第6話裏 古封異人の女神…その名は…
「い、今のは!? ビーリス君の夢の中に入ったってことなのかい!?」
リトニアは古封異人の女神の技に驚きを隠せません。
「そういうことです」
突然、黙ってやり取りを見守っていた人物が口を開きました。
「君は?」
「私は古封異人のバイナリ。あなた方が通ってきたワープゾーンを操る能力と、空間を切り取る能力を持っています」
バイナリと名乗ったその存在は、性別不明で謎めいた雰囲気を漂わせています。青白く透き通る肌に、虹色に揺れる瞳。人間離れしたその容姿は、異世界の神秘を感じさせました。
灰銀色のローブが空中にふわりと漂い、まるで地面に足をつけることさえ拒んでいるような佇まいです。
「ご丁寧にどうも。夢の中に入ったというけれど、その時にビーリス君が目を覚ましたらどうなるんだい?」
「その時は、あの方も戻ってこられます」
「なるほど。教えてくれてありがとう」
そしてリトニアはアリアに近づき、顔をじろじろと見つめました。
「ん? どうしたの?」
「ああ、ごめんね。アリア君はやっぱりグレイス君に似ているなぁと思って。姉妹か何かかい?」
「違うよ! 私、一人っ子だもん!」
「そうなんだね。じゃあ、生き別れた姉妹とか?」
「うーん……そんな話、聞いたことないよ?」
「そうだよね。ごめんね、変なことを聞いちゃって」
「ううん! 大丈夫だよ!」
その時、ビーリスの額が虹色に輝き、一人の少女を抱えた古封異人の女神が戻ってきました。
「おお! グレイス君じゃないか!」
グレイスは眠ったままですが、その顔はアリアにそっくりで、美しさを感じさせます。
「ただいま戻りました。最後に見た記憶が炎の中……あれは一体どんな状況だったのでしょうか」
「そうか……。あの火事の時に、グレイス君は亡くなってしまったんだね」
古封異人の女神は、無言で服の煤を払いながら言います。
「記憶を辿りましたが、あれが最後でした。煙を吸い込んでいる可能性もありますから、特別に手当てをしておきましょう。すぐに亡くなられても困りますからね」
そう言うと、彼女はグレイスの体に手をかざし、そっと魔法をかけます。
「『パージ』」
「パージ……エルフ族だけが使える浄化魔法だね」
「帽子で耳を隠しているので分かりにくいでしょうが、私はエルフ族の生き残りです。ほら」
彼女は帽子を少しずらし、尖った耳を見せました。
「なるほど……。絶滅したと聞いていたから、驚いたよ。パージは浄化の力があるんだったね。ありがとう、グレイス君を助けてくれて」
「いえいえ。私はビーリス公爵との約束を果たしただけです」
二人が話している間に、ビーリスは目を覚まし、大きな声で「グレイスー!」と叫びました。
「グレイス君はここにいるよ」
リトニアが優しく声をかけると、ビーリスはグレイスの名前を呼びながら、彼を抱きしめました。
やがて、グレイスの目がゆっくりと開きました。
「ち、父上? ここは……?」
「グレイスー! 良かった……本当に良かった!」
ビーリスは人前もはばからず、子どものように泣きじゃくります。
グレイスは父親の頭をそっと撫で、落ち着かせようとしました。
「感動の再会も良いですが……リトニア国王。約束は守っていただきますよ」
「うん、もちろんだ。僕は何を想像すればいいのかな?」
「いえ、リトニア国王の場合は記憶を探りたいだけです。リラックスしていただければ、あとは私が覗かせてもらいます」
「分かった。これでいいかな?」
リトニアは横になり、目を閉じました。
「ご協力に感謝します。では、失礼いたします」
古封異人の女神は、彼の額に触れないように両指を動かしました。
数十分後、「終わりました。ありがとうございます」と彼女は告げます。
リトニアはゆっくりと起き上がりました。
「あれ? もういいのかい?」
「ええ。お時間を取らせてしまい、申し訳ありません。必要な情報は得られましたので」
「それなら良かった。……じゃあ、僕たちは帰っていいかな?」
「はい。問題ありません。そろそろ解散といたしましょう。バイナリさん、皆さんをお送りください」
「御意に」
バイナリは0と1の数字を操り、丸い形を作り出して、一瞬で三つのワープゾーンを出現させました。
「どうぞ。左からビーリス公爵家、冒険者学校、王室です」
「ビーリス公爵。我々の目的は果たされました。これにて協力関係は終わりにしましょう。あなたは自由の身です」
泣き止んだビーリスは深々と頭を下げました。
「女神様、グレイスをありがとうございました! このご恩は一生忘れません!!」
「構いませんよ。こちらこそ感謝しております。では、お元気で」
ビーリスはグレイスを抱え、左のワープゾーンに入っていきました。
「僕は歩いて帰るよ」
「おや? 警戒されているのですか?」
「いや、そうじゃない。ただ、そういう気分なだけさ。では、これで失礼するね。アリアさん、一緒に帰ろう」
リトニアはそう言って、アリアの手を取りました。
「うん! またねー!」
そして歩き出そうとした瞬間――
「きゃーーーっ! 助けてぇー!」
外から、そんな悲鳴が響いてきました。
「なんだ今の声は……アリア君、危ないから外に出ないように。僕が様子を見てくるから」
「私も行くよ!」
「どんな危険が潜んでいるか分からない場所だからね。すぐ戻るから、大丈夫だよ」
「分かった!」
リトニアは走り去りました。
彼の姿が見えなくなると、古封異人の女神はふっと口元を緩め、すぐに穏やかな微笑みを取り戻してアリアに話しかけました。
「アリアさん、少しお話をしてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ! どうしたの?」
二人はしばらく、たわいない世間話を交わしました。
その間に、ワープゾーンは静かに消えていきました。
「お引き止めしてしまい、申し訳ありません。国王様の元へ向かわれるのでしょう? ここは危険な魔物も多い区域です。どうかお気をつけて」
「うん! 分かったよ! ありがとう、お姉さん!」
アリアは駆け出しましたが、途中で立ち止まります。
「どうかされましたか?」
アリアは振り返り、にこりと笑って言いました。
「そういえば、お姉さんの名前はなんていうの?」
「私は古封異人の女神――名を『ジュゲナ』と申します。以後お見知りおきを」
「そっか! ジュゲナお姉さん、またねー!」
そう言ってアリアは出口へ向かって駆けていきました。
「ビーリス公爵との協力関係はよろしかったのですか?」
「えぇ、あれはもう、使い物になりません」
「あの少女の古の魔道具もですか?」
バイナリが問うと、ジュゲナは不敵な笑みを浮かべながら答えました。
「これで良いのです。私はずっとアリア・ヴァレンティンに殺意を向けていましたが……『魔蔵のペンダント』の反応はありませんでした」
「なるほど。反応がないのであれば、挑んでもあの少女には勝てなかったと」
「ええ、きっと勝てなかった。ここは研究所も兼ねていますし、壊されたくないのもありますが。それに、少し前にフィーダーさんがあの魔道具に言われていたそうですよ。『今回は警告だ。この子に近づくな』と」
「なぜ、魔道具が少女の味方を?」
「分かりません。今回の接触で何か掴めるかと思いましたが……残念です。……まあ、今回の目的は国王の記憶と、その力ですから」
「なるほど。能力を奪う算段があるのですね。さすがはジュゲナ様」
「ふふ……。さあ、この未来を見通せていたかな? リトニア国王」
ジュゲナは古封異人の中でも“女神”と称される、特別な存在です。
翡翠色の髪は滑らかに背へと流れ、深緑の和装はしっとりとした光沢を放ち、身につける魔道具は数知れません。時折、魔力を帯びてかすかに煌めくそれらは、彼女の威厳をより一層引き立てています。
穏やかな微笑を浮かべる彼女の顔立ちは優雅で柔らかですが、その瞳の奥には油断ならぬ光が潜んでいました。まるで相手の心を見透かすような、鋭く冷たい眼差しです。
ジュゲナは手を大きく上に上げ、嬉しそうに声を上げます。
「さぁ、第二章の幕開けです! オーッホッホッー!」




