01 新たなる病(やまい)
元県警警部補の長谷川雄一は、駅前でパチンコを打っていた。
ゴムで石礫などを飛ばす方ではなく、特設ホールに並んだ機械で、内蔵された小さな鉄球を指定された穴に入れる、大人の遊技の方だ。
穴に玉が一個入ると数個のバチンコ玉が手元に供給される半世紀近く前の物とは違い、現代のパチンコは玉供給と共に盤面に設置された三桁のスロットが自動で作動し止まる。
その数字が揃うと【当たり】として盤面に大きなゲートが開き、沢山の玉が穴に飲み込まれ、見合った玉供給と共にスロットも回る。
失業中でもなく、今日は休みと言う訳ではないが、タイムカードを押した後は、近所に居れば呼びだしまで自由にしていて良い有りがたい職場だ。
駅前の交番や巡回中の警官を見ていると、これで彼等の数倍の給料なのだから申し訳ない感じすら覚える。
「まぁ、危険手当てと交渉などの仕事がある分だけ、仕方がないんだがな」
そう言いながら玉を弾く彼の台も、そろそろ当たりが連発し始めて投入金の元がとれそうだった。
いい気分になていた彼の携帯が鳴動して、メールの着信を報せる。
『次の【555】で当たりは終わり、後は呑み込まれるだけだから、適当なところで事務所に来て下さい』
大学生だが、現在は上司になった賀茂重蔵からのメールだ。
「ああ、今日もダメか?」
彼が悔やんでいるのは、遊技が中断された事ではなく、パチンコで勝てなかった事だ。
予知ができる上司達のお陰で、長谷川は金に困る事がない。
指示された株式投資の利益で、持ち家のローンも完済している。
余程の危険や大損が無い限りは、かなり長谷川の自由にお金が使える。
今回も、仕事絡みのメールがなければ、特に助言は無かった筈だ。
駅前のパチンコ屋からオフィスビルの事務所までは、徒歩で数分だ。
「ただいま戻りました。事件ですか?」
この職場は宮内庁管轄で、俗に言う【オカルトハンター】だ。
構成員は四人。
元県警警部補で今は宮内庁所属の長谷川雄一、陰陽師の血筋で宮内庁の賀茂重蔵、寺を実家に持ち防衛省から出向している山根茜、パチカンから出向してきているシシス・F・メリス。
長谷川以外は、二十歳になったばかりだ。
「長谷川さん。事件ではないのですが、半年後に新しい病気が世界中で蔓延するので、その予防接種を受けて下さい」
「それは【予知】ですか?賀茂さん」
「いいえ。【計画】です」
彼等は、定期的に病気を流行らせ、その予防接種と称して人間の遺伝子操作を行うワクチンを人間に投与している。
これには一部では死に至る副反応や副作用も有るが、人類の将来の為に必要だと唱っている。
「では、今回も【風邪】ですか?」
「いいえ。今回は【狂犬病】です」
「狂犬病って、確か予防ができなければ致死率が高いんですよね?」
「ですから、長谷川さんと御家族には前もってワクチンを射ってもらいたいと思いまして。接種は合計三回で一ヶ月以内に受け終わってもらいます」
通常の狂犬病予防接種は、一ヶ月以内に三回の接種で三年は免疫が保てる。
組織の構成員と家族が、計画の被害者になっては、組織の崩壊に繋がる。
なので、前もって関係者と政治家などの支援者には、秘密裏に事前接種が行われるのだ。
今の日本では、あまり知られていない事を、海外派遣もある自衛官である山根が説明し始めた。
狂犬病
rabiesレイビーズ/ラビーズ
狂犬病ウイルスを病原体とするウイルス性の人獣共通感染症である。すべての哺乳類に感染しうる。
狂犬病ウイルスを保有するイヌ、ネコおよびコウモリを含む野生動物に咬まれたり、引っ掻かれたりしてできた傷口からの侵入、および極め て稀ではあるが、濃厚なウイルスによる気道粘膜感染によって発症する感染症だ。
つまりは、キスや犬などに顔を舐められた時でも感染する可能性がある。
潜伏期間は、体の感染した場所や傷の大きさにもよるが、頭部に近いほど潜伏期間は短い。
顔からの場合は数日で発症するが、手足から感染した場合は数ヶ月の潜伏期間にも及ぶケースがある。
感染したウイルスは、体の自律神経内をゆっくりと脳へと上って行き、明確な症状が出た時には手遅れとなる。
このウイルスは消毒薬には抵抗性が弱いが、感染後に有効な薬剤はない。
なので、咬まれた場合の対応としては、ただちにワクチン等の接種を開始し、潜伏期間中に免疫を獲得させる狂犬病暴露後発症予防が行われている。
症状は、発熱、頭痛、全身倦怠、嘔吐などの風邪の様な不定症状で始まり、かまれた部位の異常感覚がある。
ついで、筋肉の緊張、幻覚、けいれん、嚥下困難などが起きてくる。
狂犬病は【恐水病】などとも呼ばれており、これは神経が過度に過敏になる結果、患者が水を飲もうとすると、水の刺激で反射的に強い痙攣が起こり、水が飲めなくなるため、患者が水を飲むことを恐れることによるものだ。
大脳辺縁系にまで感染すると、夜に譫妄、凶暴性を認めるようになる。
また、知覚過敏のために臭いが強いニンニクや光を避けるようになり、十字架を怖がるなどの先端恐怖症の症状が現れるケースも有る。
当然、点滴などをしないと飢餓状態に陥る。
「飢えた状態で暴れまくるんですか?まるで吸血鬼ですな」
「狂犬病が吸血鬼のモデルだと言う説もあるみたいですよ、長谷川。従来の狂犬病は、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー共和国、アイスランド、アイルランド、ノルウェー、スウェーデンと、グアムおよびハワイ、イギリスなどでは報告されていませんが、今回の物は全世界に。勿論、南極大陸の研究員にまで広がります」
「具体的に今回は蚊をも媒介にして感染する、変異ウイルスを遺伝子操作で開発したのよ」
重蔵とシシスの説明を長谷川は十分に理解できていないが、【南極大陸まで】と聞いて、世界中に広がるのだと言うことだけは理解できた。
「そして、それを広めるのが・・・」
シシスは、情報バッドを長谷川に手渡した。
そこには、古のソロモン王が魔術で使役したと言う一柱の精霊についての情報が表示されていた。
【精霊】と呼んでいるが、一般には【悪魔】と呼ばれている存在だ。
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ソロモン王が使役した五番目の精霊
マルバス:大総裁
秘密にされている事柄について語り、病気を発病させたり治したりできる。機械に精通しており、人間の姿を別のものに変えられる。
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長谷川は『病気を発病させたり治したりできる』と言う項目に目をやった。
「こんな悪魔が皆さんの仲間に居るんですか?」
バッドの情報を見て驚いている長谷川は普通の人間だが、シシスは【マルバス】と同じ様に召喚された悪魔【フルカス】の娘で、賀茂と山根は悪魔達の技術で魔導師に改造された能力者だ。
「長谷川さんや年配の大人に射つワクチンは、遺伝子変化を発生しない、純粋な不活ワクチンを。これから子供を作る若い世代には、次世代の遺伝子が変容するタイプのmRNAワクチンを投与します。次世代を進化させる為のプロジェクトなのですから、新たに子供を作らない人達に遺伝子操作を施しても意味がありませんから」
長谷川は、以前に受けた説明を思い出す。
シシス達【悪魔】の目的は、来るべきカタストロフに人間が耐えられる様に【進化】させ事だと言う。
だが、既に成体となった生物の遺伝子操作は、免疫機能が邪魔をする為に、単体での進化が出来ない。
全身の細胞を一気に進化させられないと、進化した細胞を癌細胞の様な異物として攻撃する。
本来、生物の進化は必ず【新たに生まれてくる次世代】の段階でのみ生じる。
人為的な進化。ウイルスや放射線、遺伝子転写酵素などを使う遺伝子操作は、精子や卵子を作る段階。または分割前の受精卵の段階で行う必要があるからだ。
これ以上は子供を作る予定の無い長谷川に施される【不活ワクチン】とは、病の元となるウイルスを殺して体内に注射し、その死骸を血液内の免疫細胞が処理して病気に対する抗体をつくる物で、普通の体細胞にや生殖細胞に感染する事はない。
対してmRNAとは、原因となるウイルスの遺伝子を一部だけ破壊して、感染してもウイルスの全体を作れない様にした物だ。
当然、内臓の無い手足だけの人間が生きていけない様に、ウイルスの部品は作られるが、他に感染できる【完全なウイルス】にはならない。
この生きたワクチン/人工ウイルスが普通の体細胞に感染して、免疫が抗体をつくる材料となる。
シシス達の団体によって、今回、一般人向けに投与されるmRNAワクチンには、狂犬病に対するものと一緒に、生殖細胞を遺伝子操作する【RNA依存性DNAポリメラーゼ】などの酵素設計図が仕込まれている。
ワクチンが働いた時に作られるコノ酵素によって、ウイルスに仕込まれた遺伝子の一部が人間の遺伝子に書き込まれるのだ。
シシス達の本当の目的は、このワクチン/人工ウイルスが生殖細胞に感染させ、次世代を産み出す生殖因子を改竄する事にある。
1990年に動物実験で能力が認められた人為的mRNA/mRNAワクチンが、新型コロナウイルスが流行る2020年まで表舞台に出なかったのは、使い方によっては使用者のDNA。更には生殖細胞を遺伝子操作する事が可能だと分かっていたからだ。
勿論、原子力発電同様に、人類に多大な利益を与える技術であるが、人間と言うものは一部の人間の利益の為に正義を唱い、科学技術を兵器化する存在だ。
悪く言えば人類とは、どんなものでも兵器にしてしまう生物なのだ。
特に活躍の場と解決手段の登用期間が、あまりに近い物は、原因も含めて予め用意されていたと考えるのが普通だろう。
実際、2019年に発見された新型コロナウイルスのmRNAワクチンは、あまりに短期間で発表と認可がされた為に、いまだに政府がらみの陰謀説が囁かれている。
2022年現在、mRNAワクチンと同時期に開発開始されたであろう他のタイプの【新型コロナウイルス専用ワクチン】は、未だに認可されていない物がほとんどだからだ。