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凜と咲く青薔薇

 美しい青薔薇の飴細工がオペラを華やかに彩る、洗練されたデザイン。高貴で凜とした青薔薇はメインのオペラに劣らぬ艶を放っていて、フランボワーズはは青薔薇のドレスを飾る宝石のよう。飴細工からは冷たく冴え冴えとした印象を受けるけれど、何処かたおやかな優しさも感じられる。


『これは……薔薇の飴細工ですか?』

「はい。特別な青薔薇から採れる自然の着色料で色づけしました」


 ファイエットの作品が公開されると、会場が波打つようにざわめいた。

 特にアルベール様の顔は、驚愕に張り付いて青ざめてすらいる。私も、地獄めいたお父様の淑女教育がなければ似たような顔を晒していたかも知れない。


「飴細工を添えてはいけないルールはないはずですし、確か過去の作品にプレゼントボックスのリボンを模した赤い飴が添えられていたと記憶しています」

『確かに。2018年の、チャンピオン作品ですね。あれも素晴らしい作品でした。では、テーマのほうをどうぞ』

「はい。わたしの愛は、美しい花と共にあるのです。たった一輪でも真っ直ぐに咲く高貴で美しい青薔薇……田舎の道端に咲く野草でしかないわたしに、咲き方を教えてくださった無二の奇跡……その方に抱いた想いを形にしました」

『おお! これは熱烈ですね!』


 テーマを話し終えると、ファイエットは私に向き直った。


「エヴリーヌさま」

「……ええ、そうね」


 右手をさっと挙げると、会場の照明が落とされた。そして西側から差し込む橙色の光が、丁度作品群を照らし出す。

 最初こそ突然の暗闇に驚いていた参加者と観客たちだけれど、一人が「あっ!」と声を上げた。


「エヴリーヌ嬢とファイエット嬢の作品を見ろよ!」

「あれは……もしかして二人の女性? 影絵になっているわ!」

「まさかだけど、全部計算して作ったのか? あれを?」


 会場がざわめく中、照明が戻される。

 そして私は、審査員と観客に向かって口を開いた。


「純愛とは、一人では生まれ得ないもの。アルベール様がそう仰っていましたわね。一方的な愛の押しつけは、純愛などではなく単なる自己満足ですわ。互いに想い合う心があって、初めて愛は純愛たり得るのです。……そうでしょう?」


 微笑を浮かべて言うと、会場が静まりかえった。

 そして、


「ふざけるな! こんなもの……!!」


 アルベール様が作品台に大股で近付き、私の作品に添えられていた影絵の元であるチョコレート細工を叩き壊した。

 会場から悲鳴が上がる。誰かの「なんてことを!」という非難の叫びも聞こえる。ゲームでは悪役令嬢たる私に向けられた言葉と視線が、アルベール様に突き刺さる。方々から「あり得ない」「信じられない」「前から横暴な方だと思っていたけれど、此処までひどいなんて」と言った声が投げつけられる。

 罵倒されるだろうとは思っていたけれど、此処までのことをするなんて。

 仕掛けは見せたから構わないと言えば構わないのだけれど、少し勿体ない。あれはコンテストが終わったら試食として会場に配られるものでもあったから。

 なんて惜しんでいたら、今度はファイエットが駆けていって、自分の作品に添えたチョコレート細工を裏拳ビンタで叩き壊した。


「えっ……!?」


 周りの人と同じ反応を、私もしてしまった。アルベール様も同じように驚いた目でファイエットを見ている。

 小動物のようだったファイエットは、涙目になりつつもアルベール様を睨みつけ、思い切り叫んだ。


「わたしの愛は、誰よりも美しい青薔薇の姫……エヴリーヌさまと共にあります! エヴリーヌさまの愛が崩されるなら、わたしも共に崩れます!」

「な、なにを言う! 君は俺と愛し合っていたじゃないか!」


 何度も何度も練習をして、緊張で吐きそうになりながらもがんばった作品を、自ら叩き壊すほどの愛。それを目の当たりにしても、アルベール様は少しも理解しない。しようとしない。

 ファイエットの両肩を掴んで、恫喝する勢いで迫っている。


「初めて店を訪ねたとき、俺を笑顔で迎えてくれたじゃないか! あのときから俺は君のことが……」


 待って。

 ねえ、まさかとは思うけれど、それだけでファイエットに惚れたの? それだけでいずれ婚約者にするとまで暴走したの?

 会場の、主に女性観覧者から、ひそひそと囁く声が漏れ聞こえてくる。


「嘘でしょ……営業スマイルって言葉を知らないの?」

「ファイエット嬢は確か庶民の娘よね? 上流階級の方から声をかけられたらお断り出来ないのをご存知ないのかしら」

「私の友人も庶民の出なのだけれど、市街で接客業をしていたときは似たような目に遭ったらしいわ」

「信じられない……前時代的にもほどがあるわ」


 観客の女性たちの声が聞こえたのか何なのか、他の攻略対象たちもそこはかとなく気まずそうな顔で目をそらしている。まさか、彼らもファイエットの営業スマイルを自分だけに向ける特別な笑顔だと思い込んでいたってこと?

 目眩がしてきたわ。


「だいたい、なんであの冷血女なんだ! アイツは君をいじめていただろう!?」

「そんなこと……っ」


 反論しようとしたファイエットの肩を、アルベール様が思いきり握った。

 仮にも純愛を謳っている相手を痛みで黙らせるなんて。


「あ、アルベール、ファイエットちゃん痛がってるから、手は離してやりなよ」

「……チッ!」


 ダヴィドが怖々声をかけると、マイクが拾うレベルの盛大な舌打ちをして、やっとファイエットを解放した。と思えばファイエットはとって返して私の胸に飛び込んできた。可哀想に、あの日のように震えてしまっている。


「ごめんなさい、助けてあげられなくて」

「いいえ……エヴリーヌさまが近付いていらしたら、アルベールさまはなにをしたかわかりませんから……」


 涙を浮かべながらも健気に微笑んでみせるファイエットがいじらしくて、涙の痕が残る頬を撫でる。そしてアルベール様を睨むと、私は努めて冷たい声で言った。


「見下げ果てましたわ。神聖なコンテストの場で作品を穢すどころか、一方的に愛を押しつけて女性を泣かせるなんて」

「黙れ! 抑もお前がファイエットを妬んで嫌がらせをしたのが悪いんだろう!」


 ファイエットの日記にもあったけれど、どうも彼の中では私がファイエットを妬みプレゼントを受け取るなと脅したことになっているらしい。そう思っていたら、


「夜な夜なファイエットを家に呼びつけていたと知っているんだぞ! どうせお前のことだから、コンテストの練習で使った器具を掃除させたり彼女の作品を踏みつけて罵倒したりしていたんじゃないか!?」


 とんでもない風評被害を叩きつけられた。

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