第11話 イグニッション
アクィラの姿が見えなくなると、レオンはその場でゆっくりと膝をつき、地面に倒れこみました。
「レオン伯爵大丈夫ですかな? 魔力不足で顔色も優れておりませんぞ」
バロンが心配そうに声をかけると、レオンは息を荒げながらもかすかな笑みを浮かべ、「ご心配には及びません。私なら大丈夫です。それよりも、リトニア国王を一刻も早くお救いしなければ……」と、かすれた声で言いました。
「それについては俺が引き受けよう。レオン伯爵は今は自分を労うといい」
「……お気持ちはありがたいですが、そういう訳にはいきません」
その時、奥からロローナ王女が現れ、優しく微笑みながら二人に話しかけました。
「お二人とも、本当にお疲れさまでした。おかげさまで、負傷者も出ずに済みましたわ」
「ロローナ王女様、リトニア国王の件は誠に申し訳ございません。私の力が至らぬばかりに……」と、バロンは深々と頭を下げました。
ロローナはバロンの謝罪に首を振り、「いいえ、皆さんは立派に任務を果たしてくれました。今日は十分に力を尽くされましたから、後の片付けを済ませてゆっくり休みましょう」と、優しい声で答えました。そして彼女はそっと手をかざし、自身の魔力をレオンに少し分け与えました。
その突然の行動にバロンとレオンは驚き、少し戸惑いながら問いかけました。
「え? どういう意味でしょうか? ビーリス公爵がお側についているから問題ない、ということでしょうか?」
レオンの言葉にバロンも続けます。
「もしかして、これは何かの訓練だったのですか? つまり、我々は国王様やビーリス公爵に試されていたということですか?」とバロンが尋ねました。
ロローナは微笑んで頷き、「えぇ、そういうことです。皆さんを驚かせてしまってごめんなさいね。でも安心してください。外の警備もリュレーン子爵から『異常なし』と報告が入っています」と答えました。
それを聞いた二人は、肩の力が抜けたように「良かったぁ」と安堵の息を漏らしました。
ふとレオンが思い出し、「そういえば、ちょうど爵位の昇爵や騎士団の部屋の入れ替えがある時期でしたね。私はさっきの戦闘で痺れて遅れてしまいましたから、もしかしたら降爵の可能性も……あぁ、不覚です」と肩を落とします。
そんな彼に、バロンは「大丈夫だ。もし降爵するなら一緒だ」と励ましの言葉をかけました。
二人は苦笑いを浮かべつつ片付けの準備に取り掛かります。
「そうそう、王国記念日の続きは今月末に改めて行いますよ」とロローナが告げると、二人は顔を見合わせました。「ちょうど八月三十一日はリトニア国王の誕生日でもあります。二週間後にはこの大広間を綺麗に整えて、皆さんと気持ちよくお祝いしましょう」と話し、ロローナは優しく微笑みました。
話が一区切りついたのを見て、ソフィアはゼルたちに声をかけました。
「話は終わったようだが、君たち、そろそろお父上のところに顔を出さなくていいのかい? 今なら話すチャンスじゃないか?」
ソフィアの言葉に、ゼルとメルジーナは目を合わせ、少し気まずそうな表情を見せます。
「やれやれ、貴族ってのは親とまともに話すこともできないのかい?」
ゼルは立ち上がりながら、軽く肩をすくめて「貴族には貴族の面倒があるんだよ、ソフィア。それより、今回の件について君から何か教えてくれるか?」と問いかけます。
「ふむ、依頼主からは話さないよう厳命されてるのさ。それにしても、あの大火球を受けても無傷のこの大広間、なかなか驚かされるね」
そんなやり取りをしていると、メルジーナとゼルが急にピシッと敬礼しました。
「おやおや、ついにこの私の偉大さに気づいたのかい?」とソフィアが冗談めかして言うと、二人はすぐに小声で返しました。
「お前にじゃねーよ」
「まさか、そんなことあるわけないでしょ」
ソフィアが不思議に思って後ろを振り向くと、そこにはロローナ王女が静かに近づいてきていました。
「これはこれは、ロローナ王女。ご機嫌麗しゅうございます」とソフィアが気取った口調で挨拶すると、ゼルが小声で「おい、王女様にそんな口の聞き方するんじゃない」とたしなめます。
ロローナはそのやり取りを微笑ましく見守りながら、穏やかな笑顔でソフィアに声をかけました。
「ソフィア様が開発されたこのビニール素材のおかげで、我々は無事に済みました。急なご依頼にもかかわらず対応してくださり、ありがとうございます。国王に代わりまして、改めてお礼を申し上げます」
ロローナの感謝の言葉に、ゼルとメルジーナは驚きのあまり言葉が出ません。
「気にしないでくれたまえ。私もこの『透明極薄防護服』の改良点を探っている最中さ。実際の使用感や意見を、落ち着いたときにでも教えてもらえると助かるよ」
「もちろんです。落ち着きましたら、ぜひお伝えさせていただきます」
ロローナが一礼した後、ゼルたちの方を向き直り、優しい笑顔で続けます。
「お二人とも、本当にお疲れ様でした。驚かせてしまってごめんなさいね」
「え? あ、ありがとうございます……。すみません、差し支えなければ教えていただきたいのですが、これは一体……。国王陛下や他の方々はご無事なんでしょうか?」
ゼルは、ソフィアが答えなかった点についてロローナに問いかけます。
「はい、ご安心ください。これはいわゆる、貴族の皆様への試練の一環です。爵位昇格や部屋の入れ替えなどが近い時期ですからね。それでは、式典の続きは今月末に行う予定です。皆様もどうぞお楽しみに」
ロローナが微笑んで立ち去ると、ゼルとメルジーナはほっとした表情で「良かったぁ」と息をつき、父と同じような反応を見せました。
その様子を見ていたソフィアは、鼻のあたりをつまんで引っ張ると、『ビリビリッ』と音を立てて、透明な防護服を脱ぎました。透明な布地が破けて剥がれ落ちる様子に、ゼルとメルジーナは再び目を見張りました。
「それが、ロローナ王女が言っていた防護服なの?」
メルジーナが尋ねると、ソフィアは得意げに頷きました。
「そうさ。これのおかげで、ビーリス公爵の鱗粉の影響を受けずに済んだってわけ。これで分かっただろう? 何も問題ないってことが」
「体が痺れたのは、ビーリス公爵の力だったのね。ああ、本当に試練で良かった! 安心したわ」
メルジーナが安堵の表情を見せる中、ゼルは少し不満げに「まあ……な」とだけ応じました。
その時、『パチンッ』とソフィアが指を鳴らし、みんなの注目を集めました。
「さて、我々も帰るとしよう。徹夜続きでさすがに疲れたよ」と、場を仕切るように言うと、ゆっくりと出口に向かいます。
やがて、大広間から人々の姿が消え、静寂が戻りました。あとはリトニアたちが無事に戻るのを待つのみです。




