家庭災園
高石の家の近所に立派な家庭菜園がある。
きちんと手をかけているのだろう。毎年、様々な野菜が実っているのが柵越しに見てとれる。
高石は通学でその家庭菜園の横を通るので、青青とした葉が毎日すくすく成長しているのがわかって気分が良くなった。
ある朝、いつものように家庭菜園の前を通ると、柵の向こうから
「赤くなるねぇ」
と、嬉しそうな子供の声が聞こえた。
何が赤くなるのだろう。トマトでも育てているのかな、と高石は思った。
その日の夜、高石の家の近くで消防車が走っていく音が聞こえた。
火事か、と思ってカーテンを開けてみると、遠くの空がぽっと赤くなっているのが見えた。
それからしばらく経って、欠伸をしながら登校していた高石は、
「間に合わないねぇ」
と、嬉しそうな子供の声を聞いて足を止めた。
横を見れば家庭菜園がある。ナスやピーマンがまるまると実っているのが見える。柵と葉に隠れて畑全部が見えるわけではないから、子供がどこにいるのかは見えない。
やけに嬉しそうな、今にも笑い出しそうな声だった。
高石は気を取り直して歩き出した。
その夜、どこかから救急車の音が聞こえてきた。
高石は毎日家庭菜園の横を通る。なので、家庭菜園の横を通るときはイヤホンで音楽を聴きながら歩くことにした。
しかし、ある日うっかりイヤホンをするのを忘れて家庭菜園の横を通ってしまった。
すると、柵の向こうから嬉しくてたまらないという感情がはっきり表れた子供の声が聞こえてきた。
「苦しむねぇぇぇぇぇぇっ」
ぞっとして、高石は駆け出した。
今にもげたげた笑い出しそうな、いやらしい声だった。子供の声なのに、悪意が目一杯に詰まっているような声だった。
赤くなるねと聞こえた日、火事があって空が赤く染まっていた。間に合わないね、と聞こえた日、事故で衝突した車から運び出された男性が病院に運ばれたが死亡したと聞いた。
何が起きたのか高石は知りたくなかったが、数日後、近所の主婦達の井戸端会議が漏れ聞こえてしまった。
一人暮らしの男性が亡くなっているのが発見されたらしい。発作を起こして亡くなったようだ。
高石は今後は絶対にイヤホンをするのを忘れないと心に決めた。もしもイヤホンを忘れた時は、耳を塞いで走り抜けるしかない。
それだから、高石はその家以外で見かける家庭菜園も苦手になってしまった。
なので、母親が「来年は何か植えたいわね」と庭を眺めながら呟いているのを聞くと、「虫が付くからやめた方がいいよ」と必ず反対するようにしている。