眠気覚まし
授業中、眠気に負けそうでかろうじて意識を保っていた高石は、前の席の机の中で何かが動いたように見えた。
半分寝そうになったままなんとなくそれを見ていると、机の中からぬっと手が出てきた。
一気に眠気がぶっ飛んだ。
ばっちり開いた目でそれを眺めていると、手は前の席の生徒の脇を通ってずるずると伸びてきた。
腕の部分が異様に長い。ずるずるずるずると伸びて曲がって、教室の生徒達の隙間をくぐって廊下側の席へと伸びていく。ろくろ首の手首バージョンのようだ。
しかし、それは前の席の生徒の手ではない。彼の腕は両方とも机に置かれている。
伸びる腕はどんどん長くなっていく。誰もその腕に反応していない。
これは見てはいけないものではないだろうか。
遅まきながら高石がそう思い、目をそらそうかどうか迷った次の瞬間、腕が伸びるのが止まった。
腕の先の手はくっと曲がって、廊下側の席の一番前に座る奥山くんを指さした。もちろん、奥山くんは何も気づいていない。
と、今度は奥山君を指した人差し指がにゅうっと伸び始めた。
伸びた指が、奥山くんの右の鼻の穴にずぼりと入る。ずるずるずるずると、伸びた指が奥山くんの鼻の穴から侵入していく。奥山くんは何も感じていないように前を向いて黒板を見ている。
これ以上は見ていられない。
恐ろしくなった高石は必死に目をそらして教科書で顔を隠した。
そこで、チャイムが鳴った。
高石が恐る恐る顔を上げると、腕はまだ伸びたままだった。
けれど、チャイムが鳴り終わると同時に、奥山くんの鼻の穴に侵入していた人差し指が、根本から抜けた。抜けた人差し指は奥山くんの鼻の穴にすっかり入って見えなくなった。そうして、四本指になった手がしゅるしゅると巻き戻ってくる。
手は前の席の机の中にしゅるしゅると戻っていき、やがて見えなくなった。
生徒達は席から立って、思い思いに休み時間を過ごしている。
その喧噪の中で高石は冷や汗を掻いていた。
高石の前の席の生徒、藤田くんは教科書を無造作に机の中にしまうと、次の時間の教科書を引っ張り出す。そこから腕が伸びていましたよ、なんて言えない。
藤田くんと奥山くんの間に何かあったのか。それとも、あの腕は藤田くんとは何の関係もないのか、たまたま藤田くんの机から出てきただけで。
なんで奥山くんの鼻の穴に人差し指が入っていったのか。何か理由があるのか。なんかの呪いなのか。まったく何もわからない。
奥山くんに恨みでもあったのか、たまたま奥山くんだっただけで別に誰でも良かったのか。
その後、奥山くんに何か悪いことがあった様子は特にないが、高石はどんなに眠くても居眠りが出来なくなってしまった。前の席の机の中が視界に入って気が気じゃない。
なにせ、手にはまだ四本の指があるわけで。