ドールハウス
家に帰ると、自分の部屋にドールハウスがあった。
赤い屋根の洋館を模したそれがベッド脇のローテーブルにどかんと載っている。
もちろん、高石にはまったく心当たりがない。
「さっきまで、おばさんが来ていたのよ」
居間に降りるとダイニングテーブルに菓子折りがあって、母親がそう言った。なるほど、と高石は納得した。おばさんの娘の裕美花が持ってきて忘れていったんだろう。五歳の従妹の顔を思い浮かべて高石はやれやれと息を吐いた。
忘れたことに気づいてすぐに取りに来るだろうから、それまでは置いておいてやろう。そう決めて放っておいた。
ベッドに寝転がって携帯をいじっていると、視界の端にドールハウスが入る。
普段、自分の部屋にはない、自分とは明らかに関係のない異物があるとやはり気になる。
高石はドールハウスに携帯を向けて写真を撮った。せっかくなので、友人の河村にその写真を送ってみた。
ややあって、返信が来る。
『縁起でもないことすんな』
高石は首を傾げた。
縁起でもないとはどういうことだ。ただのドールハウスじゃないか。
そう思って改めてドールハウスをしげしげと眺めてみた。片面に壁がない断面タイプの奴ではなく、普通の家の形で真ん中から割れて展開できるタイプだ。開いてみようかと手を伸ばしかけて、それに気づいた。
玄関だろう茶色い大きな扉。その扉に、「忌中」と書かれた小さな四角い紙が張り付いている。
「うわ」
思わず声が出た。途端に嫌悪が湧き上がる。なんだってこんなイタズラを。洒落になっていないぞ。と、高石は不快感にむかむかした。
部屋にドールハウスがあるのが一気に嫌になって、部屋から出して廊下の隅に置いた。早く取りに来いよな、と思いつつ部屋に戻り、河村に返信をした。
その夜、眠っていた高石はふと目を覚ました。
なんで目を覚ましたのか不思議に思って寝返りを打つと、ぷうん、と線香の匂いがした。
え? と思った瞬間、部屋の扉が勝手に開いた。
何故か、廊下が明るい。電灯の明るさではない。窓から日の光が差し込んでいる明るさだ。
その明るさが、怖い。
日の光は人間の味方でいてくれないと困る。
怪現象が日の光まで駆使してくるようになったら無敵じゃないか。
そう思った高石はひたすら暗くなれ暗くなれと念じた。念じているうちに、眠ってしまった。
翌朝目を覚ますと、扉はきちんと閉まっていた。線香の匂いもしない。
廊下に出ると、隅に置いたはずのドールハウスはなくなっていた。
昨日、裕美花は家に来ていなかったそうだ。おばさんの話では裕美花は最近ゲームに夢中で人形遊びは見向きもしないとか。
あのドールハウスの中では何の弔いが行われていたんだろう。
見向きもされなくなった人形達の弔いか、或いは、人形で遊ばなくなった女の子の中で死んでしまった「人形で遊んでいた頃の女の子」の弔いか。それとも、まったく別の何かか。
どれにせよ、その弔いをなんで俺の部屋でやろうとしたのか。
それだけはどうしても納得がいかない。と、高石は思った。