第2話 夢見る少女とメイドさん
グラミアン領へ向かう道中、アリアはビーリスと共に歩いていると、一台の馬車が目に入りました。ビーリスは近くに立っていた一人の男性に話しかけます。
「暑い中のお迎え、ご苦労様です。この方が私のお客様のアリアさんです。どうか、彼女の身の回りの世話をよろしくお願いします」
「かしこまりました、旦那様。――アリア様、私は執事のパトラーと申します。今後、あなた様の生活を全力でサポートさせていただきます」
パトラーはまだ三十代前半の若さでありながら、落ち着いた風格を漂わせる執事です。背は高く、細身の体型ながら引き締まった筋肉が特徴的。黒髪は常にきちんと整えられ、光沢を帯びて輝いています。深い青色の瞳には知性が宿り、まるで全てを見通すかのような鋭さが伺えます。彼は黒のタキシードを完璧に着こなし、どんな状況にも冷静沈着に対応するため、ビーリスやメイドたちからも一目置かれる存在です。
「羊さん、こんにちは! 私はアリア・ヴァレンティンだよ! よろしくね!」
「執事でございます。では、旦那様、アリア様、こちらに馬車を用意しております。どうぞお乗りください」
「ありがとう、頼むよ」
「わー! まるでお家みたい! 蝶々さんのマークがついてるー! お馬さん、よろしくね!」
アリアはそう言って、馬の顎を優しく撫でました。馬は心地良さそうに目を細めました。
馬車はまさに貴族が所有する豪華な造りで、細部まで丁寧に装飾されています。漆黒の木材で作られた車体は滑らかな曲線を描き、その四隅には金色の装飾が施されている。ドアには家紋である蝶が精巧に彫り込まれており、光を受けて美しく輝いています。車内は広々としており、深紅のベルベットで張り巡らされた座席が、高貴な雰囲気を一層引き立てています。大きな窓からは、周囲の景色を一望することができます。
アリアは窓の外を眺めながら、馬車の心地よい揺れに身を委ねていました。石畳の道を進む馬車は、時折小さく跳ね上がりながらも、一定のリズムで進んでいきます。車輪が地面を踏みしめる音と、馬の蹄のリズムが、心地よい音楽のように彼女の耳に響きます。
グラミアン領は広大な森に囲まれており、その広さは見渡す限り果てしないものでした。
「私の家には、執事やメイドが何人かいます。慣れない環境かもしれませんが、気にしなくて大丈夫ですよ」
「執事さん?」
「執事は私たちの家のために働いてくれている人たちのことです。執事は、私の一日のスケジュールを確認して、メイドさんや他の使用人に指示を出してくれるんです」
「へぇ、そんな人たちがいるんだ! すごいねー!」
アリアはビーリスの説明に驚きながらも、少し違う世界の話を聞いているような気分になっていました。
馬車に揺られること一時間。ふと前方を見ると、巨大な屋敷が現れました。
「そろそろ私の家に着きます。長旅でお疲れでしょう。今日は簡単な説明だけさせていただきますね」
「はーい!」
馬車を降りたアリアは、その目の前に広がる広大な屋敷を見て、感嘆の声を上げます。
「すごーく大きいお家!お城みたい!」
「そうですね。私には勿体ないくらいの大豪邸です」
その巨大な門の前には、複数のメイドたちがきれいに整列していました。
「なにあれー?」
「うちのメイドたちです」
「「「おかえりなさいませ、旦那様!」」」
整列したメイドたちは一斉に声を合わせ、頭を下げました。その声はまるで美しい合唱のように響き渡ります。
「ただいま戻りました。暑いでしょうに、私にそこまでしなくてもいいですよ。自分たちの体を大事にしてください」
森に囲まれているため直射日光は避けられているものの、空気にはまだ暑さが残っています。
「メリアさん、この方がアリアさんです。私のお客様ですので、コトネさんと一緒に屋敷の案内や、身の回りのお世話をお願いできますか」
「は、はいぃ! かしこまりました!」
「かしこまりました、旦那様」
ベテランメイドのコトネは、二十代前半の女性。澄んだ緑色の瞳を持ち、柔らかな栗色の髪を肩まで流しています。彼女の動作は落ち着いており、優雅で、経験に裏打ちされた自信がその佇まいに現れています。
一方、メリアは十代後半の若いメイド。金色の髪をポニーテールに結び、明るく元気な性格が彼女の魅力です。青い瞳はいつも輝いており、周りの人々に笑顔を振りまいています。まだ新人で、未熟な部分もありますが、一生懸命で、コトネを姉のように慕って成長しています。
「アリア・ヴァレンティンだよー!コトネさん、メリアさん、よろしくお願いします!」
「アリア様、何かあれば私たちにお申し付けくださいませ」
「迷惑かけないように気をつけましゅ!す!」
メリアは緊張のあまり、言葉を噛んでしまいました。
「様はいらないよ!」
「いえ、旦那様のお客様である以上、それ相応の態度で対応させていただきます」
コトネが落ち着いた声でそう答えると、アリアは少し不満そうに「いらないのにぃ」と呟きました。
「では、アリア様、お入りください」
グラミアン領の屋敷は、古き良き伝統を感じさせる壮麗な邸宅です。まず目に飛び込んでくるのは、手入れの行き届いた広大な庭園。数種類の花々が咲き誇り、噴水や彫像が点在しています。石畳の道が屋敷の正面玄関へと続き、威厳を感じさせる重厚な木製の扉が訪問者を迎え入れます。
玄関ホールに足を踏み入れると、まず目を奪われるのは、高くそびえる天井と豪華なシャンデリアです。煌びやかなクリスタルが優雅に輝き、ホール全体に温かい光を散りばめています。床は光沢のある大理石で、歩くたびに心地よい足音が響き渡ります。ホールの中央には、壮麗な螺旋階段が上階へと続いており、その手すりには精巧な彫刻が施されています。
「お邪魔しまーす! うわぁっ! でっかーい! ひろーい! 目がチカチカするー!」
アリアは圧倒されながら、まばゆい光景に目を輝かせます。
「コトネさん、アリアさんをお部屋にご案内してください。メリアさんは二人分のお茶を準備してください。私は自分の部屋で待っていますので、終わりましたらアリアさんを連れてきてください」
「承知しました、旦那様。では、アリア様、ご案内いたします」
「お任せください!」
「お部屋?」
「はい、そうです。では、こちらへどうぞ」
アリアはコトネの案内に従い、広々とした螺旋階段を上がります。上階には、来客用に準備された部屋が並んでいます。
「こちらのお部屋をお使いください。一番端のお部屋にはパトラーさんが、その隣は私が待機しております。何かお困りのことがありましたら、いつでもお尋ねください」
「え、私がここで一部屋使っていいの? 私、何も聞いてないんだー」
アリアは、ビーリスから「お願いしたいことがある」とだけ伝えられており、具体的な内容はまだ聞かされていませんでした。
「はい、旦那様からそのように伺っています。詳しいことは旦那様から直接お話があるかと思います。また、反対側にあります、大部屋は旦那様のプライベートルームとなりますので、許可がない限り入室はご遠慮ください」
「分かった! 丁寧にありがとう!」
アリアは感謝の言葉を述べると、指示された部屋の扉を開けました。そこには、豪華な天蓋付きのベッドが中央に鎮座し、シルクのカーテンとベルベットの掛け布がその優雅さを際立たせています。
アリアは荷物を部屋に置くと、再びコトネに導かれ、ビーリスの元へと向かいました。




