自由になれるのに……。力が……抜けていく……。女神様……もう一度……もう一度チャンスを……」
その声は震えており、かつての傲慢さは微塵も感じられませんでした。まるで子供が泣きながら訴えているようです。
アリアは少し心配そうに、そっと声をかけます。
「大丈夫……?」
アクィラは壊れた鎌を胸に抱きしめたまま、今にも泣き出しそうな声で呟きました。
「女神様……どうか……僕の願いを叶えてください……」
その瞬間でした。先ほどとは違う、低く重たい声が上空から響きます。
「ダメだ。お前はここで死ぬ運命なのだ。使えぬ古封異人など不要だ。貴様に与えた力――返してもらう!」
「嫌だァァァァッ!!」
叫ぶアクィラの鎌から、緑色の光が漏れ出しました。その光はまるで意志を持つかのように洞窟の方へ吸い込まれていきます。
アクィラの体は次第に灰へと変わり、風が吹き抜けるたびにさらさらと舞い上がって消えていきました。もはや彼の姿は、完全に消え失せてしまいました。
アリアとツバキは、その光景を静かに見守るしかありませんでした。しばらくの間、森には風が吹く音だけが残ります。
次の投稿は起きたらします♪




