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うつろう心模様

「エヴリーヌ。君との婚約を白紙にしたい」


 ある日突然、婚約者のアルベール様に婚約破棄を突きつけられた。

 頭が真っ白になるってこういうことなんだ、ってぼんやり思っていたら彼の背後に見覚えのある人影があることに気付いた。


「ファイエット……まさか、アルベール様……」

「ああ……そうだ。俺はファイエットを愛してしまった。彼女の愛らしさに惹かれ、もう君のことは婚約者として考えられなくなったんだ。元より幼少期に両親が勝手に決めた婚約だし、俺の両親は優秀なショコラティエールであれば良いと言っている。ならば君でなくともいいだろう?」


 ファイエットのまん丸な瞳が、私をじっと見つめている。

 それってどういう感情? 勝者の余裕? それとも同情?


「俺の寵愛が得られないからと、見苦しい真似を散々してくれたな。ファイエットが泣いて震えながらお前にいじめられていると訴えてくれた」


 どういうこと……?

 私は誓っていじめなんてしていない。冷たい顔立ちや抑揚に欠ける物言いのせいで誤解されることはあったけれど、ファイエットとは身分に囚われず、平等な友達だと思っていたのに。……いや、心底そう思っていたのは私だけかも知れない。私は上の立場だからそう思えたけれど、ファイエットからすれば無理矢理無礼講を押しつけてくる上司のようなものだったのかも。


「前々から、演劇の悪役令嬢のような君が婚約者だというせいで息苦しかったんだ。それをファイエットの優しさが救ってくれた。薔薇のソルベ姫などと言われている、かわいげのない冷血女とはこれっきりだ」

「…………そう」


 私は気付いたら彼の前を立ち去っていて、部屋で一人泣いていた。

 彼女のことを友達だと思っていたのは私だけなんだろうか。金持ちで便利だから、それともアルベール様に近付きたいから傍にいただけなんだろうか。

 ベッドに潜り込んでずっとそんなことを考えていたら、窓のほうでコツンと小さな音がした。

 窓を見れば、いつの間にやらすっかり日が沈んでいた。私の心を表すかのような、昏い橙と紫がどろりと溶け合った空だ。


「なにかしら……?」


 小鳥でも迷い込んできたのかと思いながら、窓に近付く。すると其処には、臙脂のマントを羽織ったファイエットが蹲っていた。


「ファイエット……!?」


 此処は二階なのにどうやって。

 そう思ってファイエットを見たら、マントが木の葉まみれであることに気付いた。まさかと思い、ベランダの外を確かめる。窓の傍にある木の葉とファイエットの服についている木の葉は同じものだ。それに、丁度良く枝も伸びている。正面から来ても追い返されると思ったのか、それとも必死だったのか。

 小さなファイエットでも辿り着けてしまうなら、泥棒なんて入り放題じゃないの。あとで庭師に言って剪定してもらわないと。


「! え、エヴリーヌさま……っ」


 庭木のことはともかく、いまはファイエットだ。

 どういうわけかファイエットも目にあふれんばかりの涙を溜めていて、私は一先ず誰かに見られる前にとベランダで丸くなっているファイエットを部屋に招いた。

 すっかり日が落ちているとは言え、いつ何処で人の目があるかもわからないのだ。カーテンを閉めて、ファイエットをソファに座らせた。


「いったいどうして……あなたは、私の……」


 婚約者を奪った女じゃない。

 そう冷たく言えなかったのは、まだ何処かで彼女を信じていたから。だって原作でやっていたようなイジメは一つもしていなかった。それにアルベール様の心が離れた理由も、陰湿な女は自分に相応しくないってことだったはず。

 それなのに、なにも悪いことはしていないのに、アルベール様はファイエットへと乗り換えてしまった。理由があるならいい。段階を踏んで婚約解消して付き合うならいくらでも応援するのに、こんな前触れなく覚えの無い汚名を着せられるなんて。


「エヴリーヌさまに、ご相談したいことがあるんです……どうか、どうか……お話を聞いてください……」


 ファイエットは涙をぽろぽろ零しながら、一冊の日記帳を差し出した。何処にでもあるノートの表紙に、手書きで日記と書いただけの簡素なものだ。中のページが所々よれてしわになっているように見える。


「これは、あなたの日記? プライバシーの塊じゃない。私が読んでも良いの?」

「はい……っ、お願いします……」


 人の日記を読むなんてはしたないとは思うけれど、本人の希望なら仕方ない。

 表紙を開いて、古い日付から目を通していく。

 最初は、初めて店を持った不安と期待が綴られていて、私と出会ってからは何故か私とのことがメインなのかと思うほど書かれている。合間に勉強した内容のメモや、新商品が褒められてうれしいといった内容がちらほらある。攻略対象たちに誘われたときは僅かな動揺が見られて、私に対する深い謝罪と共に「それでも一緒にいられてうれしい」と、何故か私に向かって書かれている。

 そんな他愛ないことが綴られていく中、アルベール様に関する明らかな異変が見え始めたのは、三ヶ月ほど前からだ。

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