出会いと焼肉
時刻は、12:45。
教室で、お昼ご飯を食べてから、図書館で分厚い本『世界のお菓子図鑑』を読んでいる。
窓際の席なので、窓の外からは、木漏れ日が差し込んでいる。それが、暖かくて心地よい。
目次を眺めると、日本のお菓子から始まり、アジアの主要な国、ヨーロッパ、アメリカ等の有名な国から、知らない名前の国もあった。
この本は作り方ではなくて、大きなお菓子の絵が載っている。
日本は、春夏秋冬で分けられていた。
春は、桜餅や草餅。花見団子、柏餅等がある。
桜餅は2種類あるみたい。小麦粉の生地に白玉粉を使った薄く焼いた焼き菓子と、餅米を使った、餅菓子。焼き菓子は、もっちりした食感であり、餅菓子は、つぶつぶとした舌触りをしているらしい。
花見団子は、ピンク・白・緑の三色の串刺しのお団子。串刺しだけではなく、ただ丸めただけの物もあるらしい。それを、眺めていると、だんだん瞼が開かなくなる。私は、気づいたら意識がなくなっていた。
目が覚めたのは、すっかり暗くなってから。本に突っ伏して寝ていたせいで、頬には跡が残っている。後を消すように頬を揉んでみると、少しは目立たなくなった。壁掛け時計は五時三十七分を指している。まさか、4時間近く寝ていたとは思わなかった。
本を棚に戻して、学生鞄を持ち、図書室を出た。
暗い廊下を通り抜けて外に出た。それから、校門に行こうとしたら、駐輪場からガチャガチャと音がした。
気になって、その正体を確認することにした。
その駐輪場では、可愛い顔をした私服姿の女の子が自転車を動かそうと必死にペダルを足で押しているが、ちっとも回転していなかった。
「ああっ、くそっ! もう、買い替えないといけないか」
声を聞いて、男の子だとわかり、驚いてしまった。
「そのう、自転車壊れたんですか?」
「そうみたいだね。仕方ないから、歩いて帰るよ。ええっと、七海?」
「……どうして、名前をしってるんですか?」
「え?どうしてって、言われても…素行調査?」
「なんですか?ストーカーですか?警察に通報しますよ」
「それは、えっと、エクレール洋菓子店の常連だからとしか」
常連と言われてすぐに思い当たるのは、一人しかいない。
「小学生だった頃は店のケーキを勝手に食べて母親に怒られて、泣いていて、俺がケーキを買えなくて、困ったり。中学生の頃は振られたからって店で大泣きされて、ケーキが買えなかったり――」
「わかりました。もう、喋らないで」
恥ずかしい過去を言われた私はこれ以上は深く追及されたくないので帰ることにして、校門に歩く。
「ちょ、七海、待って」
アクアは自転車を停車スペースに戻して、すぐに追いかける。
「さっき、エクレール洋菓子店に行ったら、帰りが遅いから探してほしいと頼まれた」
「うそっ…そうだったら初めからそう言えばいいでしょ。余計な恥をかかなくて済んだのに」
「知ってることを探したら、それぐらいしかなかった」
「知ってても、言わない」
「ああ、分かった」
それから無言のまましばらく歩く。探偵事務所の近くまで来ると、アクアが話し出す。
「ここが、俺の家。そうだ、お腹空いてない?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「そんなことはいいから、とりあえず上がって」
私は無理矢理腕を引っ張られて二階まで連れていかれた。
家の中に入ってまずびっくりしたのは、中学で校内一美人と噂されている屋島莉音がいたこと。
「3階に住んでる屋島さん。3階はアパートになってるから」
「こんばんは、ナナちゃん。中学以来、久しぶり」
「……」
私は、驚いてしまいポカンとするしかない。
「ちょっと、荷物置いてくるから莉音、頼んだ」
私は、どうしていいか分からず玄関に立ったまま。
「靴、脱いだら?中に入れないっしょ」
「はい、そうですね」
私は言われた通りに靴を脱いで、テーブルまで案内されて、イスに座った。目の前にはホットプレートがあった。
莉音さんからガラスのコップに入れた黄色い飲み物を手渡しされる。受け取って、それを飲んだ。
「おいしいです。もっと、もらえないですか?」
おいしかったので、一気飲みして、おかわりを要求する。莉音さんはすぐに飲み物を二リットルのペットボトルから注いでくれる。それも、私は一気に飲んでしまう。
「いい飲みっぷりだね」
「おいしいから、しょうがないんです」
「あいかわらず、食べ物を前にしたら、自分を忘れるみたいだ。七海は」
すると、膨れっ面になり抗議する。
「ひどい言い方。わたしだって、食べ物以外のことも考えていますよ。えっと、意地悪なアクア。いま、思い出しました。あの、屈辱感。お菓子作りで何度も負けたことを」
「おい、それは、そっちの勝手な妄想だ。勝負なんて、一度もしていない。俺は、常においしく作ることを心がけてるだけだ」
その様子に莉音はとまどっている。
「仲悪いねー、お二人さん」
「そこは、仲良くないって言わすところでは?」
「それは、そうですね。アクアさんには色々知られているのに、不公平です。だから教えてください」
「へ?そっちなのか。てっきり覚えてないかと思ったのに」
「乙女の秘密を知られて、だまっているわけにはいきませんよね、アクア」
「それよりさー、ご飯食べよー、みーちゃんとくーちゃんも戻ってるしさー」
後ろを振り返ると2人がいた。
「たっだいまー、お肉安かったからたくさん買えたよ」
買い物袋を見せびらかすように、持ち上げる。
「…疲れた。アクア、もう、げん…かい…」
「くるめちゃん…ほらっ、もう少しだ。頑張れ」
俺は、くるめちゃんに左腕を差し出す。その腕を支えにして、玄関から床に上がった。
「…。それじゃあ、席に――」
「――お前は、こっちの手伝い」
座ろうとしていたが、キッチンに引きずって連れていく。こっちの方が早いからな。
「あの、大丈夫なんです?」
「案外丈夫なんよー、くーちゃんは」
キッチンの前に立たせて、包丁を持たせる。そして、指示をする。
「俺が野菜を洗うから、切ってくれ。美波は皿を出しといてくれ」
「了解、さっさと、あらって」
「いいよー、準備するねー」
今日使う野菜はピーマン三個と人参一本、玉ねぎ一個、キャベツは保冷バッグから。後、しめじを使う。
初めにピーマンを洗う。それをきれいに半分にして、種をとっていく。一個だけ細切りにする。ほぼ狂いなく長さが均一だ。そして、人参を薄く輪切りにし、玉ねぎをくし形に。しめじも食べやすい大きさにする。大皿にに野菜を並べたら、美波に渡して、テーブルに運ばせた。
「助かったよ、くるめ料理長。また、頼むよ」
「…今日の…ノルマ…達成。これ以上は…報酬を…要求する」
くるめはテーブルに向かった。
俺も、その後に続いた。
席に着くころには、牛肉の焼けた匂いがしてきた。
席に座ると、その牛肉をトングでつかみ、くるめちゃんに進呈する。
くるめは、小皿にのせた牛肉をタレに付けて、上品に口に運ぶ。普段はだらしないがこうゆうところは、きっちりしている。それは、くるめのおじいさんがきっちりしつけられたのだろう。両親は出張が多くてよく、おじいさん家に預けられていた。おじいさんは元板前で料理を教えてくれたようだ。
「…うん、おいしい」
「そうか、よかった」
反対側の席をみると、七海がご飯に牛肉をのせて丼にして食べている。莉音は美波に学校になぜこなかったか問い詰められている。しかし、食べながらなので何を言ってるのかが分からない。
「それで、ナナちゃんを呼んだのは、何故か理由があるの?」
そこで、昼に行った、エクレール洋菓子店での話をする。
ということで、ここからは回想だ。
昼食を終えてから、学校に戻ることにした美波と別れる。そして、くるめと一緒にエクレール洋菓子店へと、足を運んだ。
店に入るとおばさんが出迎えてくれる。
「いらっしゃい……おや、アクア君とそちらのお嬢さんは、誰だい?」
すると、待ってましたと言わんばかりに喋りだす。
「謎の解明ならわたしにおまかせ……美少女探偵助手の……くるめ」
練習でもしているのか、ピースをしながら言った。お客さんがいないから良かったけど、いたらちょっと恥ずかしくなる。
「そうか、そうか……くるめちゃんだね……それで、今回呼んだのは、妻と一緒に旅行をすることにしたんだ。私が、商店街で当てた福引券でね、期限は今週までで、旅行は諦めていたのだけど、偶然にもバイトの子が怪我をしたのでね、ついでに休むことにした。それで、一週間家を空けることになるから、アクア君の家に泊めてもらいたい。娘を一人にはして置けないからね」
「部屋はありますから、問題ないです。でも、七海には、話をしたんですか?」
いつもながら、突飛の行動をする両親だな。
「それじゃあ、頼んだよ。着替えは、妻が準備してリュックに詰めてある」
と、七海の着替えの入ったリュックを渡された。
決断してからの行動力もある。
それから、家に荷物を置いた俺は、私服に着替えて、自転車を取りに行った。
回想は以上だ。
「そんな……いきなり過ぎて、困ります。その話、本当に合ってるんですか? 嘘じゃないですよね」
「携帯にでも、かけてみたらどうだ? たぶん、今は飛行機にでも乗ってるだろうから、無駄だろうけど、とりあえず、そうしたら」
彼の言うとおりに、七海は両親に連絡を取るため自分のスマホから、電話をする。
何度もコールをするが、繋がらない。
繋がったと思っても、「お掛けになった電話は……」と繋がらない。
「繋がらないですね。仕方ありません。メッセージだけでも送っておきますね」
スマホを操作して文字を打ち込んでいる様子が伺えた。
食事はすっかり終わっているが、いつもの感じだとまだ、帰る時間じゃない。むしろ、帰らないでそのまま泊まっていくことの方が圧倒的に多い。映画を鑑賞したり、ゲームをしたり様々だ。俺は、どちらもあまり好きでも嫌いでもなく、あまり集中して、楽しむほうではない。どちらかと言えば、推理小説を読んだりお菓子を作るのが好きだ。しかし、夜遅くからお菓子はさすがに遠慮しておく。
「おい、美波。おじさんはまだ帰ってこないようだけど、どうしたんだ?」
「えっとねー、おじさんね。昔の同僚と一杯飲んでくるようだよ。もしかして、おじさんがいなくて寂しいの?」
丁度、DVDプレーヤーにレンタルしてきたDVDをセットしながら俺の質問に返答する。
「いや、全然そんなことないよ。おじさんのこといちいち気にしてたら、身が持たない」
「ふふっ、それは言えてるね」
「……きにするだけ……時間の無駄」
おじさんの性格を理解している二人の意見は俺と一致しているようだ。
「それはいいとして、どんな作品を借りてきたんだ」
「『隣に住むゾンビ~彼は自分が死んでいるとおもってない~』よ。あらすじも聞きたい?」
「まあ、どっちでもいいよ。どうせ、あまり興味ないし」
「どうせ、することないんだから、あらすじくらいは教えるわ。幼馴染の彼は、どこからどう見ても、ゾンビなのよ。なのにそれを指摘されたら人を襲って殺しても、そのことを覚えてないのよ。それを、両親はばれないようにそれを隠している、隣に住む少女が気づいて……。その後は、映画を見てのお楽しみよ」
「うっわー、絶対B級映画じゃん、でもきになるかなー、あたしは」
そう言って、リビングのソファに腰掛ける莉音。取り残された七海はどうしたらいいかわからずきょろきょろとしていて、俺と目が合う。
「あの、私はどうしたらいいですかね」
「とりあえず、映画でも見てたらいいよ。他のことは、それから考えたらいいよ。あ、くるめは片付け、よろしくな」
「……ひどい、わたしにだけ……押しつけるなんて」
むすっとした表情で俺を、見てくるが、演技なのか、嘘かは分からない。
「だってな、そのほうが、早いだろう。これも助手の仕事だ」
「……もう、営業時間は……とっくに終了。これ以上は……動きたくない……で、でも……アクアも……手伝う……なら、いい」
「それなら、私がお手伝いしても、いいですよね」
「ああ、構わないよ。それなら、お願いしようかな。もちろん、俺も手伝うけどな」
食器、コップ、ホットプレートを運ぶと、洗うのは、二人に任せることにする。俺は、やることがないので、読みかけの推理小説を読むことにした。栞を挟んでいたページを開いてから、適当に栞を別のページに挟む。孤島にやってきた、七人が、嵐に巻き込まれて帰れなくなってしまう。まだ、被害者が一人殺されたばかりの場面だ。いわゆるクローズドサークルである。これから、何人か、殺されてしまうのだろう。