13 リスク(田中エスパー4)
仕事は、探偵でなくとも用具の後片付けと報告書を提出するまでが、仕事である。
田中のチームでは交代制で行っていたが、やはり最後の確認はチームリーダーの仕事だ。
「田中さん、報告書作成を代わりましょうか?何だか体調が悪そうだし」
「ありがとうございます。でも、今日ので物証もとれましたし、何とかまとめますよ。ただ、明日は休むかも知れないので、継続調査を頼めますか?」
「分かりました。御大事に」
今回の浮気調査は、本日分で明確な証拠が取れていた。
調査員と別に、情報の集積要員を準備していたので、報告書作業はテキストの編集と写真の添付だけだった筈だ。
探偵社では調査内容によって、報告書の基本フォーマットが決まっているので、参考例に従って当てはめるだけの作業だが、チェックするに越したことはない。
納期に余裕が有るので、明日以降は逢瀬の頻度などを調べる追加情報が取れればと思っている。
「やっぱり、他の人には見えてないんだな?」
報告書を作成している会議室の片すみには、仕事の途中で現れた小学生達が座ってカップでコーヒーサーバーのコーヒーを飲んでいる。
「見張ってるのか?」
「あぁ、気にしないで続けて下さい。単なる時間潰しですから」
「はぁ、」
そうは言われても、後ろから見られているのは気になる。
他の人間みたいに心が読めないのも、今の田中には不気味でしかたがない。
兎に角、報告書を書き終えてコピーを一部、所長に提出してから更衣室に向かう。
案の定、そこには例の二人が居た。
「貴方は比較的に運が良かったわね。ノーリスクって訳じゃなかっただろうけど、割りと良い生活で、リターンは十分に謳歌できたかしら?」
「お前達は【死に神】って奴か?俺は脳の癌で死ぬんだな?」
「死因自体は【交通事故】。田中さん。あなたは、このまま放置していていると精神と肉体が暴走して暴れまわり、最後は力尽きて死ぬんですけど、それでは騒ぎが大きく成りすぎるんで、その前に我々が殺すんですよ。因みに、我々は【死に神】ではなく【魔導師】ですけどね」
「【魔導師】って、普通は老人なんじゃねぇ?」
「我々は老人では有りませんが、この見た目はニセ物ですから気にしないでください」
日本のラノベやアニメに登場する子供の魔法使いは、現実的ではない。
魔女や魔法使いの語源は知性である。
多くの事を学び、覚え、実践し、体験しなくてはならない。
一部の【天才】と呼ばれる者が居ても、それは【神童】と言う【子供にしては良くできる】程度であり、決して【師】と呼べる程にはならない。
【少年は老いやすく、学は成りがたし】なのが現実だ。
そうでなければ、少年期の殆んどを犠牲にして詰め込まれたか、成長を止められて数十年以上も子供の容姿を持たされているか、外観だけを後から若く偽装しているかだろう。
どれにしても、何らかのリスクは伴う。
賀茂達の場合は、最後の【偽装】ではあるのだが。
「て言うか、俺が暴走する?」
「今のところの、脳の暴走だけなら大気中の魔素で賄えているけど、調整のきかない能力や強靭な肉体の維持には、食べても食べてもエネルギーの補充が間に合わないんですよ」
田中自身にも、食事の量と回数が増えている自覚はあった。
仕事の最中にも、オニギリやチョコバーなどを食べている。
調整の利く能力や力は、必要なところにだけ注力する事で、エネルギーの消費を抑えられる。
だが、調整の利かないものは大量のエネルギーを消費し続け、直ぐにエネルギー不足に陥る。
大量のエネルギーを短時間に補給できる術か、高エネルギーの供給が可能でない限り、【常時強い】や【常時鋭い能力】を持つ者は自滅するのだ。
「なんで、こんな事になったんだろう?」
「まぁ、そこは運が悪かったんですよ。じゃあ、理由を教えてあげましょうか?」
「理由なんて有のか?」
「何よジュウゾウ。今日はサービス満点じゃない?」
「脳の狂化の場合、下手に歪んだ残留思念を残されても厄介たからね」
重蔵が笑うと、田中にも彼の意思が読める様になり、一気に情報が流れ込んだ。
「うっ、おぉえっ!ぐぇっ、ぶぼぼぼぼ・・・・」
「やっぱり、俺達の心を読ませるのには、不完全過ぎたみたいだな」
あまりの情報量と内容に、田中は更衣室の床に両手を着いて嘔吐してしまった。
「と、常世との融合?いや回帰による崩壊と滅亡?それに耐える為の人類改造?失敗?不適合?俺が?」
「まぁ、くじ引きにハズレただけよ」
悲壮な顔をする田中に、茜がアッケラカンと返す。
重蔵の意識の中には、田中の脳の状態も読み取れている様だった。
脳の中の異物が、周りの細胞を破壊して成り代わっていっている。
生活に、あまり支障が無いのは、破壊されている一部を除いて、その機能が【成り代わり】によって維持されているからだ。
人間の体組織を破壊して吸収し、増殖しながら別の人間の体組織を作っている様だ。
普通の癌は、【成り代わり】などしないので、一定量以上に増えると肉体側が機能障害を起こして死に至る。
この状態を理解できた田中には、少し閃くものがあった。
「このまま【成り代わり】が進めば、俺も新しい人類に成れるんじゃないか?意識をしっかり保てば!」
「双子やクローンは、記憶や意識を共有していない。【成り代わり】で記憶を失った肉体は、苦痛と不満と本能のままに暴れるだろうな」
それは、理数系でない田中にも分かる内容だった。
わずかに希望の光が見えただけに、その後の落胆は更に大きい。
「俺は、どうしても今日死ななきゃいけないのか?」
「ここに居たら、探偵仲間を殺してしまう事になるでしょうし、何処に行っても人間の意識がうるさくて暴れるでしょうね?」
「沖合いの無人島でじっとしていたら?」
「飢えて死ぬのも、なかなか辛いですよ」
日本人は【飢え】とは縁遠い人が多い。その苦しみは想像ができない。
無人島で草や樹の葉を貪る自分の姿が、田中の脳裏に浮かぶ。
「私達に任せれば、苦しいのは僅かな間だけよ。痛みは感じないだろうし・・・って話しているのに邪魔者の登場ね」
茜が、あからさまに嫌な顔をして、更衣室のドアの方を見ると、いきなり扉が開いた。
「まてっ!その者をどうする気だ?」
更衣室の扉を開けて、入ってくる一団があったのだ。
十人ほどの男性全員が、神社の神主みたいな格好をしている。
「方違えまでして、大変だな?安倍の御一党。それに京賀茂の者も何人か居るようだが?」
重蔵は、侵入者について知っている様だった。
安倍晴明陰陽道の流れを持つ者と、京都下賀茂の陰陽師の様だ。
京都陰陽道には【上賀茂】と【下賀茂】があり、下賀茂は分家に当たる。
安倍晴明は有名な陰陽師だが、上賀茂から見れば弟子に当たる|(諸説あり)。
重蔵の実家である東京の賀茂家は、下賀茂の更に分家という立ち位置だ。
上賀茂を【本家】、下賀茂を【京賀茂家】、東京賀茂を【東賀茂家】と重蔵の家では言い分けている。
「またも、人を手に掛けるか?賀茂の重蔵!妖かしに憑かれし者よ」
「まぁ、否定はしないけど、妖かしが必ずしも邪なものとは限らないんじゃないか?了見が狭いな、安倍の者よ」
けっこう大きな声で言い合っているし、これだけの人数が出入りしているなら、当然の疑問が生まれる。
「まだ、事務所には人が居るはずなのに、なんで誰も来ないんだ?」
「彼等は陰陽師。誰も来ないのは、陰陽術の【人払いの術】が有るからだよ田中さん」
疑問を口にした田中に、重蔵が教えてくれた。
「なんか、あの人達が千鳥足なんだけど、こんな時間から酔ってるの?」
「あれは禹歩って言う陰陽道の魔除けの歩き方だよ、茜。まだ、あんな事をやっているなんて」
知らない人が見れば、酔ったコスプレイヤーにしか見えない。
その昔、占いや呪い、呪詛が流行った平城京や平安京においては、殆んどの区画や道が格子状になっている為に、『まっすぐ自宅に帰ると後をつけられる』のは道理である。
害意の有無に関わらず、後をつけてくる者はトラブルの元であり、早めに引き離すのが得策だろう。
陰陽道での歩き方【禹歩】や、運勢の悪い方角を避ける【方違え】などは、その様な追っ手を巻く方法の伝承が変異したものだろう。
庭園等にあるジグザグ橋は、九曲橋や八つ橋の例が有名であるが、この様な道や橋のジグザグは中国風水の【魔除け】の原則にも従っている。
これは、多くの国や地方で【魔物は直進しかできない】とされているかららしい。
古代中国での悪霊や、沖縄の魔物は、真っ直ぐにしか進めないと言われている。
バリ島でも、悪霊は直進ができないと方向感覚がくるって道に迷うと伝えられている。
「単なるストーカー対策だ。そんな物は、実際の悪霊には利かないんだよ」
「ならば、これならどうだ!〔蛇鬼に命ず、彼の者を捕縛せよ!急急如律令|(至急、命令を執行せよ)〕」
陰陽師の投げる呪札が空中で消えて、白い煙りの様になって重蔵達に絡み付いた。




