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16 被疑者死亡

 とある商業ビルの中を、数人の秘書に囲まれて足早に歩く政治家が居た。


神部(かんべ)先生、警備は万全です。蟻の入る隙間もありません」

「お前達は、奴等の力を知らんのだ!この半年で、もう八人も殺されているんだぞ」

「いったい、誰が殺されたとおっしゃるんですか?」


 秘書達の言葉に耳を貸さず、その政治家は逆に人混みへと進む。

 いくら何でも、部外者を巻き添えにするとは思えなかったからだ。


 死んでいった八人との関係は、一握りの秘書にしか伝えていない秘密の関係だ。

 そして、その死因は脳硬塞、転倒事故、交通事故、行方不明、家族の内輪揉めによる殺害などと多岐にわたる。


 客観的には、全く繋がりがない人間の異なる死の羅列に見えるが、この議員からすれば秘密の関係を持つ仲間が、次々に葬られているとしか思えないのだ。


「私は、まだ死ねないのだ。次の内閣では大臣に任命される事が決まっているのに!」

「先生、今、あの御方から連絡がありまして、位置を探られるから手助けは出来ないとの事です」

「畜生がぁ!あれだけ尽くしてきたのに切り捨てられたのか?」


 内情を知る秘書が告げた連絡に、議員がイラツキを隠せない。

 実際には受けた恩恵の方が大きいのだが、人間は物事を自分に都合よくしか物事を解釈できない。


八代(やしろ)、お前達は大丈夫なんだろうな?他の奴は秘書や運転手が次々と裏切ったと聞いているぞ」

「先生、我等は先々代からお仕えしている者ですよ。信じて下さい」

「確かに、そうだが・・・兎に角、地下駐車場へ急ぐぞ」


 実際に援助してくれている者の正体についても、敵対している者についても、この議員は秘書の誰にも詳細を告げていない。

 かつては【悪魔】や【精霊】と呼ばれていた超常的な者達だと告げたら、病院に送られるか、他の身内を旗頭にあげるだろうから。

 下手をしなくても政治生命どころか人生が終わってしまう。


「先生、警察から電話で、後援会事務所にトラックが突っこみ、多数の死者が出たそうです。こちらにも警官を回してくれるそうなので動かない様にと」

「こちらの予定を先回りされたと言うのか?関係者の中に寝返った者が出たのか!」


 秘書の八代が他を見回す。

 ソレは、普通なら政敵に対する非合法な常套手段の一つだ。

 内通者により予定を調べ、事故に見せ掛けて実質的に殺害するか病院送りにする。


 だが、これから後援会事務所に向かおうとしていた神部議員は、決して『後援会か秘書に裏切り者が』とか『スパイが』とかは思っていなかった。

 この敵ならば人心を操る事や、未来予知すら可能だと聞いていたからだ。

 恐らく、トラックの運転手も政敵とは全くの無関係だろう。


 次々と起きる事件に、神部議員の顔色が変わっていく。


 今まで自分達を助けてきた【恩恵】と同等な力が、方向性を変えて【厄災】として降りかかってきているのだ。

 恩恵の実態を知るだけに、議員にとってソレは恐怖以外の何ものでもなかった。


 地下駐車場にエレベーターで降りた一団は、そのまま車に向かおうとしたが、途中で人影に阻まれる。


「神部ぇ~っ、家族を返せぇ!」

「誰だ?お前は!ホームレスか」


 髪の毛もボサボサで、身なりも汚ない男で、神部には見覚えがなかった。


「お前のせいで、お前の地上げのせいで、俺の家族はなぁ~」


 取り押さえようとした秘書が『パン』という乾いた音と共にフロアに崩れ落ちた。


「銃だ!先生を御守りしろ」


 ループ状になっている地下駐車場を、男と反対側へと回り込んで神部達は逃げた。

 男は脚が悪いらしく、銃を乱発しているが、その距離は離れていく。


「こんなビルじゃあダメだ。近くの警察署へ向かえ!」


 車のガラス越しに、数人の秘書が床に倒れているのが見える。

 車は、カン高いスリップ音を響かせて、真っ暗な地下駐車場から光の中へと飛び出した。


「何なんだ?アイツは!」

「『地上げ』とか言っていましたから、三年前の再開発の時の住民かも知れません」


 地域で決まった駅前再開発に関係した時に、なかなか立ち退かない住民に対して、少し強行的手段をとった事があった。

 警察も報道も党の力で抑えたが、実際には自殺者まで出たと聞いている。


「意趣返しですかねぇ」

「迷惑な話だ」

「他の大臣候補の仕業でしょうか?」


 車の中には、神部を含めて五人が乗っていた。

 後続車が無い事を見れば、十人居た秘書の六割が撃たれたか逃げたのだろう。

 身を呈して議員を守る秘書など、身内でも皆無なのが現実だ。


 世界でも治安が良い方だと言われている日本でも、昭和29年には3,081件の殺人が有り、次第に減りつつあるが、2021年でも年間1,000件以上の殺人が認識されている。

 年間八万件前後も居る行方不明などの潜在的な殺人を加えると、一年で数万人が殺害されている可能性が否定できない。


 助手席の秘書がカーナビで、最寄りの大きな警察署を検索している。

 派出所や出張所程度では話にならないからだ。

 別の秘書が、ソレを見て目的の警察署へと通報と保護を求める電話をかけている。


「先生、もう大丈夫です。警察署が見えてきました。追ってくる車もない様です」


 運転している秘書の声に、一同に安堵の様子が見えた。

 だが神部議員だけは、いまだに顔をしかめている。


「いや、警察とて安心はできない。奴等は何処にでも魔の手を伸ばしてくるのだ」


 連絡を受けてなのか、警察署の駐車場には何人もの警官の姿がある。


 彼等の乗った車は、ようやく警察署に到着した。


「先生の仰有る通りだ。気を抜いてはダメだぞ。まず、お前は不適格だ」

パン!


 助手席に座っていた秘書の八代がソウ言うと、運転席で銃声が鳴り、運転していた秘書が窓ガラスにもたれる様に崩れ落ちた。


「八代、貴様がか?」


 車は防音性の高い高級車だ。外の警官に気付いた様子はない。

 続いて彼は、後部座席右側の秘書に銃口を向ける。


「お前は・・・・合格だな。」

「八代、儂はソッチに寝返る。忠誠を誓い情報を流す。だから助けてくれ!」

「えっと、こっちの奴も不適格か!」

パン!


 八代は神部の言葉に返事をしないで、後部座席左の秘書を撃ち殺した。


「寝返る?先生の二枚舌は良く存じ上げておりますよ。何人もの秘書が身代わりになって苦汁を舐めておりますから。それに貴方も不適格だ」

「何なんだ?その【不適格】とは?」

「生き残る価値、遺伝情報ですよ」


 このタイミングで、生き残った秘書が、右の後部ドアを開けて車外に逃げ出した。

 反射的に、そちらに銃口を向けた八代を見て、神部議員が左ドアを開け、秘書の死体を乗り越えて外へと転げ落ちていく。


「また秘書を踏み台にするんですか先生っ」

パン!


 這う様にして車を離れる神部議員を、車から降りた八代が撃った。

 やっと事態を察した警官達が銃を抜き、八代へと向ける。


「はいっ、任務完了」


 ニヤつきながら八代は銃の安全装置を掛け、地面に置いて両手をあげた。






 数時間後、警察署の署長室では、署長が頭を抱えていた。


「で?投獄していた八代正志には逃げられたと?」

「いいえ。牢は破られていません。服や下着もそのままで、ただ中身だけが消えた状態で・・・監視カメラの映像でも、中身だけが煙の様に消えて服が倒れ込んでいました」

「有り得んだろう?証拠映像としての信憑性を疑われるだけだな」


 警備部部長との問答に、署長はコメカミを押さえて頭を左右に振った。


「奴は、本当に八代なのだな?」

「間違いなく。逮捕時に採取した指紋と写真が、遺体のソレと一致しています」


 同席していた検死官が、署長の問いに答えた。

 二人の会話を聞いて、警備部部長が首を傾げる。


「何が何と一致したんです?」

「信じられん事だが八代正志は、最初に銃撃があった地下駐車場で全裸死体にて発見された。死因は他の秘書と同じくホームレスによる銃撃だ」


 警備部部長が、口をぽかーんと開け、署長と検死官が頭を抱えたままだ。


「ちょっと待って下さいよ?じゃあ神部議員を撃ったのは誰なんです?」

「だから、指紋と写真が地下駐車場の死体と一致したと言っただろう?」


 例え双子でも、指紋までは一致しないし、写真でもホクロなどの差異がある。

 だが、残された遺体は、それらすら投獄した八代と一致していた。


「兎にも角にも、この件は・・・・」






 警察署近くの路上に停めたワンボックスカーの中では、賀茂重蔵が、下着をはいていた。

 ワンボックスの窓はスモークフイルムが貼ってあるので、全裸で現れた彼を覗き見る事はできない。


「あ~、それじゃあ『被疑者死亡のまま書類送検』しかないじゃないですか?あまり警察を虐めないでやって下さいよ」

「警察から出向させられた長谷川さんが、気にしますか?」

「そりゃあ、嫌な奴も居ますけど、多くは市民の為に頑張っているんですから」


 賀茂から事の顛末(てんまつ)を聞いた長谷川が、運転席で所轄警察に同情していた。


「八代の死体は署内に有るんだし、撃たれた穴のある衣服も残してあります。あとは合理的に報告書を書くんじゃないですか?」

「署内のビデオ映像を処分し、死体から摘出された弾丸を署員のものと入れ換えて、犯人を署内で射殺した事にするなんて簡単ですけどね」

「物証は全て所轄警察が押さえていますからね。異議を唱えても、常識では辻褄が合わないですから相手にされませんよ」


 賀茂と長谷川が、あからさまな作り笑顔を交わす。


「でも我々は、こんな事にも手を出すんですか?」

「まあ、今回は特別です。これで順調に敵側の信奉者を排除できているので、出張中のシシス様にも顔向けができますよ」


 いつもと違う種類の仕事に、長谷川は頭を抱えている。


「でも、親玉の方は見つかっていないんでしょう?」

「そっちは精霊レベルらしいから、流石にボロを出さない限り俺達の手には負えませんよ。せめて俺や茜の様な【眷族】なら、まだ何とかなるんですけどね」


 バチカンの上層部でも、精霊を召喚する者や魔導書なら兎も角、転生精霊やソノ次世代を見つける事は困難らしい。

 魔素を取り込む時のゲートが感知できる程度だそうだ。


「じゃあ、事務所へ帰りますか?途中で茜を回収しないといけませんが」

「了解です」


 着替え終わった賀茂を乗せて、ワンボックスカーは走り出した。


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