第7話 王国記念日
本日は八月十八日、王国記念日の当日です。
それぞれの思惑が渦巻く中、式典が始まりました。
リトニア国王の挨拶から始まり、最後は社交ダンスで締めくくられる予定です。
大広間に招かれたのは、貴族やその家族たち。もちろん、メルジーナやゼル、そしてソフィアもその中にいます。一方で、アリアとツバキの両親は貴族ではないため、彼女たちはこの場に招かれていません。
貴族たちとの挨拶を終えたメルジーナとゼルは、大広間の左端に立っていました。アリアがいないため、メルジーナはどこかつまらなそうにしています。
「はぁ……アリアさんもツバキさんも来れたらいいのに」
「仕方ないさ。あいつらは庶民だからな。俺たちのステージには登れないってわけだ」
ゼルは、無情な現実を淡々と言い放ちました。メルジーナは不満げに顔をしかめます。
「こんなの全然フェアじゃなーい!」
メルジーナの抗議に対し、ゼルは皮肉っぽく笑いながら続けます。
「お前ら、最近『エアフォー』とかで活動してるって聞いたぜ。『空気の四人組』だなんて、お前らにぴったりじゃねーか」
「なんですってー! 失礼しちゃうわ!」
メルジーナがムキになって声を上げると、ゼルは軽く肩をすくめる。そんな二人のやりとりを耳にした貴族の一人が、穏やかな口調でたしなめました。
「君たち、もう少し静かにしたまえ。ここは公共の場だよ。私まで品位を疑われてしまうじゃないか」
「「どの口が」」
「言ってんのよ!」
「言ってんだよ!」
二人は声を揃えて反論しますが、結局またゼルとメルジーナは息ぴったりです。
その時、王の玉座にはリトニア国王が堂々と腰かけていました。左隣にはビーリスとグレイスが立ち、右隣には威厳を漂わせるバロン侯爵が控えています。国王の背筋の伸びた姿からは、この国の未来を支える者としての自負が感じられます。
グレイスは鮮やかな水色の髪を持ち、毛先には白が混じっています。その髪は軽く波打ち、彼女の大きな瞳は氷のように澄んだ水色で、まるでターコイズブルーを思わせる透明感を湛えています。胸元には金色に輝く蝶の形をしたネックレスが煌めき、彼女が纏う白と水色の美しいドレスが、その優雅さをさらに引き立てていました。
「……変わらず綺麗な人だな」
ゼルが思わず呟いたその言葉を、隣にいたソフィアは聞き逃しませんでした。
「ん? あぁ、グレイス嬢か。久しいな。去年は体調を崩して欠席していたから、二年ぶりの姿だな」と、懐かしそうに言います。
そのやりとりを聞いていたメルジーナが、いたずらっぽい笑みを浮かべてゼルに問いかけます。
「ゼルって、グレイス嬢のこと好きなの?」
「はっ!? ば、バカじゃねぇの!? す、好きとか、そんなわけねーだろっ! お、おそれ多いっつーか……」
突然の質問に、ゼルは慌てふためき、いつもの冷静さを失います。そんな彼の様子にメルジーナはくすっと笑いながら首を傾げました。
「なんでそんなに慌てるのよ?」
「はぁ? 全然慌ててねーし! 俺のどこが慌ててるように見えるんだよ」
ゼルの動揺ぶりを見たソフィアが、少し興味深そうに口を開きます。「ではメルジーナ、我々もグレイス嬢に挨拶に行こうか?」
「えぇ、いいわよ」
しかし、ゼルは焦って二人を引き留めようとしました。「大勢の人に囲まれて、きっとお疲れだろ? やめておけって」
それでもソフィアはゼルの言葉を軽く無視し、前に進みます。
「無視するなぁっ!!!」とゼルが抗議しますが、無情にも二人はそのまま進んでいきます。
仕方なくゼルもあとを追い、三人はグレイスに挨拶をするために、その列に並びました。
「どうしたゼル? 『疲れているからやめておけ』って言ってたのに、結局来るんじゃないか。それともあれかね? 貴族の息子は一人ではお留守番もできないのかい?」と、ソフィアがからかい混じりに言います。
「俺を犬みたいに扱いやがって……。お前らがグレイス嬢に失礼しないか見張ってるだけだよ」
二人の小声でのやりとりに、メルジーナが何も言わず前を向いて歩いているのが目に入ります。ゼルはさらにいらだって、心の中で叫びました。
「こ、こいつらぁぁ……っ!」
リトニア国王の玉座の後ろには、彼の家族である妻のロローナ王女と、息子のエビネ王子、そして娘のシューネ姫が座っていました。王家の雰囲気は静かで威厳に満ちています。
バロン侯爵は、堂々たる存在感を持つ威厳と貫禄のある男性で、ゼルの実の父親です。その異名を『不死身の騎士』と轟かせ、戦場で数々の勝利を収めた英雄でもあります。短く整えられた黒髪と、鋭いグレーの瞳が彼の冷静な性格を際立たせ、計算高い彼の思慮深さを映し出しています。端正な顔立ちに加え、いつも冷静沈着な表情を保ち、威圧感すら漂わせる貴族然とした存在感を醸し出していました。
一方、ロローナ王女は優雅で洗練された美貌を誇り、彼女の長いプラチナブロンドの髪は、常に美しく整えられています。軽くウェーブのかかったその髪は、彼女の穏やかな雰囲気をさらに引き立てており、青緑色の瞳はまるで深い湖のような静けさをたたえています。柔らかな笑みが絶えず、周囲に温かい空気を漂わせる女性です。
エビネ王子はまだ幼さが残るものの、凛々しい顔立ちは父親譲りです。ダークブラウンの短髪がその活発さを強調し、身長は同年齢の子供たちよりも少し高く、将来を期待させる風格があります。母譲りの青緑色の瞳は、いつも好奇心に輝き、彼の明るい性格をよく表しています。
シューネ姫は父親に似たライトブラウンのセミロングの髪を持ち、愛らしいリボンでいつも髪を結っています。ダークブラウンの瞳は父親と同じく鋭さを秘めているものの、まだ幼い彼女はよく恥ずかしそうに頬を赤らめ、少し内気な様子を見せることが多いです。小柄で華奢な体つきが彼女の愛らしさを際立たせています。
やがて列は進み、メルジーナの順番が来ました。彼女は普段の明るさを抑え、貴族の娘としての立場をわきまえた、落ち着いた振る舞いを見せます。
「グレイス嬢、お会いできて光栄です。お体の調子はいかがでしょうか?」
メルジーナの声は丁寧でありながらも、温かさがにじみ出ており、普段とは少し違う彼女の姿に周囲の者たちも少し驚きを覚えます。グレイスは優雅に微笑み返しながら答えました。
「ご心配いただき、ありがとうございます。おかげさまで、体調も随分と回復しました」グレイスは優雅に微笑み返しながら答えました。
その言葉に、メルジーナはほっとした表情を浮かべます。ゼルも少し緊張しながらそのやり取りを見守っていましたが、彼女の穏やかな様子に安堵しました。
グレイスは、先ほどまでの貴族たちに対する冷静な態度とは打って変わって、メルジーナの手を優しく取り、にっこりと微笑みながら語りかけました。
「こうして皆様の前で再びお目にかかることができて、幸せです。メルジーナちゃ……さんのご活躍も耳にしていますよ。これからも、国民のために頑張ってくださいね」
「あ、ありがとうございます。これからも、このメルジーナ・ガーネット、国の安全を守るため、全力で努めますわ」
メルジーナは少し緊張しながらも、凛とした声で答えました。グレイスは柔らかく微笑んで頷きます。
「期待していますね」
メルジーナは一礼し、離れました。その顔には満足げな表情が浮かんでおり、幸せそうな気配が漂っています。
次に、ソフィアとゼルがグレイスの前に進み出ました。二人は並んで挨拶をするようです。
「お久しぶりです、グレイス嬢。僕のことを覚えていますでしょうか?」と、ゼルが少し緊張した様子で尋ねました。
「はい、もちろん覚えておりますわ。ゼル様がハンターギルドで悪人を退治して捕えたと聞いておりますよ」
グレイスの口から自分の活躍が語られるのを聞き、ゼルは顔を真っ赤にしながら喜びに浸ります。
「仲間のピンチに駆けつけ、一気にやっつけてやりました!」と、誇らしげに胸を張るゼル。
「あら、素敵ですわ。仲間を助けに颯爽と駆けつけるなんて、まさにヒーローですね。とてもかっこいいです」
グレイスの褒め言葉とその優雅な仕草に、ゼルはデレデレとした表情で心を奪われています。
その様子を見ていたソフィアは、ゼルとグレイスの間にスッと入ると、冷静に一礼してから言いました。
「ご機嫌麗しゅう、グレイス嬢。今日という特別な日に、ご一緒できて光栄です。ですが、ゼルは相手によって態度を変えるクソ野郎なので、どうぞ騙されないようにお気をつけくださいませ。では、失礼します」
グレイスは驚いた様子で、「あら、そうなのですか?」と少し困惑したように微笑みました。
ゼルは慌てて、「い、いえ、そんなことはありませんよ! ソフィアの冗談にはいつも困らされております」と苦笑いしながら弁明します。
「仲が良いことで、羨ましいです。この国の発展のためにも、共に頑張ってまいりましょうね」
グレイス嬢の優雅な笑顔に、ゼルは再びニヤけてしまい、表情が緩んで動けなくなってしまいます。
そんなゼルを見て、メルジーナとソフィアは呆れた様子で腕を引っ張り、無理やりその場を離れました。
「ソフィア、いつもふざけてるのに、今回はちゃんと挨拶してたのね」と、メルジーナがソフィアに話しかけます。
ソフィアは肩をすくめながら、ゼルの方を見て冷静に言いました。
「当然だろ? グレイス嬢は本物の貴族だからね。どこかのパチモンとは違うのだよ」
「おい! それは誰のことだぁ?」と、ようやく正気に戻ったゼルがソフィアに突っかかります。
「さぁ、誰のことだろうねー?」と、ソフィアは余裕たっぷりに微笑んで言いました。
「それより、次は私の開発した魔道具の出番だ。ありがたく見たまえよ」
「おい、話を逸らすな!」とゼルは抗議しますが、ソフィアは無視して前を向きます。
次の瞬間、会場の照明が落とされ、窓から差し込んでいた光もカーテンで遮られました。そして、王都グラハナシルトの歴史を振り返る映像が、プロジェクターから映し出されます。このプロジェクターは、ソフィアが最近開発した魔道具の一つです。
「絵が動いてる……! すごいわ!」と、メルジーナは驚きと感動の声を上げます。
「もっと褒め称えたまえ」と、ソフィアは満足げに頷きながら応じました。
しかし、映像が進むにつれて、会場のあちこちから次々と『パタン』という何かが倒れる音が響き始めました。
「なんだ、この音は?」とゼルが不審そうに周囲を見渡します。
「ソフィアの魔道具が壊れた音じゃない?」と、メルジーナが軽く冗談を飛ばします。
「失礼なことを言うな。私の魔道具が、そんな簡単に壊れるわけがないだろう?」と、ソフィアは不満げに否定します。
その瞬間、メルジーナが突然苦しそうに声を上げました。
「あ、体が……!」と言いながら、その場に崩れるように倒れてしまいます。
「おい、大丈夫か?」とゼルが慌てて声を掛け、彼も膝をつきながら続けて言います。
「体が……これは毒か?」
ゼルだけでなく、ソフィアも同じように膝を着き、苦しげな表情を浮かべています。
「これは……神経毒に近いものだな」と、ソフィアは冷静に分析します。
その時、異変に気づいた裏方のスタッフが急いでカーテンを開けました。すると、会場内の光景を目にして驚愕します。
「みんな倒れてるぞ!? 一体何が起こったんだ?」
「おい! あれを見ろ! リトニア国王様の前に何かいるぞ!」
指差された方向を見ると、そこには武装した五人の男たちが堂々と立っていました。
その瞬間、バロン侯爵が立ち上がり、剣を抜いて彼らに向けましたが、リトニア国王は冷静に左手を上げて彼を制止します。
「まだ手は出してはいけません」と、国王は静かに命じました。
バロン侯爵は剣を鞘に収め、一歩下がります。
リトニア国王は、まるでこの事態を予見していたかのように落ち着いて、武装集団に声をかけました。
「初めまして、僕はこの国の国王、リトニアだよ。君たちは一体誰で、目的は何かを教えてもらえるかな?」
その問いに、五人の中でリーダーらしき男が前に出て、メガホンを持って答えます。
「ご丁寧なご挨拶、恐れ入ります。我々はハンターギルド『解放の光』。そして、私はそのギルドリーダー、ジランと申します。本日ここにお邪魔させていただいたのは、ある重要な相談を持ちかけるためでございます」




