落とし物
教室の床に何か紙が落ちていたので拾い上げるとこっくりさんの文字盤だった。
「うげ」
高石は思わず呻いた。嫌なものを拾ってしまった。
「こういうのってちゃんと処分しないと祟られるんじゃねぇのかよ……」
ひとりごちながら、ゴミ箱に突っ込んだ。
今時、高校生にもなってあんな胡乱な遊びをしている者がいるとは驚きだ。薄気味悪いと思いつつ、気を取り直して高石は部活に向かった。
汗を流して帰途につくと、道の真ん中に十円玉が落ちていた。
普段ならラッキーと思って拾い上げるが、教室で見たこっくりさんの紙が思い浮かんでなんとなく嫌な気持ちになった。
ちょっと迷ったが、高石は十円玉を無視して通り過ぎた。もったいない気もするが、あれを拾ってしまったら何かが完成してしまうような気がする。何が、かはわからないが。
通り過ぎてしばらく歩くと、道の真ん中にまた十円玉が落ちていた。
一瞬、まじまじと十円玉を眺めてから、高石はやはり拾わずに通り過ぎた。
それからしばらく歩いて道を曲がると、また十円玉が落ちていた。
そこはかとなく嫌な感じを覚えつつ、それも無視して通り過ぎた。
家に帰るまでの大して長くもない道のりの間に、点々と十円玉が落ちている。
夕暮れのオレンジの光に照らされて、黒々と存在を主張する小さな円をひたすら無視して歩く。
いくらなんでもこんなに大量の十円玉が等間隔に落ちているのはおかしい。
拾わずに通り過ぎるだけ、というのが意外なほど精神的な負担となった。
ようやっと家に帰り着く頃にはへとへとになっていた。無視するという行為がこんなにも体力を使うとは知らなかった。
家の前にも当然のような顔をして十円玉が落ちていたが、高石はそれを見ないようにして玄関に入った。
これで家の中にまで十円玉が落ちていたらどうしようと心配になったが、幸い家の床には何も落ちていなかった。
それで安堵した高石は、嫌なことは忘れてしまうことにした。明日には自分以外の誰かがきっと拾ってくれているだろう。
ただ十円玉が落ちていただけだというのに何かに攻撃された気分になった高石は、疲労困憊で眠りについた。
疲れてぐっすり眠っていたはずなのに、夜中にふっと目が覚めた。
すると、高石の胸の上の空間に、こっくりさんの紙が浮いていた。
紙はただそこに浮いているだけで、高石はしばしの間じっと紙を注視してしまったが、そのうち面倒くさくなって目を閉じた。無視するに限ると思ったのだ。
翌朝、目を覚ました時には当然ながらこっくりさんの紙はどこにも見当たらなかった。
学校へ行くまでの道にも十円玉は一枚も落ちておらず、高石はほっと胸をなで下ろした。
しかし、自分の前にこっくりさんの紙が現れたのは納得がいかないと高石は顔をしかめた。高石はあれを拾っただけだ。
ああ、でも、やはり十円玉を拾わなくて良かったと高石は思った。
だって、もしも十円玉を拾っていたら、昨夜高石の前に浮かんでいたのは紙だけじゃなかったかもしれない。
紙に書かれた文字の上を十円玉が滑って、果たして何を物語ったのか。
想像したくもない。