第5話裏 明晰夢世界
古封異人の一人、アクィラが攻めてきた時の出来事です。
グレイスに扮したアリアは、古封異人が作り出したワープゾーンの中へと入っていきました。
その先は、松明が等間隔に並んだ洞窟でした。アリアは辺りをキョロキョロと見回したあと、奥に差す光の筋に目を留めました。
「うーん、あっちに行ったのかな?」
そう呟いて、洞窟の中を慎重に進んでいきました。
やがて、灯りが強まると同時に、洞窟の奥から男女の会話が聞こえてきました。
「私の話は以上です。さぁ、リトニア国王。私の提案を受け入れていただけますか?」
その声は鈴の音のように柔らかく、耳に心地よく響きました。しかし、その言葉の裏には、静かにして確かな威圧感が潜んでいます。
あくまでも優しく、丁寧に。しかし、その実、拒絶を許さぬ圧力――まるで微笑みの奥に刃を隠しているかのようでした。
アリアは少し離れた岩陰から、じっと様子を窺っていました。
女性の背後には、数人の人物が無言でリトニアを睨んでいます。
リトニアは、はっきりと答えました。
「残念ながら、その提案は飲めないね」
その返答に、ビーリスはうつむきます。
「なぜですか? お互いの利害は一致しているはずでは……?」
「リトニア国王……」
「すまないね、ビーリス君」
そう言ってから、リトニアは女性のほうを見据えました。
「確かに、我々人間は邪神のエネルギーによる寿命の問題に悩まされている。でも、君たちのことを本当に信用できるかと言われれば……難しい」
「……だそうですよ、ビーリス公爵。さて、どうされますか?」
「す、すみません……リトニア国王……。私には……こうするしか……」
ビーリスの声は震え、同時にその身体も小刻みに震え始めました。
そして、そっと右手を背中に回します。
「ビーリス君? どうしたんだい? 大丈夫かい?」
心配そうに近づくリトニアに対し、彼は腰に忍ばせていた短剣を、気づかれないように取り出します。
「すみません、リトニア国王……こうするしかないのです!」
その瞬間でした。
「ダメだよ!」
小さな声とともに、一つの手がビーリスの腕を制しました。
「なっ!? ア、アリアさん……?」
声の主は、アリアでした。
「来ましたか、アリア・ヴァレンティン」
古封異人の女神が、誰にも聞こえない声でそう呟きました。
「放してください! 私はここでリトニア国王を殺さなければ……グレイスは……!」
「やっぱり、君が生き返らせたかったのは、グレイス君だったんだね」
「うぅ……そ、そうです。その通りです……。私は……そのためにずっと動いてきました……」
ビーリスは力なくその場に座り込みました。
短剣が手から滑り落ち、洞窟の中に甲高い金属音が響き渡ります。
「ビーリス君……。ところで、君は?」
リトニアはアリアを見て尋ねます。
「私はアリア・ヴァレンティンだよ!」と、アリアは元気よく答えました。
「グレイス……君によく似ている。そうか、アリア君だね。覚えておくよ。で? 君はどうしてここに?」
「みんなが黒い穴の中に入っていったから、私も〜って入ってみたら、ここに着いたんだよ」
リトニアは頭を抱えました。
「ここは危険だよ? アリア君は戻りなさい」
「嫌だ!」
「い、嫌……ですか……」
即答に、リトニアは肩を落としました。
「まあまあ、せっかく来られたのですから、彼女にもいてもらいましょう」
古封異人の女神は、手を叩きながら微笑みました。
まるで、アリアの登場を最初から期待していたかのようです。
「さぁ、アリアさんも来られたことですし、特別にもう一度チャンスを差し上げましょう。私がリトニア国王の記憶を探る代わりに、グレイスさんをこの世界に召喚します。悪い条件ではないでしょう?」
古封異人の女神は、リトニアに向けて右手を差し出しました。
「この手を取れば交渉成立。一分以内に取らなければ、交渉は決裂となります。さあ、お答えを」
リトニアは一度右手を伸ばしましたが、途中で動きを止めました。
「ちょっといいかい?」
「おや? どうされました?」
「君の言葉だけでは信用できないんだ」
「と、言いますと?」
「僕が先代たちの記憶を引き継いでいるのは知ってるね?」
「ええ、もちろん」
「その記憶の中にも、“人を生き返らせる能力”なんてものは存在しなかった。本当にそんな力があるのか、僕には信じられない。君が僕の記憶を見た後、グレイス君に似た人形を作って“はい、本人ですよ”なんて言う可能性だってある。もし、君が先にグレイス君を蘇らせてくれるというのなら、僕は交渉に応じよう」
その言葉に、ビーリスの表情にわずかに希望の光が差しました。
古封異人の女神は小さく頷きます。
「なるほど。確かに、あなたには私の力をお見せしていませんでしたね。信用されないのも無理はありません。よろしいでしょう。力が本物であること、お見せいたします」
「ありがとう」
リトニアはゆっくりと近づき、女神の手を取ります。
「では、交渉成立ですね」
「うん。そうだね」
お互いに手を離すと、女神はビーリスに手招きしました。
「善は急げ、とも言いますからね。では、仰向けでもうつ伏せでも構いません。私の能力をご存知のビーリス公爵なら、もうお分かりですね?」
「えぇ、記憶にある物や人を、この世に引き出す力。同じ人物は同時に二人以上存在できないから、呼び出せるのは死者のみ。その時の記憶を基に引き出されるため、年齢や記憶も当時のままですよね?」
「その通りです。記憶が鮮明であればあるほど、再現性も高くなります。曖昧だと、顔立ちや体格にズレが生じることもありますから」
「分かりました」
ビーリスはそのまま仰向けになりました。
「では、ビーリス公爵。リラックスして、身を私に委ねてください。あなたとグレイス嬢の思い出を強く念じてください。それを、あなたの記憶から引き出します」
ビーリスは静かに目を閉じ、「グレイス……」と一言、呟きました。
「おぉ、早いですね。もう安定しています」
古封異人の女神は、そっと中指と人差し指をビーリスの額に添えました。
「私を夢の世界へ誘いなさい。『明晰夢世界』」
二本の指が開かれると、その額に小さな穴がぽっかりと開きます。
そして、古封異人の女神はその穴に、吸い込まれるようにして姿を消しました。




