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A.D.3556

作者: 邇邇芸

 俺はアラームの音で目が覚めた。

 アラームは何もしなくても止まった。手を伸ばす必要はない。そもそも、その腕もない。もちろん肉体だって。


 意識が安定して、視界に情報が投影される。いわゆる、HUD。実際には、俺に『視界』と厳密に分類されたものはないのでちょっと違うかもしれないが、便宜上、そう表現する。

 映し出される情報は様々だ。まず自分の情報、残された数少ない生体の状態やコンピューターのタスク、外部端末も『自分』であるならそのメンテナンス状態も含まれる。次に外部の情報、外部端末から取得した外部の情報、例えば視覚、嗅覚などといった五感から、生体特有の第六感、それらからコンピューターの予測するもの、全てを総合したまさに『情報』が一瞬で把握できる。

 自分に異常がないのはもちろんとして、今日も世界は変わらず平和らしい。


 せっかく目覚めたことだし外を散策してみようと、俺は外部端末の一つを起動した。10^36分の1秒にも満たない待機時間の後、視界が暗転した。俺が生体だけで構成されていた頃には知覚すらできなかったような一瞬が、今となってはもどかしく感じる。久しぶりのチェスは簡単すぎてつまらなかった。


 視界が一気に狭まり、場所も移動する。外部端末『Z-ET:H-F001』を使用時に取得可能な情報は最低限まで制限される。そう設定した。


 この端末で『俺』が置いてある部屋に移動する。

 この施設は俺を秘匿するために堅く、そして慎ましい造りになっているらしい。そういうデータを見たことがある。そしてその通り、頑丈で隠れている。今見ても、眠る前となんら変わった点はないし、侵入記録や防衛記録もない。

 施設の深層にある『俺』は相変わらず保存液の中でいきいきとしていた。この様子なら問題はないだろう。生体の頃の名残で、データを信用しきれない癖が俺にはあった。

 この部屋の奥、最深層にはいかなくていいだろう。いってもデカブツが置いてあるだけだ。


 テレポートをしてしまっては意味がない。この人間型の端末で、歩くことに意味があるのだ。まるで昔に帰った気持ちになる。あの頃はテレポートなんてものは存在していなかった。

 この時間はさっきの何倍も長く単調だが、さっきと違って、何かをしようという気にはならなかった。


 施設の出口まで着いた。ここを出れば、外である。最後に外を知覚したのはいつだったか。無論、さっきだ。だが、さっきまでの知覚とは訳が違う。元人間としては、人型のこれでの知覚は特別なのだ。


 出口から飛び出す。思わずため息を吐いてしまった。もちろん、落胆のため息だ。

 最後に見たときは、ここは瓦礫の山だった。俺によって破壊しつくされた文明の名残がここにはあった。

 だが今はどうか。文明の、破壊の痕跡は1500年という膨大な時の流れに擦られ風化し、跡形もなくなっていた。代わりに、自然がそこにはあった。1500年前にひとかけらも残さず消えた生命は、またどこからともなく現れ、新たにその存在を築き始めていた。あの様子だと、俺が眠って間もなく始まったのだろう、しっかりとした森だった。


 つまらない。施設に戻る。端末を既定の位置に戻し、メンテナンスを開始する。

 実のところ、外がああなっていることは既に知っていた。俺の高度な外部端末は外の様子を正確にデータとして俺に教えてくれていた。なんならこの施設だって俺だ。それどころか、スリープ解除のタイミングを陸地の半分が自然に覆われたときとしていたのも俺だ。

 俺は一縷の望みに懸けた。データが間違いであるという。さっきも言ったが、人間だった名残なのだ。人間だったことに執着するのも、過去を執拗に回顧するのも、全部。


 やっぱり俺は人間だった。

 スリープを開始する。次の目覚めは知的生命体の誕生にしよう。

 もしかしてオーパーツって……? なんて妄想してみたり。

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