アピール
「ロング派? ショート派?」
いつも絡んでくる先輩がグラビア片手に尋ねてくる。
友人の河村は我関せずで着替えているので、必然的に高石が相手しなければならない。しょうがなく、グラビアでポーズを決める女の子達と向き合った。似たようなアヒル口で顔には大して違いがない。ピンクの水着のロングとオレンジの水着のショートだ。
「俺はショートっすね」
「俺は肩ぐらいがいい。ボブっての?」
他の先輩も話に混じってくる。どちらかというとショート派が多かった。
「黒髪ロングって憧れもあるけど、ちょっと怖い気もすんだよね」
「わかる。幽霊って絶対黒髪ロングで白い服だもんな」
着替え終えた河村が「お先でーす」と出て行くので、高石もそれに続いた。
玄関に向かおうとして、はたと気づく。
(やべー……明日提出のプリント、教科書に挟んだままだ)
机の中に置いてきた教科書を思い浮かべて、高石は苦い顔をした。
「悪い、俺忘れもん取ってくるわ」
「待ってるか?」
「いや、先帰っていーよー」
河村と別れ、高石は階段を上がって二年の教室に向かった。部活もほとんど終わっており、廊下にも教室にも人影がない。
さっさと自分の机の中に手を突っ込んでプリントを回収し、鞄につっこんで教室を出た。
階段は少し薄暗くなりつつある。誰も見ていないのをいいことに、駆け下りようとした。
すると、階段を駆け下りる高石の横を、1メートルくらいの長さできれいに切りそろえて束にされたまっすぐな黒髪が音もなく流れるように滑り降りていった。
段差をなみなみと下っていった黒髪を見送って、高石は唖然とした。
高石が階段を降りきった時には既に黒髪はどこにもいなかった。
ショート派だと言ったせいで何かの機嫌を損ねてしまったのか。
あれは黒髪の幽霊なのか、幽霊の黒髪なのか。黒髪が本体で黒髪だけで活動している幽霊なのか、普通に人の姿の幽霊が黒髪だけ分離して階段に滑らせたのか。
どちらにせよ、何故高石の横を流れていったのか。ショート派だと答えたのは高石だけではないのに。何故、高石にだけわざわざ階段を駆け下りる横を流れ降りていくというアピールをしてきたのか。
黒髪の奴がどんな料簡で階段を駆け下りる高石の横を流れ降りていったのか知らないが、アピール方法としては間違っているとしか言えない。
階段を駆け下りる短い間に、元々ショート派だった高石はさらに黒髪ロングが苦手になってしまったからだ。