第3話 夢見る少女と秘密の特訓
アリアはコトネの案内でビーリスの部屋までやってきました。豪奢なドアの前で、コトネは足を止め、優雅に『コンコンッ』とノックをしました。
「旦那様、アリア様をお連れしました。入室してもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ」と、ビーリスの落ち着いた声が返ってきます。
「失礼します」と言いながら、コトネはドアを静かに開けました。アリアも続いて「失礼しまーす!」と明るく声をかけます。
「コトネさん、ありがとうございます。アリアさんと二人きりでお話ししたいので、席を外してもらえますか?」
「承知しました。失礼いたします」と、コトネは一礼して、部屋から静かに退出しました。
「では、アリアさん、どうぞソファーにおかけください」
ビーリスに促され、アリアは大きなソファーに腰を下ろしました。
「どうしたの、先生?」と、アリアはビーリスに尋ねます。
「率直に申し上げますね。実はアリアさんにも、私が主催するマナー講座を受けてもらいたいんです」
「分かった!」と、アリアは即答しました。
「え? よろしいのですか? 詳細を聞かなくても……」ビーリスは驚きつつも、安堵の表情を浮かべました。
「先生の頼みなら、何でもやるよ!」
「ありがとうございます。既に四人の方が私のマナー講座を受講済みです。最後にアリアさんにお願いしたいのです」
「じゃあ、私を含めて五人になるってこと?」
「はい、その通りです。そして、最終的に私が一人選びます。その方には、王国記念日に行われる社交ダンスに参加してもらおうと考えています」
「王国記念日? 社交ダンス?」アリアの疑問に、ビーリスは優しく微笑みながら答えました。
「きたる八月十八日は、この国の王様である、『リトニア・シルト』の誕生日です。そして、社交ダンスはその記念日の最後を飾る行事です。貴族やその関係者たちに囲まれながら、華やかに踊ることになります」
時代ごとに統治する王様が記念日の名前を決めるため、呼び方は変わることがあります。しかし、この日を王国全体で祝うのは変わりません。
「でも、私ダンスなんてしたことないよ?」
「社交ダンスについては、私が選んだ一人だけが学ぶことになります。ダンスの指導は最後に行いますので、まずはマナー講座を受けて、貴族たちの前に出ても恥ずかしくない状態になってもらいます」
「分かっ…分かりました! 頑張ります!」
「その意気です。ありがとうございます。明日から講座を始めますので、今日はゆっくり休んでください」
「はーい! ありがとうございます!」
「コトネさんからお部屋の場所は聞いていると思いますが、いつでもその部屋に泊まってもらって構いません。食事に関してもシェフにお願いすれば、好きなものを用意してくれます。どうぞお気軽にお声掛けくださいね」
「わーい! でも、私そんなお金持ってないよ? マナー講座にも受講料がかかるの?」
「いいえ、私からのお願いですので、費用は一切いただきませんよ。受講中は、この屋敷に自由に出入りして、泊まっていただいて構いません」
アリアは少し戸惑いましたが、ビーリスの優しい提案を素直に受け入れることにしました。
「分かりました! よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ただ、この件は外部に口外しないようお願い致しますね」
「うん!」
その日の夜、アリアたちは大広間に集まりました。広々とした空間に並べられた豪華なテーブルには、美味しそうな料理が所狭しと並んでいます。ビーリスをはじめ、執事やメイドたちも同席し、食事を共にすることになりました。初めて目にする高級料理に、アリアの目は輝き、興奮を抑えることができませんでした。
お腹いっぱいになったアリアは、テーブルの片付けを手伝おうと立ち上がりましたが、コトネがすかさず淡々と言いました。「アリア様、そのままで結構ですよ。片付けは我々の仕事ですから」
「えー!? さすがに悪いよぉ」とアリアは困ったように言いましたが、ビーリスが口元を拭きながら優しく言います。「アリアさん、メイドというのは主人やそのお客様にご奉仕するのが務めです。モヤモヤする気持ちは分かりますが、彼女たちのお仕事をとらないであげて下さい」
「分かりましたぁ、お願いします!」アリアは納得し、笑顔で応えました。
「ご理解いただきありがとうございます。では失礼します」とコトネが一礼し、片付けを始めました。
食後、アリアは広間に移動し、メイドたちと一緒にババ抜きをして遊びました。初めての遊びに夢中になり、数人のメイドともすっかり打ち解けていました。アリアは初めて遊ぶため、メリアが丁寧にルールを教えてくれました。
みんなで楽しくトランプをしていると、コトネがやってきて告げました。「アリア様、お風呂の準備ができましたので、好きな時にお入りください」
「ありがとうコトネさん!」とアリアは元気よく返事をしました。
ババ抜きが終わると、メリアがアリアに声をかけます。「では、アリア様。楽しいひとときをありがとうございました。大浴場までご案内しますね」
「うん! こちらこそ楽しかったよ!」とアリアは笑顔で応じましたが、ふと疑問を口にしました。「お風呂ってみんなで入らないの? 私はずっとママと入ってたよ?」
アリアの言葉に、メリアは少し寂しそうに答えます。「我々はメイドですから。お客様と一緒の湯船に入ることは許されません」
「そうなんだぁ。メイドさんのルールって厳しいんだね」とアリアはしょんぼりした表情で答えました。
「いえ、旦那様はとてもお優しい方なので、私たちは恵まれています」とメリアは優しく微笑みました。
彼女は言葉を続けます。
「十九時に食事をいただいた後、片付けが終われば、朝の七時までは自由時間です。普通はそんなことないと思います。こうやって遊んでても何も言われませんし。老若男女問わず、お優しい旦那様ですから、私たちは旦那様に仕えることができて幸せなんです」
ビーリスは貴族でありながら、腰が低く、自分の従者であるメイドたちにも優しく接しているため、皆が敬愛していることが感じられます。
「そうなんだ! メイドさんのことも貴族のこともよく分からないけど、先生はとっても優しいー!」とアリアは感心しながら言いました。
「長話もあれですから、参りましょうか」とメリアが促します。
「うん!」と元気よく答えるアリア。
その時、寂しそうなメリアの表情を見逃さなかったコトネが、落ち着いたトーンで提案しました。「アリア様がよろしければ、メリアもご一緒に入浴させてもよろしいでしょうか?」
「え? よろしいのですか?」とメリアは驚きながらも尋ねました。
アリアはすぐに嬉しそうに返答しました。「うん! 私はいいよー! みんなで入った方が楽しいよー!」
メリアはその言葉に驚きつつも、温かい気持ちが胸に広がりました。
「お客様のお背中を流すのもメイドの仕事です。では、メリア。アリア様をお連れしてくださいね」とコトネが言いました。
「ありがとうございます!」とアリアは嬉しそうに答えました。
二人は一緒に大浴場へと向かいました。
「大きいーー! 本当にここお風呂!? たくさんあるー!」とアリアは目を輝かせながら驚きの声を上げます。
「いえ、ここは脱衣所ですよ。あの扉を開けた先に浴場があるんですよ」とメリアが優しく説明しました。
アリアは戸惑いながらも頷きました。彼女が慣れているお風呂場は、個室に脱衣所と浴槽が一緒になった古いタイプのものでしたので、この広々とした空間に少し圧倒されていたのです。
グラミアン邸の大浴場は、まるでコンサートホールのような広さを誇り、蝶の二本の触覚からお湯が流れ落ちるというユニークでオシャレなデザインが施されていました。アリアはその豪華さと美しさに目を見張りました。
この日、アリアは数えきれないほどの「初めて」を体験しました。彼女はメリアと一緒にお互いの背中を流し合いながら、心からのリラックスと安心感を味わいました。そして、お互いに心温まるひとときを過ごした後、二人は静かに別れを告げました。
アリアはそのまま一日の疲れを癒すため、柔らかいベッドに身を横たえ、早めに就寝しました。彼女の心には、今日の出来事が心地よい夢として刻まれていました。




