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18 同窓会

 その日、都内の、とある小さな飲食店が賑わっていた。

 今日は貸し切りで同窓会が開かれていたのだ。


「茜ぇ~、飲んでるぅ?」

「飲んでないわよ。うちは寺なんだから禁酒!これは般若湯(はんにゃとう)よ、般若湯」

「はんにゃあ?何なのニャ?ソレは!」


 仏教には【五戒】と呼ばれる、五つの禁止項目がある。

不殺生戒(ふせっしょうかい):生き物を殺してはいけない

不偸盗戒(ふちゅうとうかい):他人の物を盗んではいけない

不邪淫戒(ふじゃいんかい):淫らな男女関係を作ってはいけない

不妄語戒(ふもうごかい):嘘をついてはいけない

不飲酒戒(ふおんじゅかい):酒を飲んではいけない


 実際の僧侶達は、その飲み物を【酒】とは呼ばず、【般若湯】と呼んで口にしていたらしい。

 歴史に興味を持つ者や、宗教関係者以外の者が、その名を耳にしなくなって久しいが。


 実際、彼女のグラスに注がれているのは日本酒なのだが、口に注がれた瞬間に、それは水と化している。


 外観こそ酔っている様に見せているが、下戸(げこ)でもない山根茜が、その様な事をしているのは、本気で酔ってはいけない理由があるからだ。


「おっ、遅刻だぞ賀茂!やっと来たか」

「もう出来上がっているのか?遅れた御詫びに、せっかく旨い酒を持ってきたのに味が分からんじゃないか!」

「流石は賀茂だ!ネギを背負(しょ)って来たか?」


 前もって仕事で遅れると幹事に告げていたが、やはり遅れて来ると皆に(いじ)られるものだ。

 手土産の酒は、今回のみ飲食品の持ち込み可という、店側の確認をしていての持参だ。


「茜、茜。賀茂君が来たよ」

「そうね。出張帰りで遅くなるって聞いてた割には早かったんじゃない?」


 見れば、賀茂は背広にトレンチコート姿で出席している。

 酒は、出張土産の一つだろう。

 幹事に会費を払いつつ、賀茂は店員に鞄とコートを店員に預けている。


「そうじゃなくてぇ、あんた達、付き合ってたじゃない?」

「あぁ、同じ檀家持ちとして傷を舐め合っていたというか、今も時々飲んでるわよ、彼とは」

「ヒューヒュー!恋愛続行中?」

「そんなんじゃないわよ」


 酒が入らなくても恋バナを咲かすのは、女性の(つね)とも言える。


「賀茂ぉ!やっと来たか?」

「田中も来てたのか?」


 今回、実際に集まったのは七割程度で、これまでは賀茂も山根も欠席していた。

 欠席していたのは、下手に敵対勢力に弱味を握られない様にする為だ。


「ご無沙汰じゃないか?近況を聞かせろよ!」

「高校時代の夏休みと変わり無いよ。各地の神社で修行をしたりするのが一年中になっただけさ」


 出迎えの群れから賀茂を引き剥がした田中は、その肩に腕を回して自分のテーブルに引き摺り込んだ。


『で?ゼータ10(テン)。敵対者は掴めたのか?』

『勿論ですよ先輩(ファイブ)。その為に他を犠牲にして能力特化したんですから』


 実は、この田中と言う同級生も、賀茂や山根と同じ組織で生体改造を受けた人間だったのだ。

 テレパシーや念話と言う物があるが、身体を接触して行えば小さな力で済むし、他に漏れる心配も無い。

 そもそも、同じ規格を元に作られた彼等同士のソレは、他の者からは見知らぬ異国語でしかなかった。


「今まで来なかった分も飲んでもらうぞ賀茂。【駆け付け三倍】だぞ、俺達の三倍飲め!」

「ソレは、×(かける)3じゃなくて、一杯二杯の三杯だろ」


 既に酔った様な田中の言動に、賀茂が注がれたビールを口にしながら、店の奥の方に目をやる。

 そこには、六人ほどの人集りができていた。


「何なんだ?あのカタマリは?」


 田中も遅れて同じ場所へと、酔った目をやった。


「あれか?曽根崎(そねざき)がNPO法人とかをやってるらしいぜ?賀茂も興味あるのか?『奴は使徒、木之下(きのした)が協力者で勧誘のサクラだ』」

「NPO?『使徒?レベルは?』」

「なんか知らんが、平等がどうとか?『中途半端な粗悪品だが、俺の手には余るんでな』」


 高校生時代から、賀茂達が宮内庁やバチカンと関係を持っているのは、一部の関係者には知れている。

 情報が漏れ、敵対者もソレに対抗して関係者を使徒や協力者に引き入れて、搦め手を考えたのだろう。

 当然、そのサポートとして賀茂側の組織が用意したのが田中である。

 今回、賀茂と山根が同窓会に参加したのも、曽根崎と木之下の敵対が内定したからだ。


 賀茂はグラスを持ったまま、絡む田中の手を振りほどいた。


「済まないな、酔い潰れないうちに、アッチにも挨拶してくるわ」


 田中と、その近くのテーブルにいた同級生に軽い合図をして賀茂は、曽根崎の方へと足を運んだ。

 周囲の目から見れば、自然な流れだ。


「久しぶりだな、みんな。ようやく参加できたよ」

「賀茂か?すっかり大人顔になったなぁ。体格もシッカリして」


 特に曽根崎へという感じではなく、集まっていた全員に声をかける様な形で挨拶をする賀茂に、旧友はひとしく笑みを浮かべてくれた。


「みんなも、十分にオッサン、オバサンになったなぁ」

「いったい誰がオバサンじゃい!」

「失礼した。オジサンになったのか。でも、いつの間に性転換したんだ?」

「違うやろう!」


 軽いジョークの飛ばし合いは、学生時代を思い出す。

 会社に入った者では、セクハラだパワハラだと言動にも注意が必要な日常を暮らしているのだ。


「聞いたんだが、曽根崎ってNPO法人始めたんだって?」

「ああ。真の平等を求める集りだよ」


 そう言って曽根崎は、賀茂にパンフレットを渡した。

 その左手だけ手袋をしている事に、賀茂の視線が一瞬だけ動く。


「ちょうど今、曽根崎君から話を聞いていたんだが、賀茂君も興味が有るのかい?」

「俺は平等とか思想に詳しくは無いし、木之下君は忘れているみたいだけどウチは神社だから、檀家の関係でソノ手の団体には入れなくてね」

「そうかぁ、残念だよ」


 話をしながら、賀茂はパンフレットの裏側を見て眉間にシワを寄せた。


「それに、この協力会社って、新興宗教の出先会社だよね?やっぱり無理だよ。思想には詳しく無いけど、宗教関係は十八番(おはこ)だからね」

「「新興宗教?」」


 神社関係者である賀茂が口にした言葉に、曽根崎の周りに居た大半が一歩下がった。

 曽根崎は、大半の同級生に配っていたのだろう。あちこちで、パンフレットの裏を見る者が出始めた。


「何か、誤解がある様だね」

「でも、暴力団関係の会社は確かに有るわね?」

「確か茜ん家って、自衛官や警官の親戚が居るんだっけ?」

「うん、叔父さんは署長までいってる」


 曽根崎の反応に、山根と友人が、ナイスな止めを刺した。


「し、失礼、ちょっとトイレに行ってくる」


 逃げる様にソノ場を去る曽根崎を見送り、集まっていた者達がチリジリになっていく。

 木之下は、周りの様子を見ながら、壁際で電話をかけ始めた。


「なんか、話に水を刺した様だね。済まなかった」

「だいたい、クラス会で勧誘する奴がおかしいんだよ」

「確かに・・・」


 謝った賀茂に田中が助け船を出し、皆が頷いていく。


 この状況で、田中と山根。後から来た賀茂までがグルだとは、誰も思わない。

 山根に意識誘導された友人も加わっていては、事実でなくとも既に曽根崎達に挽回の可能性は無い。


 ばつが悪い表情のまま、賀茂は山根の方へと向かう。


「寺なのに、警察関係にも詳しいんだね?茜は」

「まぁ、愚痴の席で、そう言う話はしなかったからね」


 グラスをぶつけて、二人は微笑み合った。


「そう言えばジュウゾウ、長谷川さんの方は?」

「大丈夫だよ。その準備で来るのが遅れたんだから」


 二人は、いまだにトイレから帰らない曽根崎を気にして、視線を泳がす。


「暴力団の方には加護が掛かっていない様で、丸わかりよね」


 同窓会は、終電近くまで続いた。


――――――――――

般若湯:はんにゃとう

 中国発祥とされる【般若心経】でも使われる『般若』は、『真理に至る智慧』とされ、『湯』は『スープ』を意味している。

 これらを合わせて考えると『智慧に至る手助けとなる煎じ薬』といった感じの名前と理解できる。


酒を水に:

ソロモンの使役した精霊のうち48ハアゲンティ総裁、61ザガン大王などが、水をワインにワインを水に変える事ができると言われている。

ゼータ9をゼータ10に変更しました。


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