乗り換え
休日に電車に乗って街まで出かけた高石は、帰りの電車の中で居眠りをした。
どれくらい眠ったのか、ふと目を開けると電車の中が薄暗かった。
え? と思って顔を上げた高石は、窓の外がまだ明るいのを見て目を疑った。外より中の方が暗い。天気が悪い日などに陽の差し込まない建物や車の中が外より暗いことはよくあるが、そういう自然な暗さではない。空気がべっとり黒くなったような不自然さだ。
きょろきょろ辺りを見回してみたが、他の乗客は窓の外や中の暗さを気にしている様子が見えない。携帯に目を落としていたり、中には文庫本を手にしている者もいる。
暗いと感じているのは自分だけなのか、と高石が眉をひそめた時、電車が停まった。
高石が降りる駅の一つ前の駅だった。
高石は降りるかどうか迷った。このままこの電車に乗っていて、何か嫌なことが起こりはしないだろうか。
不吉な前兆なのではないかと不安になって、思わず腰を浮かした高石だったが、その前に若い女性が電車から降りた。
すると、電車に充満していた黒い空気が、ずずず、と蛇がはうように空中で動いた。ずずずずず、と、黒い空気が若い女性に尾いて電車から降りていく。女性は何も気づいていないのか、振り返らずに歩き去っていく。
黒い空気がどんどん車内から減っていって、どんどん明るくなっていく。
やがて、黒い空気がすべて出て行ったと同時に、電車が走り出した。
高石はほーっと息を吐いて座席に沈み込んだ。いつの間にか冷や汗を掻いていた。
やがて次の駅に停まって、高石は座席を立った。
駅の改札を通ってから、あの黒い空気はなんだったのだろうとふと気になった。
気にしない方がいいのだと思うが、一点だけどうしても気になることがあるのだ。
あの黒い空気は、あの若い女性が車内に持ち込んだものだったのだろうか。
それとも、他の誰かが持ち込んだ黒い空気が、車内であの若い女性に乗り換えてしまったのだろうか。
後者だとしたら。
いつ何時、誰かが持ち込んだ黒い空気が自分に乗り換えてしまうかわからない。
あの若い女性が次に電車に乗って、他の誰かに乗り換えて、それがまた別の誰かに乗り換えたら。
いつか、自分の番が巡ってきそうな気がして、高石は不安な気持ちを抱えたまま帰宅したのだった。