日替わり
たまに早く目が覚めた朝などに近所を走ることがある。
すぐ近くに児童公園があるので、そこまで走って公園内をぐるっと回って帰ってくる。規則正しく毎朝の習慣にした方がいいのだろうなぁ、と思いつつ、そこまでの根性を出せずにいた。
しかし、同じ部活の先輩が中学の頃から毎朝必ず走っているというのを聞いて、自分も頑張ってみようと思い立った。
翌朝から早速走り出し、眠くても頑張って起きて、一週間続けることが出来た。徐々に早い時間に目覚めるのにも慣れてきて、これならこの先も続けられるだろうと自分を褒めたい気分で走っていた高石は、いつもの公園の入り口に辿り着いた。公園内を走っていると、一組の母娘が公園を横切っていくのが見えた。
四、五歳くらいの女の子が、何やらひどく嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて、母親に手を引かれて歩いている。
女の子は満面の笑顔で本当に嬉しそうだ。ぐるりと走ってきた高石が母娘の後ろを通り過ぎた時、女の子が踊るように手を向けてきて言った。
「お兄ちゃんも一緒に行こう?」
どこか楽しい場所に行く予定なのか、スキップしたりぴょんっと飛んだり忙しない。
もちろん一緒に行く気はないが、無碍にするわけにもいくまい。高石は苦笑いを浮かべて小さく手を振ってやった。
母娘は公園を横切って去っていった。高石も、一周してから家に帰った。
次の朝、公園に入った高石は昨日と同じ女の子が歩いてくるのをみつけた。やはり嬉しそうに飛び跳ねて、母親らしき女性に手を引かれている。
「お兄ちゃんも一緒に行こう?」
通り過ぎざま、昨日と同じように手を差し出されて、高石は何も答えずに女の子が母親らしき女性に手を引かれて公園から出て行くのを見送った。
次の朝、いつもより遅めに公園にやってきた高石は、やはり同じ女の子が母親らしき女性に手を引かれてやってくるのを見て息を詰めた。
「お兄ちゃんも一緒に行こう?」
無視をして背を向けて走った。
次の朝、いつもより早く公園に来た高石は、同じ女の子が母親らしき女性に手を引かれて公園に入ってくるのを見るなり踵を返した。
次の朝、高石は走りに行かなかった。
女の子はいつもひどく嬉しそうに飛び跳ねている。そうして、いつも母親らしき女性に手を引かれている。
それだけなら、母親と散歩している女の子だと思えるのだが、女の子の手を引く母親らしき女性が毎回全然違う女性だったのはどういう訳だろう。
容姿も背格好も年齢もまったく違った。恰幅のいい中年だったり、二十代半ばぐらいの派手めな女性だったり、スーツを着たキャリアウーマン風だったり、まったく違う人間だった。唯一の共通点は、全員高石のことを一瞥もせずにまっすぐ公園の出口をみつめて真顔で歩いていったことだ。 母娘じゃないのなら何なのだろう。彼女らはどこに行こうとしていたのだろう。
そして、あの女の子は高石をどこへ連れて行くつもりだったのだろう。
以来、高石は走るのを休んでいる。走るのを再開しようかどうか迷っている。
再開するにしても、コースは変えようと決めている。