体育座り
赤点を取ったら部活に出られない。なので高石もテスト前にはきちんと真面目に勉学に励む。成績優秀な河村には「普段からやっとけよ」と冷たく言われるが、そんなに器用に文武両道できたら苦労しない。赤点は取っていないのだからいいだろうと高石は心の中でぼやいた。
しかし、教科書と参考書をひたすら眺めているとだんだん数字が憎らしくなってくる。こいつら俺をあざ笑ってやがる、と被害妄想に至った時点で、少し休憩することにした。末期症状だ。
「ふう……」
部屋の空気を入れ換えたくて、高石はカーテンを開けて窓の鍵に手をかけた。
その時、遠く離れた夜空に小さな光がふわふわと上下に漂っているのが見えた。
なんだろう、と思いつつ窓を開け、なんとなくその光を眺めた。
夜風が吹き込んできて気持ちがいい。高石は深呼吸をした。
小さな光は上に行ったり下に行ったりと上下運動を繰り返している。街灯でもないし飛行機でもない。
あれはなんだろう。
ぼんやりと眺めていたが、ふと光の正体が気になって高石は目を凝らした。
よくよく見ると、ただの白い光ではなく、何かがぼんやりと発光しているのだとわかった。光の中心に何か黒いものが見える。
なんだろう。高石は窓から身を乗り出して何が光っているのかを見極めようとした。
そうして、それが何かに気づいて息を飲んだ。
人だ。丸くなった人。
ぎっちりと体育座りをして膝に顔を埋めた男の子だ。
それが白く光って夜空にぽーんぽーんと浮かんだり沈んだりを繰り返している。
思わず食い入るように見つめてしまった後で、はっと我に返った高石は慌てて窓を閉めてカーテンを引いた。あんなものをじっくり見ていてはいけない。
カーテンを隙間なく閉めて、高石は窓から離れた。
あんなものをじっと見ていて、もし、あれがこっちに近寄ってきたらどうする。
いや、それよりも。
膝に押しつけられていた顔が、何かの拍子にふいと上がって、こちらを見たら。
目でも合ってしまったら。
想像しただけでぞっとする。あんなものの顔なんか見るもんじゃない。見てはいけない。
高石は机にかじりついて数字と向き合った。
なんで夜空に浮いているのか、なんて余計なことを考えてしまわないように、今はただ必死に数字と仲良くするべきだと思った。