その振るまいは悔いを残すもの?(タマゲッターハウス:その他の怪)
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
人生において何も失敗をしない人はいません。
よかれと思った行為でも、後から考えると失敗だと判明することもあります。
その失敗を経験と考えて、次に同じ失敗をしないことが大事です。
しかし、実際には似たような失敗を繰り返すこともありますね。
西洋風の建物があった。
その庭では金属製の杭が何本も、まるで林のように地面に突き立てられている。
何匹かの黒猫が見守る中で、中年の貧相な男が一本の杭に手をかけた。
そして、ぐいっと一気に引き抜いた。
そのとたん、あたりにまぶしい光に包まれ、轟音が響いた。
* * * * * *
「こいつが現場の化け猫屋敷から押収された杭ってわけかい」
鑑識課の田之倉が机に並べられた三十本ほどの鉄棒を眺めた。
とがっている方の反対側は、ヒモを通せるようになっている。
刑事課の小河原が田之倉に答えた。
「化け猫屋敷といっても、周囲の住民からは好意的にそう呼ばれているようですね。被害者は、自宅の庭で倒れているところを隣家の住民が発見しました。隣人が救急車を呼び、病院に搬送されました。今も被害者は意識不明の昏睡状態で入院治療を受けています。右手に火傷のような痕がありました」
「そんときは雨こそ降らなかったが、落雷があっただろう。おおかた手に持った杭に雷が落ちて感電したんじゃないか」
「私もそう思います。たぶん事件性はなくて、事故で処理されそうですね。周りの猫たちにも被害がなくてよかったです。猫たちが大騒ぎしていたので隣の人に気づいてもらえたそうです。ただ、被害者が庭で何をやっていたのかがわからないんですよ」
「庭に花壇の柵でも作ってたんじゃないのか?」
「普通の柵は杭を立てるときに一メートルくらい間隔をあけますよね。それで上の輪にヒモを通すと思います。しかしその庭にはロープはなくて、地面に縦横の穴が5センチ間隔で列をつくっていました」
小河原刑事が写真を見せた。
地面に穴が等間隔で並んでおり、いくつのかの穴には杭が刺さっている。
穴の並びは十字架のようにも見える。
「ドラキュラに止めを刺す練習でもしていたのでしょうか。演劇かなにかで」
「小笠原くん。吸血鬼ドラキュラだと白木の杭を使うと思うよ」
「昔、地面にクギを棒手裏剣のように地面に射ちたてる『クギさし』という遊びがあったそうですが……」
「ダーツのように得点をつけるのかね。それでは近すぎると思うよ。近くに踏み台のようなものはあったかね?」
「いえ、広い庭の真ん中にこれらの穴があいていました。猫用のトイレを作っていたのかな」
「猫はじぶんで穴を掘るし、それなら砂場を作った方がよさそうだぞ」
「他に考えられそうなことは…… 穴にセメントを流して地盤を改良しているとか。例えばそこにネコ用の大型遊具でも作ろうとしていたとか」
「穴をあけるだけなら杭が何本もいらないな。一本でじゅうぶんだ」
「くじ引き……易者の占い……っていうのも違いますね」
「うーん。この穴の並びはどこかで見たことがあるんだが、思い出せんな。ところで、被害者は他に何か持っていなかったかね」
しばらく写真を見ていた田之倉がきいた。
「被害者は左手にこういうものを持っていましたよ」
小笠原刑事はビニール袋に収められた紙切れを田之倉に見せた。
「田之倉さん、これって何でしょうね。暗号文にも見えるんですけど」
「ふむ。小笠原くん。四角のマス目は庭の穴のならびに似ているな。番号は杭を立てる順番を書いているのかな」
「何かの儀式か、モールス信号のようなものでしょうか。ドローンなどで空から見れば、意味のあるメッセージになるとか……」
「んー? これはひょっとして……。小笠原くん、もういちど現場の写真を見せてくれるか。杭が地面に刺さってたときの」
田之倉はさきほどの杭の穴の写真をもう一度見た。
穴の周囲に無造作に転がっている杭もあった。
「ああ、思い出した。たぶんこれはソリティアだな。被害者は地面に杭を刺して遊んでいたんだよ」
「ソリティアですか? それって、昔パソコンについていたトランプゲームのことでは?」
「ソリティアは『独りで遊ぶゲーム』だから、意味は同じだな。小笠原くんの言っているのはクロンダイクっていうトランプのゲームだ。Windowsパソコンに『ソリティア』の名前で入っていた。杭を動かす遊びはペグソリティアってやつだ」
田之倉は休憩室から碁盤を持ってきて、黒石を並べた。真ん中に白石を置いた。
「地面にこの並びで穴をあける。黒のところには杭を刺して、白のところは最初は空けたままにする」
田之倉の言葉をきいて、小笠原刑事はさきほどの写真を見た。
杭はまばらに立っている。
「ゲームのやりかたはこうだ。杭を縦か横に、他の杭を飛び越すように移動させる。最初は真ん中に穴が開いているからここから二つ隣の杭を動かす。そして飛び越された杭を抜いていくんだ」
田之倉は白石をどかして、黒石を一つ真ん中に動かした。
飛び越された黒石をどかした。
「こうやって、飛び越えるたびに杭が減っていく。最後の一本になったらゲームクリア。杭が二本以上残って動かせなくなったらゲームオーバーだ」
田之倉はいくつかの石を動かした。
残り三つになったところで、隣り合う石がなくなり、ゲームオーバーとなった。
田之倉は黒石を最初の状態に石を並べ直した。
こんどは白石は置かずに真ん中をあけている。
「あ、田之倉さん。こういうのを娘がスマートフォンのゲームでやってましたよ。杭じゃなくてボールを動かしていたみたいですが」
「うん。杭の代わりにボールや石を動かすものもあるよ。杭以外でも杭ソリティアって言うみたいだね。で、さっきの紙を見てみようか」
田之倉は数字の紙切れを指さした。
「これは杭を動かす順番と方向をあらわしているんだよ。①の杭をこっちに動かして……」
田之倉は①の位置の碁石を中央に動かし、飛び越した碁石をどけた。
空いた場所に②の碁石を動かし、飛び越した石をどけていく。
③以降の石も続けて動かし、飛び越した石を順にどけていった。
㉚になったところで、一個だけの石が残った。
「わ、ほんとにクリアできるんですね。何か手品を見ている気分です」
「どこかしらでペグソリティアの攻略法を知って、試していたのかもしれんね。残念なことに、やっている最中に杭に雷がおちたんだろう」
「雷が鳴っている日に金属棒を持って庭に出てたんですね。人騒がせな……。あ、この攻略法で娘のスマホのゲームをクリアして見せたら、自慢できるかな。父親の威厳を……」
「やめた方がいいと思うよ。自力で解いてないって、すぐバレそうだ」
* * * * * *
翌日、小笠原刑事はまた鑑識課の田之倉のところに訪れていた。
「やあ、小笠原くん。聞いたよ。あの被害者が病院で目を覚ましたんだって」
「ええ。予想通り、庭で遊んでいて落雷を受けたようです。退院後に杭と紙切れを返しにいきますよ」
「まぁ、命に別状なくてよかったな。ところで、ペグソリティアの攻略法は覚えたのかい?」
「いやぁ、覚えられずに攻略法のメモを隠し持って、娘の前でクリアしてみせたんですよ。でもすぐにバレて、メモをとられちゃいましたよ。ハハハ……」
「父親の威厳はまるつぶれだな。だからよせと言ったのに」
「ところで田之倉さん。トランプのソリティアの攻略法をご存じないですか?」
公式企画・春の推理2023用に書いていましたが、遅刻したために参加を見送りました。
まぁ、推理要素も少ないので参加しなくて正解かも。
タマゲッターハウスシリーズでは、推理ジャンルはすでに出しているので『その他』にしました。
ちなみに『ペグソリティア』や『クロンダイク』で検索すると、無料Webゲームなども見つかるかも。