21 髭を剃る未来予知
未来予知とは、船の上から川の流れを読む様なものだ。
近くの流れは良く見えていても、先や遠くは見えづらい。
そして、決して永久不変なものではなく、同じ様に流れを読む者が川の石を積み替えると、次第に流れを変えてしまう。
勿論、大きな流れに小石数個で抗う事はできないが。
ただ、場合によっては自他の干渉が、局所的に予想外の流れを生み出す事さえある。
「未来予知って、そんな感じなんですね?」
「シシス様や精霊様達ならば、変化に気が付けたかも知れなかったんですが、我々では力が及ばず、申し訳ないです長谷川さん」
喪服姿で帰ってきた彼に、予知能力の概要を説明してから、賀茂と山根が頭を下げている。
「いいえ、仕方がないですよ。敵対勢力の予知の影響までは手が回らないんでしょうから」
予知によって未来が変動する事を、長谷川も承知していたし、直接に長谷川の家族を狙った干渉ではなく、【風が吹けば桶屋が儲かる】の様な幾つもの連鎖の結果らしい。
「海外で言う【バタフライエフェクト】ってやつよね」
この展開は、山根も予測できなかったらしい。
むしろ、確定していて避けられないタイプの未来予知よりは、抗いようもあって助かるのだと、彼は自分を納得させようと眉間を押さえている。
「まぁ、甥っ子達だけでも無事なのが幸いですよ」
つい先日、静岡に居る長谷川の姉夫婦が、自動車事故で亡くなったのだ。
長谷川が後見人となり、養育費と家政婦を用意した。
「近くに居てやれませんが、この仕事のお陰で、お金には困りませんからね」
この組織で予知能力によるアドバイスを受け、資産運用をした長谷川の資産は数億円に至る。
客観的に考えればシシス達に組みしていなくても、この様な事故は起きる可能性があり、その場合は養育費などの資産が長谷川には存在しないので、己の無力さに打ち拉がれるところだろう。
ヒーロー物などの娯楽作品を見ると、ついつい自分達だけが特別なのだと思い勝ちだが、現実にはその様な事はなく、他者も力を持っていたり、何かを犠牲にしつつ必死の努力をしているものなのだ。
近年の日本では、年間三・四千人の人間が交通事故で亡くなっている。
その中には、長谷川達の行動により増えた死者、減った死者が含まれているかも知れない。
見えていない範囲で人が死ぬのも、その中に身内が含まれるのも、現実としての【日常茶飯事】なのだ。
長谷川が、日頃からパチンコをやっているは、金と時間に余裕が有るからでもあるが、特に勝ちたいと思っておらず、むしろ未来や結果が分からず、他者に翻弄されている現実を忘れない様にする為でもある。
絶対的に見える力を持ち、結末を見通せる彼等と共に居ると、『人生は何をやっても無駄なのかも知れない』という感覚に襲われるからだ。
事前に、全ての運命が誰かの意のままだとしても、それは目の前に居る者ではなく、見えない存在であって欲しい。
見たことも会った事もない【神】に入れあげる宗教家の思いが、この時の長谷川にも分かった気がした。
周りの人間を恨むより、実在しない者のせいにした方が、怒りを形にしなくて済む。
「自分の一秒先も分からない人間ですが、自分の運命の是非を他人のせいにするほど子供ではありませんから」
賀茂達が人間の時から知っており、実年齢も彼等より上の長谷川が、子供じみた駄々をこねる訳にはいかなかった。
帰りの新幹線では散々泣いていた彼ではあるが。
「後ろを向いていても始まりません。シシス様が帰ってくる前に、報告書を見直さなくては」
報告書は基本的に交代制で書いているが、部分的には賀茂達の視点と長谷川からの視点とで書かれており、一般人評価との違いの参考にされている。
特に警察への対応に関しては、指標にまでされるレベルで珍重されていた。
「長谷川さんの存在のお陰で、日本は平穏な日常を送れているといっても過言じゃないですからねぇ」
「そんなに持ち上げても、溜め息しか出ませんよ。賀茂さん達の能力の成果じゃないですか、それは」
実際、長谷川の考える警察の隠蔽に都合の良いやり方で、賀茂達が処置しているので、コンビネーション技の結果と言える。
賀茂達が頑張れば事件自体を隠蔽できるが、完璧は無く、何処かでホコロビが生じてしまう。
社会的には警察の手柄として、物証などを偽造する方が、警察の顔も立てられ、手間も少なく発覚の心配も少ない。
「暇な今は良いですが、また【新種の感染症】が流行して忙しくなります。将来的に辛くなる様でしたら人員の増員準備もできますよ」
「ちょっと待って下さい。まだ働けます。御払い箱は勘弁して下さいよ」
「今日明日って意味じゃないですよ。このプロジェクトは、数百年単位で行われるので、老後の備えに、身内や後輩から候補を選べるって話ですよ」
ウイルスによる遺伝子の改良は、世代交代の時にしか行えない。
それも、緩やかに少しづつ行わなくては癌化してしまう。
一世代30年として、三段階の改良だけでも百年以上を要するのだ。
「数百年単位ですか?確かに、気の長い話になりそうですが、それなら後継者の件は、賀茂さん達もでしょ?」
「ああ、我々の寿命は、千年近く有るそうですから問題は無いでしょう」
「確かに、普通の人間じゃあなくなったとは聞いていましたが、それほどなんですか?」
長谷川も仕事がら、能力の事は聞いていても、寿命の事までは聞いていなかったので、驚愕してしまった。
ユダヤ系教典によると、元々は不死に近い寿命のアダムは、楽園を追放されてから、千年(創造主の一日)間生き続け、それはノアの時代まで続いている。
その後は、遺伝子操作されたのか、120年以下と定められている。
一種の【先祖返り】である賀茂達の改造は、その点でも【先祖返り】なのだ。
「我々が子供を作るとしても、あと三百年くらい後になるでしょうね。自身は定期的に戸籍の改竄が必要になりますが」
「ずっと賀茂さんに任せられるなら、甥っ子に話をつけようかなぁ。先ずは警察官になって、捜査一課くらいには出世してもらわないと」
「こちらからも、手を回せるわよ」
「山根さん、その手は少し考えさせて下さい」
賀茂達が協力すれば、試験の答えを耳元で囁いたり、難事件を解決できたりする。
当然、警察内部の協力者のコネを使う事も容易い。
長谷川の推奨する後継者に実力が無かったとしても。
今日も世界の何処かで戦争が起きている。
戦争をしていない様に見える国も、経済や武器支援で間接的に係わっているものらしい。
元県警警部補の長谷川雄一は、事務所の窓から空を見上げていた。
彼は【普通の人間】の部類に入るが、上位種の加護を受けているので、空を見上げると半透明なフォログラムの様に【天上界】と、ソレを地上と繋げる【御柱】が見えている。
常世では種族による身分格差はあれど、人間が戦争に駆り出される事も、被害に会う事も無いらしい。
「まぁ、未来の常世での人間の生活は、田舎の農家みたいな生活らしい。それほど平和なら今からでも結婚して子供を作るのも良いかなぁ」
帰ってきたシシスに聞いたところ、寿命は若干短くなるが、長谷川でも若さを保つ方法は有るらしい。
ボケて迷惑かけるより、80位まで元気で、ポックリと逝く方が良い。
年齢を考えれば、まだ子供を作って成人するまでには間に合うし、賀茂達も居る。
「パチンコばかりに行かずに、出会いを求めてアチコチ行きますかぁ~」
後ろでシシス達が微笑んでいる。まんざら可能性が無い訳ではないらしい。
彼は自分の顎を撫でながら、先ずは不精髭を剃る事に決めた。




