第13話 社交ダンス
ソフィアは時計を確認すると、ふと肩をすくめながら呟きました。
「もうそんな時間か」
ゼルが頷いて返します。
「みたいだな」
メルジーナは、食事中の手を止めて首を傾げました。
「ん? あー、社交ダンスの時間ね。ご飯食べてたら気づかなかったわ」
午後六時を過ぎると、優雅な音楽がホール全体に響き渡り、社交ダンスの始まりを告げました。中央のダンスフロアは、シャンデリアの柔らかな灯りに照らされ、まるで星空の下のように輝いています。
その周囲には円を描くようにテーブルが並べられ、美しい料理や煌びやかなグラスが所狭しと並べられていました。
ホール内では、貴族たちが談笑しながらグラスを掲げたり、豪華な料理に舌鼓を打ったりしています。その中には、既に手を取り合い、フロアに足を踏み入れる者もいました。この夜を彩るすべての要素が、特別なひとときを演出しています。
ダンスが始まると同時に、リトニアとロローナが先導するように舞台の中心へ進み、軽やかに踊り始めました。その動きは優雅そのもので、音楽と共に美しい舞いを披露します。周囲からは、「優雅だわ」「さすがね」という感嘆の声や、盛大な拍手が送られました。
リトニアは踊りながら小さく呟きます。
「なんだか、照れるね」
ロローナが微笑みながら返しました。
「こんなに注目されるのも久しぶりですものね」
リトニアは恥ずかしそうに微笑み、軽く頷きます。彼らの舞いに触発されたかのように、周りの貴族たちも次々とフロアへと足を踏み入れ、楽しげに踊り始めました。
一方、端のテーブルにいたメルジーナは、手元のグラスを置いてゼルに声をかけます。
「ねぇ、ゼルは踊らないの?」
その問いにソフィアがすかさず割り込んできました。
「メルジーナ、酷なことを言うんじゃないよ。ゼルは踊りたくても踊ってくれる人がいないんだから」
メルジーナは目を丸くし、慌ててゼルに謝ります。
「あ、ごめん!」
しかしゼルは顔を赤くしながら、テーブルを軽く叩いて声を張り上げました。
「そんなわけねーだろ! 俺様にも相手くらいいるわっ!」
ソフィアが意地悪そうに微笑み、追い打ちをかけます。
「いいのかい? 本命のグレイス嬢と踊らなくて。次いつお会いできるかわからないぞ?」
ゼルは少し困ったような表情を浮かべながら、フロアの隅で一人佇むグレイスの方をちらりと見ました。そして、ポツリと呟きます。
「いいんだよ。また元気な姿を見ることができたんだ。それで十分だ」
メルジーナは呆れたように眉を上げ、冷たく言い放ちました。
「重症ね」
ソフィアも苦笑して続けます。
「だな」
「お前らこそ、人の心配をするより自分の心配をしたらどうだ? 特にメルジーナ、お前みたいなガサツな女を誘って踊る奴なんているのか? いないだろ? いたとしたら、よほどの変わり者くらいだな!」
ゼルがニヤリと笑いながら挑発すると、メルジーナはテーブルを叩きながら立ち上がりました。
「誰がガサツですってーっ!? あんたみたいな捻くれ小僧こそ、グレイス嬢が相手してくれるわけないじゃない! せっかく惨めなゼルが可哀想だから、私が踊ってあげようと思ったのにー! もう踊ってあげない!」
「ふんっ、こっちから願い下げだ」
二人はそっぽを向き、険悪な空気が漂います。その様子にソフィアは軽くため息をつき、テーブルに肘をついて提案をしました。
「ならば二人で勝負をしたらどうだ?」
その言葉に、二人の視線が一気にソフィアに向きます。
「「勝負?」」
ソフィアは微笑を浮かべながら続けました。
「これから一時間以内に、何人の異性からダンスのお誘いを受けられるかを競うんだ。こちらから声をかけるのは禁止。無論、君たちが誘われたら、相手に合わせて踊ること」
ゼルが不満げに眉をひそめます。
「なんで俺様たちが相手に合わせるんだ? リードしちゃいけないのか?」
「リードするのも大事だが、相手に合わせる柔軟さも必要だろう? 君たち二人には特にね」
ソフィアの言葉に、ゼルはしぶしぶ頷きます。
「お前には言われたくねぇが……まあ、俺様はそれでいいぜ」
「私もそれでいいわ。誰が相手でも踊りこなしてみせる!」
ソフィアは満足そうに頷きました。
「よし、決まりだ。それじゃあ、二人とも持ち場に着くんだ」
二人はダンスフロアの中央へと進み、それぞれ意識して周囲にアピールし始めました。
「メルジーナ、降参するなら今のうちだぜ? 恥をかく前にやめておけ」
ゼルが余裕の笑みを浮かべて言うと、メルジーナは負けじと拳を握りしめました。
「それはこっちのセリフよっ! 覚悟してなさい!」
そして、勝負が始まりました。
最初の五分間は、二人とも緊張しながら待ちましたが、誰も近づいてきません。
「誰も来ないわね。まあ、これからよ」
メルジーナは気丈に振る舞いますが、内心は焦りを感じ始めています。
さらに五分が経過。ゼルが不満そうに腕を組みました。
「なんで俺様に誘いが来ないんだ……」
周囲を見渡すゼル。しかし誰も声をかける気配はありません。メルジーナも不安な顔を浮かべながら髪を弄ります。
さらに十分後――
ついにゼルが痺れを切らし、ソフィアに詰め寄りました。
「おい、ソフィア! 全然誰も来ねぇじゃねぇか! お前何かやっただろ!?」
ソフィアは優雅に口元のグラスを下ろし、冷静な口調で言いました。
「言いがかりはやめてもらいたい。私は何も仕掛けていない。ただ、君たちが注目されているのは学園内だけということだ。ここでは、君たちのような存在は珍しくもなんともない。結局、父親たちの名声に乗っかる付属品でしかないんだよ。自惚れるのはよしたまえ」
その言葉にゼルとメルジーナは一瞬息を呑みましたが、すぐに反論しました。
「ほぉぉ? じゃあ、お前がここに立ってダンスのお誘いが来るってのか?」
「当然だろう」
「じゃあ、あんたがやってみなさいよっ!」
挑発を受けたソフィアは、ため息をつきながら席を立ちました。
「やれやれ、仕方がない。たまには凡人と天才の違いを見せてやらないといけないようだな」
ゼルが笑みを浮かべながら茶化します。
「今日は素直だな。まぁ、見せてもらうか」
メルジーナも腕を組み、興味津々の様子で言います。
「どんな風に『天才』が踊るのか見せてもらおうじゃない」
ソフィアは振り返り、余裕たっぷりに一言。
「では、私が誘いを受けたら、君たちは二人で踊るんだ。罰ゲームとしてね」
「いいぜ、見せてもらう」
「えー!? まあ、仕方ないわね」
二人は椅子に腰掛け、ソフィアの行動をじっと見つめます。
ソフィアがフロアの中央に立つと、すぐに一人の貴族の青年が彼女に近づいてきました。
「なんだと!?」
「ソフィアだけずるいじゃない!」
二人の驚きをよそに、青年はにこやかにソフィアに話しかけました。
「ソフィア殿がダンスの場に出てくるなんて珍しいですね」
「まあね。友人たちに、私がただの口だけではないことを見せてあげようと思ってね」
青年は楽しそうに笑い、片膝をついてソフィアに手を差し出します。
「それでは、ぜひ一曲踊っていただけますか?」
「もちろんだよ」
ソフィアは優雅に手を取られ、二人のダンスが始まりました。その姿は目を引きつけるほど美しく、息の合った動きに周囲の人々も目を奪われます。
その後も、次々と男性がソフィアにダンスを申し込み、彼女は軽やかに応じていきました。四人目の男性とのダンスを終えた頃、ソフィアは少し疲れた様子でゼルとメルジーナの元に戻ってきました。
「どうだ? これで分かっただろう。私には人望があるということが」
ゼルは悔しそうに目を逸らしながら言います。
「あぁ、そうだな。認めるよ」
メルジーナも肩をすくめながら渋々と。
「えぇ、認めざるを得ないわね」
ソフィアは勝ち誇った笑みを浮かべて言いました。
「では、罰ゲームだ。二人で踊ってきたまえ。私は少し用事を済ませてくる」
その場に取り残された二人は、顔を見合わせながら同時にため息をつきました。
「ちっ、仕方ねぇ、行くぞメルジーナ」
「はいはい、行けばいいんでしょーー!」
そして、二人は渋々とダンスフロアへ向かっていきました。
ゼルは不機嫌そうにメルジーナの前で立ち止まり、渋々と手を差し出しました。
「ほらよ。これで満足か?」
メルジーナは腕を組みながら不服そうに鼻を鳴らします。
「何よそれ? レディに対するエスコートが全然なってないわね!」
「お前みたいな奴をレディとは呼ばねぇよ」
ゼルはため息をつきながら、差し出した手を少しだけ前に突き出しました。
「ほら、文句はいいから手を取れよ」
その仕草にメルジーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、一言。
「ふふんっ、それでいいのよ」
そう言うと、彼女はゼルの手を軽やかに取ります。
険悪な雰囲気の中で始まった二人のダンス。しかし、ゼルがリードを始めるとメルジーナはそれにすぐさま息を合わせ、二人の動きは次第に美しい調和を見せていきました。足さばきは軽やかで、視線を交わしながらも息がぴったり合っている様子に、周囲の人々も思わず足を止めて見入ります。
最後のフィニッシュポーズを決めると、フロアのあちこちから自然と拍手が湧き起こりました。
「やるじゃないか」
「そっちこそね」
二人は肩を上下させて息を整えながら、互いに笑顔を交わしました。
その時――
場の静けさを破るように、ひとつのゆっくりとした拍手が響き渡ります。
二人が驚いて振り向くと、そこには優雅な微笑みを浮かべながら近づいてくる女性の姿がありました。
「グレイス嬢!?」
ゼルは目を見開き、信じられないように声を上げました。
グレイスは柔らかい笑顔を浮かべたまま、ゼルとメルジーナに軽く会釈をします。
「はい、グレイスです。お元気そうで何よりですわ、ゼル様、メルジーナ様。」
メルジーナは反射的にスカートの裾を持ち上げて、完璧なカーテシーで挨拶を返しました。
「もちろん元気ですよ、グレイス嬢」
その丁寧な応対に、グレイスもまた優雅にカーテシーを返しました。
その様子を見て、メルジーナは思わず息を呑みます。
「なんで美しいカーテシー……」
ゼルは意を決したように一歩前に出て、グレイスに問いかけました。
「ところでグレイス嬢、つかぬことをお聞きしますが……古封異人が襲ってきた際、グレイス嬢もあの変な渦の中に入って行きましたが、大丈夫だったのですか?」
グレイスは微笑みながら穏やかに答えます。
「はい、大丈夫ですわ。あの後、洞窟のような場所に出て、そこでお相手様のリーダーと少しお話をしただけです。何か危害を加えられたわけではございませんので、ご安心くださいませ」
その答えに、ゼルもメルジーナもほっと胸を撫で下ろしました。
すると、メルジーナが肘でゼルを軽く突きながら小声で囁きます。
「ねぇ、グレイス嬢にダンスを申し込まないの?」
「はぁ? 俺様が誘えるような相手じゃねぇだろ。恐れ多いっての!」
「せっかくのチャンスなのに、何躊躇してるのよ。ほら、時間がないわよ!」
二人の小声のやり取りを見ていたグレイスは、首を傾げて不思議そうに尋ねました。
「どうかなさいましたか?」
ゼルは慌てて声を裏返しながら答えます。
「い、いえ! なんでもありません!」
そんな彼を横目に、メルジーナが続けます。
「グレイス嬢はもう踊られないのですか?」
グレイスは微笑みを浮かべたまま応じました。
「お誘いがあれば喜んでお受けいたしますわ」
その言葉を聞いたゼルは、心を決めたように一歩前に進み、片膝をつきました。緊張でぎこちない動きながらも、彼の表情には覚悟が宿っています。
「グレイス嬢……よろしければ、僕と……踊っていただけませんか?」
右手を差し出すゼルに、グレイスは優雅に微笑み、その手を取りました。
「はい、喜んで」
二人はフロアの中央へ向かい、軽やかにステップを踏み始めます。ゼルがリードし、グレイスがその動きに柔らかく合わせていきます。周囲の喧騒が遠のき、まるで二人だけの世界がそこに広がっているかのようでした。
ゼルはグレイスを見つめながら、思わず呟きます。
「……綺麗だ」
「えっ……?」
驚きに目を見開くグレイスの、その頬はほんのり赤く染まりました。ゼルは真剣な表情で続けます。
「その手、その髪、そしてその心……グレイス嬢はその全てが美しい」
グレイスは恥じらいながらも微笑みます。
「私には、もったいないお言葉ですわ」
少し離れたところでは、メルジーナとソフィアがその様子を見守っていましたが――
「プククッ!」
「ダメだ、笑っちゃいけない……ふふっ……!」
二人は顔を背けながら、ゼルの真剣な様子に思わず笑いを堪えきれません。
そんな中、二人だけの幸福な時間は終盤を迎えます。音楽が緩やかにフェードアウトしていく中、グレイスが問いかけました。
「ゼル様は、将来の目標や夢などはございますか?」
ゼルは一瞬驚いた顔を見せましたが、すぐに真剣な眼差しで答えます。
「僕はもっと強くなって……グレイス嬢を――いや、この国を守れるような立派な貴族になりたいです」
言葉を言い直しながら、ゼルは少し照れくさそうに笑います。
「……こんなシンプルな夢しかなくて、恥ずかしいですが」
グレイスは柔らかい微笑みを浮かべたまま答えました。
「そんなことはありませんわ。素敵な目標です。ゼル様はとても優しく、強いお方ですもの。いつかこの国を守る騎士となられる日を、心より楽しみにしていますわ」
その言葉に、ゼルは力強く頷きました。
「はいっ!」
ちょうどその時、音楽が完全に止まり、フロアが静寂に包まれます。グレイスは一礼しながら言いました。
「あら、楽しいお時間はあっという間ですわね。どうか、これからも皆さんと、仲良く学園生活をお過ごしくださいませ。心より応援しておりますわ」
ゼルは深々と頭を下げながら応じます。
「グレイス嬢、お忙しい中、大切なお時間を頂きありがとうございました」
静かに手を振りながら去っていくグレイスの背中を、ゼルとメルジーナは見送りました。
こうして、夢のようなひとときは幕を閉じました。
更新が遅くて申し訳ありません(⌒-⌒; )
これにて第4章表が終わります♪次回からは4章裏が始まります(^^)アリアの動きやビーリスはリトニアを殺す気だったのか…古封異人のアジトに向かった時などの、表では書いていない部分の描写などを書いていきます(^-^)
今後の展開もお楽しみに♪応援よろしくお願いします(^O^☆♪




