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17 南極地質調査隊

 この調査隊は最初から異常だった。


 当初は南極の地質調査としての人員募集だった筈だが、いざ蓋を開けてみれば地質学者は皆無で、若い登山経験者ばかりだったのだ。

 会議すら、なかなか始まらない待機生活の中で、調査隊は第一陣として南極のクレパスを降り、ベース基地を作る要員ではないかと、隊員の中では噂され始めていた。


 話では、現場は南極点と南極の到達困難点の中間で、通常でも行くのは辛い場所らしい。

 

 ところが、南極基地に到着して一週間くらいで起きた地震の直後に、事態は一気に進んだ。


「南極には地下空洞があるなんて話もあったが、こんなに大規模な沈下は見た事がない」

「これが、我々の調査対象だったんですか?」


 地震の直後に特殊車輌に乗せられ、いきなりの出動で1メートル前も見えないブリザードの中を進んだ先で目にした物は、見たことも聞いたこともない程の巨大な穴だった。

 南極に、これほどの物が有るとは、報道もされていなかったからだ。

 最近発生した陥没による物なのだろうか?

 三角測定の結果、直径は一キロメートルにも及ぶ、円型に近い陥没で、側面がほぼ垂直に切り立っている。

 底の方は、白いモヤがかかって見えにくいが、数百メートル以上は有るだろう。


「これなら地質学者より先に、登山家に下降ルートを確立させる為に集めたのも納得だな」


 現場を見た我々は、それまでの不安が払拭出来たと安心したものだった。


 直前の地震も、この陥没が関係しているのならば理解できる。二次的な崩落が大地を揺らす事は多々あるからだ。

 一同は、安全そうなルートを探しながら、後々の調査隊の為に、目印となるロープを掛けていく。

 乗ってきた特殊車輌が拠点基地扱いだ。

 十台の車輌と運転手を残して、全ての機材を縦穴へと下ろしていった。


「穴の中は、天国だな」

「ブリザードは車内でも地獄でしたからねぇ。でも、なんでブリザードが止むまで延期しなかったんでしょう?」


 普通は、悪天候の中の移動を極力避ける。

 道に迷い、事故が起きて遭難するからだ。


 当然、プロの登山家達は反対したが、今回は特殊車輌に加えてビーコンが有るからと、隊長が強行して出発した。


「でもよぅ、運転手がビーコンを見ている気配は有ったか?」

「上に残った奴だろ?分からなかったが車の表示盤に紛れていたんじゃ無いのか?」


 ブリザードは、穴の真上と外苑部では吹いておらず、車輌は少し窪んだ所に止まっている。


 部隊の装備は、食料とテント。ルートを示すロープと登山装備だ。

 当初から想定していたのは、クレパスを含めて下に降りる調査隊だが、困難なのは帰る為の上昇行為だと理解していたからだ。




 降下二日目。

 状況は難航していなかった。


「なぁ、登山の観光ルートみたいだな?」

「そうだな。見た直後はアイガー北壁みたいな完全な垂直を想定していたんだが」


 穴の側面は、意外と起伏があり、ルートさえ選べばピッケルやハーケンを使わなくとも登り降りできる状態だ。


 日本で言えば、富士山の登山コースに近いのだろう。

 しかし、


「おい、何か変じゃないか?」

「ああ。壁面が遺跡みたいになってきたし、重力の向きがおかしい気がする」


 生憎と、隊員の中には考古学者も地質学者も居ない。

 奥に進むほど壁面は、断面と言うより、煉瓦作りの遺跡跡の様になり、何より全体が垂直に切り立っていた筈なのに、斜面を降りる様な平衡感覚におそわれる。

 底に近づいたのかと後ろを振り返れば、やはり穴の側面は垂直にと言う平面を保っていたのだった。


「見えているガイドロープを見る限り、壁面の重力がおかしいとしか思えない。無線も通じないし、一度戻ってはどうでしょうか?隊員!」

「いや、このまま先に進む。まだ外からの光が届いているし、底の方に発光現象が見えている。アトランティスの遺跡かも知れないのだ。何らかの成果を残したい」




 降下三日目。

 具体的に遺跡と分かる物は見付かっていない。

 確かに隊長の言う通り、南極のアトランティス説は昔から有ったし、もう少し重力異状の状況を調査してもよいのだろう。

 このルート確立の調査で、その様な成果が上がれば、特別ボーナスも夢ではないし、現状でも成果があがる可能性は高い。


 だが、隊員の全体が同じ判断をしていたのではない様だ。

 野営での睡眠から目覚めると、数名の隊員が姿を消していた。


「お前達、何処に居る?」

『済まないが、我々は隊長の指示には従えない。想定外の事が起きたら、可能な限り退却するのが登山の危機管理だ。我々は中間報告に向かうと考えてくれ』

「勝手な真似をするな」

『以上で通信を終わる・・・・・』


 三名の隊員と僅かな食料、通信機が一台消えているのが分り、無線を飛ばしたところ、返事があったのだ。

 車両との無線は、降下二日目で途切れたが、半日くらいの距離だと大丈夫らしい。


 夜の登山は危険だが、ライトも有り、ルートにはガイドのロープもある。

 何より、危険な程の急斜面は避けてルートを構築してきた。


「クソッ!奴等は諦めるしかないか?」


 先日の会話で、隊長が功を焦っているのは知れていたので、残っている17人は文句を言わなかった。

 今後の登山家としての活動の為にも、政府主催のコノ調査で問題を起こしたくないし、少しでも収入が増えるならば、それに越したことはない。

 登山家はスポンサーと金が無くてはやっていけないのだ。




 降下五日目。

 既に状況は、彼等の常識を越えていた。


「もう、完全に垂直に歩いているよな?俺達」

「確かに、底の発光現象が正面で、地上の光が真後ろにある。まるでSFのスペースコロニーだな」

「ここだけ見れば、水平に作られたトンネルを進んでいる様な感覚だぜ」


 南極などの緯度になると、白夜と言って半年は太陽が沈まない。青空とまではいかないが空は明るく、光源に困る事は無い。

 ここに至るまで、植物を含めて生物の気配はなかった。

 ガスアラートも鳴らない。

 地上側から穴の底に向かって空気の流れがある為に、呼吸にも問題は無かった。


 そして、この日。

 情報交換の為に使用していた無線に、混線があった。

 たぶん、位置的か地質的要因で、今まで入らなかったのだろう。


『メーデー、メーデー。こちらは地質調査隊。現在、隊員が謎の発熱を起こし、第一キャンプにて行動不能に陥っている。地上班へ救助を求む。メーデー、メーデー。クソッ、この距離で聞こえて居ないのか?』


「隊長。あの三人が救助を求めています。助けに向かうべきでは?」

「奴等は助からん。この大穴は、通常の高山病よりも更に慎重な減圧調整が必要なんだ。急いで助けに行けば二の舞いだし、気圧調整をしながら行っていては助からん。だから止めたのだ。あとは地上班と連絡がつくのを祈るしかない」


 体質も有るが、登山の大敵は高山病だ。

 これは、潜水病と同じで、急激な減圧に体が耐えきれず、最悪の場合は血液内に気泡ができたり、血栓ができて死に至る。


 やがて聞こえなくなった無線に、調査隊は祈る事しかできなかった。




 降下一週間。

 壁面は水平から登りの斜面に変わり、地上の光が見えづらくなったが、逆に底の発光で周辺が明るくなった感じがする。




 降下十日目。

 既に登りの垂直になった壁面は、遺跡と分かる物になり、明確に階段が作られていた。

 穴の底と言うか、既に洞窟の天井にしか見えない部分が見えてきた。

 発光現象の正体は、天井部分に広がる光り苔の様な物の群生だった。

 遺跡は都市ではなく宗教施設の様であり、幾つかの穴は四角く加工されていて、奥に構造体が続いている様だ。


「洞窟内の空気が、この通路の先に流れ込んでいるな」


 大小幾つもある四角い穴に、地上からの風が吸い込まれている。

 そのうち、人間が通れそうな穴に、隊長が進んでいく。


「ここから先は、地質学者や考古学者に任せては?」

「先に進みたく無いなら無理強いはしない。ただ、財宝が有っても分けてはやらないからな」

「財宝?」


 隊長の後を数人が追い掛け、数分後には結局は全員が、その後を追った。

 この大穴に詳しい隊長に、もしもの事が有っては、生還も難しいと言うのが、後追いした者の言い訳だ。




「何なんだ?ここは?」


 通路を進んだ先には、広大な空間が広がっていた。

 空洞と言うよりは、別の天体にでも来た感覚だ。


 遠方に行くほどセリ上がる風景に、頭上に輝く赤い太陽の様なもの。

 その赤い発光物の向う側には、反対側の大地が薄っすらと見えている。


「ここはアガルタ?いや、ヘルヘイムか?」

「地球の地下空洞説は、論破されたんじゃないのか?」


 若干、呼吸は苦しいが、倒れるほどではなかった。

 振り返ると、石でできた巨大な山。いや、塔から後追いの調査隊が出てきた。


「ようこそ、神々の世界へ」


 宗教服の様な物を着た人物達が、頭上から降りてくる。

 見れば、巨大な円盤状の上に都市らしき物があり、それが幾つも浮いている。

 多数の飛行物体が、その間を行き来している様だ。


「地上の方々、貴方達を御迎えに参りました」

「お出迎え、ありがとうございます。天使様」


 慌てる隊員達と違い、隊長は挨拶を交わしている。

 数人の隊員が、穴に逃げようとしたが、既に周囲は囲まれていた。


「隊長、地上への報告を先に行うべきでは?」

「いや、そんな物は必要ない。次々に調査隊が送られて、皆がココに住む様になるのだから。今さら逃げても、あの三人の様に死ぬだけだぞ。高山病と言うのは嘘だからな」

「貴様、騙したのか?」


 殴りかかろうとした隊員の手を、天使と呼ばれた存在が手をかざしただけで止めた。


「か、体が動かない」

「くっ、俺もだっ!」


 隊長のみが、片膝をついて会話を続けている。


「無事に生体改造のプロセスは完了した様だな?」

「はい。しかし、途中で三人の隊員が逃げ出してしまい、証拠が残ってしまいました」

「その程度は、下の連中でも隠蔽できるだろう。兎に角、御苦労だったな」

「勿体ない御言葉で」


 身動きできないまま、調査隊は天使達に囲まれて宙に浮き、浮遊都市へと飛んでいった。

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