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「生まれ変わり制度」

作者: 春木みすず

「生まれ変わり制度」






今日は緊張の初出勤の日。


私は鏡の前で念入りに身だしなみをチェックする。


髪型、よし。制服、よし。羽根のツヤもいい。おっと、光輪がちょっと曲がってる。…よしおっけー。


うーんまだ時間あるな、自己紹介の練習でもするか。


「本日付けで、転生庁適合調査課に配属された天使NGC7293です。以前はキューさんと呼ばれていました。よろしくお願いします!!」





________________





適合調査課での初めての朝礼。私は新天使として、これから共に仕事をする方々の前に立った。

なんとか噛まずに自己紹介し、ドキドキしながら朝礼を終えると、私はキツそうな目つきの天使に呼ばれた。


「僕は天使NGC5866。これから2週間ほど、きみの新天使研修を担当する。よろしく。」


「あっ、はい!!よろしくお願いします!!天使NGC7293です!!」


あわてて頭を下げる。


先輩天使は頷いて言った。


「一応、一斉研修は受けたよね?ならここの課の仕事内容は把握してる?」


「はっ、はい!!『生まれ変わり制度』に基づき、転生される方のチェックと送り出しを行う、です」


「50点」


「ふぇ!?」


「ちゃんと研修は聞いてたみたいだけど、それだけじゃない。僕ら天使の存在意義はなんだ?」


存在意義?存在意義、って。そんな誰でも知ってること、なんで聞くんだろ?


「神様の使いとして、人間のサポートをする…ですよね」


「そ。つまり、ここの仕事は転生される方、そしてその周囲の方のサポートをすることだ。チェックして送り出してハイ終わり、とはいかない。人間の命に関わる重要なことなんだからな」


私はハッとした。


そうか、私は…天使になったんだもんな。今までの見習いとは立場が違う。実際に、人間のサポートをする立場になったんだ。


「分かりました、ありがとうございます」


「ちゃんとリングメモリーに書いといてね」


「はい!!」


急いで光輪のメモ機能にメモをする。ちなみにこの光輪 (別名angel ring) は天使の標準装備。テレパシーで会話もできる優れものだ。…まだ使い方慣れてないけど。


「今日は業務の見学をしてもらう。とりあえず今日担当する方の資料をリングに送るから、目を通すように。」


先輩の言葉と共に光輪にデータが送られ、表示される。え、こんな機能あったのか…

って、多!!


「ああ、今日担当する方々全員分の送ったから。大丈夫、まだいらっしゃるまでに時間あるから。」


涼しい顔で言ってのける先輩。最初の方の資料だけで10ページ以上あるんですが。え、なにこれもしかして新天使いびり?


「この2週間は、基本的に僕の業務の見学になる。対応について、しっかり見て学ぶように」


「はい…」




________________





「今日はお越しいただきありがとうございます。」


「よろしくお願いしますぅー」


先輩が今日最初に担当する方は、新田さんという方だった。見た目は一昔前のギャルっぽい女子高生といった姿だ。ちなみに天国では、自分の好きな姿で過ごすことができる。


私は先輩の斜め後ろあたりに用意されたイスの前で、先輩と一緒に頭を下げる。


「今日は新米天使が研修のため同席しますが、どうかお気になさらず」


「はい、わかりましたぁ」


「それでは、転生したい理由について、お聞かせ願えますか」


「うーんと、あたし、ちょっと天国に飽きちゃってえ。両親とか、ダンナとか、ダチのみんなも、あたしが死んで天国来たときにはもう転生しちゃってたしー。さみしいな~って思ってぇ」


「なるほど…分かりました。」


う、この人の話し方ちょっと苦手だな…と私は思った。


「では、次に注意事項についてお話させていただきます。」


「はぁい」


「まず、転生誓約書にご署名いただいた後は、転生の取り消しには別途書類が必要となります。」


「転生誓約書にサイン後、2ヶ月以内に再び本庁にお越しいただき、転生を終えていただくという決まりになっております。」


「また、転生後は現在お持ちの記憶はすべて抹消されます。また、所持品については、ご自分で処分していただくか、処分申請を出してこちらで処理させていただくかのどちらかになります。現世に所持品の持ち込みはできません。」


「ここまでよろしいですか?」


「大丈夫でぇす。持ってるもの、めちゃくちゃ多いんで、そっちで捨ててほしいです。」


「了解しました。説明と転生誓約書へのご署名が終わりましたら、処分申請書についてご案内いたします。」


「次に告知義務とご家族の同意についてです。新田さんは…天国に在住してらっしゃるご家族や配偶者の方はいらっしゃいませんね?」


「ハイ」


「了解です。あと…失礼ですが、天国において交際している方はいらっしゃいますか?」


「えっと、います」


「分かりました。そちらの方には、同意していただく必要はないんですが、新田さんが転生することを告知する義務がございます。誓約書にご署名後、そちらの方に電話か書面での告知をさせていただきますので、お名前とご連絡先を伺ってもよろしいでしょうか。もちろん、個人情報は厳密に保護されますので」


「ええっとぉ~、それ、絶対しないとダメですか」


「交際されている方からの苦情が一番多いもので…申し訳ございませんが、必須になります」


「はぁい…わかりました」


「ありがとうございます。ここの欄にご記入お願いします」


彼女はサラサラと記入した。


「ありがとうございます。次に―」


そんな感じで誓約書の注意事項の確認、処理申請書の規定の確認、と先輩の話はえんえんと続いた。新田さんは途中から校長先生の長話を聞く女子高生そのものと化し、すべてに「ハイ」と言うだけのロボットになった。私も正直意識が飛びそうになった。


「では処理申請書にもご署名を。…ありがとうございます。それではデータを入力して、受領証を発行いたしますので、待合室にて少々お待ちください。」


「ありがとうございましたぁーーー」


新田さんは扉から出ていった。


「よし、別室でデータ入力するぞ。お前も来い」


「はっはい!!」


ぼんやりしていた私は意識を何とか戻し、先輩の後に続いた。


部屋を出たとき、大声がして待合室を振り向くと、新田さんが電話に怒鳴っていた。



「はぁ!!??あんだけ言ったぢゃん!!…それはあんたが聞いてないから悪いんでしょ!!今さら行かないでくれとか、バッカじゃないの!!??」


「もう連絡してくんなクソ野郎!!」



入力を終え、受領証を手渡すとき、新田さんは吐き捨てるように言った。


「あ、さっきの、連絡先のやつに告知はしないでいいです。さっき別れたんで」


「そうは言われてもですね…書類の関係上、しないわけには」


「ふーん、わかりました」


新田さんは不機嫌そうにしつつ、部屋を出ていった。


私は先輩の方を見た。


「ああいう方もいらっしゃるんですね…」


「結構多いぞ。お前、ここがなんで設立されたか、知ってるか」


「ここというと、適合調査課ですか」


「そうだ」


「…一応は。『望まない転生』が問題になったからですよね」


「そうだ。望んだはずの転生だったのに現世でひどい目にあった、とか、恋人が転生することを知らされなかった、とか」


「『生まれ変わり制度』施行直後はそう言った苦情の申し立てが転生庁に殺到し、一時は庁の機能がマヒする事態になった。」


「だから作られたんだ」


「それが、どうかしましたか?」


「中途半端な気持ちの人間を転生させたら、困るのはこっちってことだよ。だから誓約書の確認項目がやたら多いんだ」


「あー、なるほど」


「じゃ、次いくぞ」


「はい」


「後で今日の研修について報告書を書いてもらうから、さっきみたいに適当に聞くなよ」


先輩がジトッとした目でこちらを見る。途中ボーっとしてたのはバレバレだったようだ。


「…了解です…」




________________





そんな調子であれよあれよと2週間が過ぎ。研修最終日が、ようやく、終わった。


帰るなり部屋のベッドに倒れこむ。


「あ"~~~つかれた」


この2週間、何人ぶんの人生について覚えたんだろう。


もう光輪の中身見たくない。


他の天使仲間どうしてんだろうな…忙しくてぜんぜん連絡してないや。


明日は安息日だから休み…明後日は…そうだ明後日から本業務なんだっけ。


でも明日の間に来週担当する方の情報覚えないといけないんだよな…


「うぅ~~~~」


まだ業務見てただけだってのに、いきなり本業務なんてできないよ。


こんなんでやっていけるのかな…天使。




________________





一瞬で休みは終わり、私は予定通り本業務に移ることになった。


最初に担当することになったのは、佐竹さんという美人な女性だった。


その方が来たとき、私は、ゲッと思った。


付き添いがいたのだ。


家族などの付き添いはたまにある。家族が天国にいても、家族の許可があれば転生はできる。

しかし…普通よりトラブルは起こりやすい。

よりによって初仕事でこれかあ…


「それでは、転生したい理由について、お聞かせ願えますか。」


私はぎこちない笑顔で彼女に問いかけた。


「はい。」


彼女ははっきりとした声で答えた。


「私は生前、老齢までずっと外科医をしていて、人命救助を生き甲斐としていました」


「天国に来て、とても平穏な日々でした。もう時間に追われることもなくて」


「でも、しばらくしてあることに気づき、愕然としました。」


「天国に外科医は必要ないってことに。」


私は瞬きした。佐竹さんは話を続けた。


「私は天国に来て自分の存在意義を失ってしまったんです。もう、これ以上ここにいたくない」


「だから、転生したいんです」


「…なるほど」


「お母さん、」


「果南はだまってなさい」


「…はい」


付き添いの女の子(娘の果南さん)が口を開いたが、すぐに佐竹さんに牽制されてしまった。好きな姿で過ごせる天国で、見た目が子供の姿の方は珍しい。子供時代が、一番幸せだったのかな。


とりあえず今の話を光輪に記録する。


果南さんの表情は、悲痛だった。止めたいけど、止められないとわかっている。そういう表情だった。


私はうまく理解できなかった。なぜ、佐竹さんはそれほどまでに外科医にこだわるんだろうか?家族の方を、悲しませてまで。


天国には、望めば好きな仕事に就ける制度がある。彼女のように、仕事に生き甲斐を感じていた人が主に使う制度だ。


「一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」


「はい」


「外科医以外のことはできないんですか?」


そう言った瞬間、佐竹さんの表情が一変した。


「できるならとっくにやってます!!」


バンっと佐竹さんが机を叩く。


「…私がどんな思いで、どれだけの犠牲を支払って、人を救ってきたか、」


「知りもしないくせに、よくそんなことが言えるものね!!」


「…は、はあ」


「はあじゃないわよ!!このっ、バカ天使が!!」


カチンと来た。


「あのっ」


「やめろ!!!!」


私が何か言う前に、先輩が私の頭を無理矢理下げて言った。


「新米天使が、不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございません!!責任はすべて、監督者の私にあります!!」


「え、」


「ほらお前も早く!!謝罪だ、しゃ、ざ、い!!」


「もういいです。気分が悪いので帰らせていただきます」


「申し訳ございません!!後程お伺いさせていただきますので、どうかもう一度謝罪させて」


「けっこうです。明後日転生の予定は変えたくないので、明日また来ます。ほら行くわよ、果南」


佐竹さんはすっくと立ち上がり、部屋を後にした。私は先輩に頭を抑えられたまま、目だけそっと上を見た。

果南さんは、こちらを振り返り、ぺこりと頭を下げて部屋を出た。


約10秒ほどたってから、先輩は私の頭を放し、すごい形相で言った。


「…来い」


手をぐいっと引っ張られて面接室を出る。階段の踊り場にさしかかった所で、先輩はこちらに向き直った。


「…っお前!!なんであんな発言をした!!」


「へ?」


「あんな言い方、怒るに決まってるだろう!!」


「ええと…どうすればよかったですか?」


そう言うと先輩はあからさまにため息をついた。


「…任せた僕がバカだった。お前は今日は何もするな」


「ええ!?えっと、残りの仕事は」


「僕がやる。資料は覚えてあるからな。お前がやってたら仕事にならん」


「後で上に報告しておく。その後、お前にはしかるべき処置がされるだろう」


「処置?」


「たまにいるんだ、お前みたいなのは。お前は人間の人生ってもんを何もわかってない」


「勉強不足だ。いいか、帰れ。今ここにいられると邪魔なんだ」


「そ、そんな言い方」


「お前の言い方のほうがよっぽど悪い」



そう言って先輩は立ち去ってしまった。


一人残された私は途方に暮れた。

私はようやく、「初仕事が失敗した」ということを理解し始めた。


「はあ~~~まじか」


私は階段の端に座り込んだ。


佐竹さんにはボロクソ言われるし、先輩はカンカンだし、一体どうしてこんなことになったんだろう。


「帰れ」「処置」の二つの言葉が頭をぐるぐると回る。


もう私はいらないってことかな…


そう思ってじわりと涙が出る。いけない、天使なのに泣くなんて。何してんだろ。消えたい。


…そうか、もしかしたら、


佐竹さんもこういう気持ちだったのかな。


「NGC7293」


「ふぁいっ!?」


名前を呼ばれ驚いて顔を上げると、私の前にはすさまじい後光をたたえた背の高い天使が立っていた。私はあわてて涙を拭った。


「どうしましたか?」


「え、あ、あの、あなたは?」


「私はM2-9。転生庁管理者です」


か、管理者!?

そういえば研修で、挨拶してたの見たような…


「これは失礼しました!!転生庁適合調査課に先週配属されました、NGC7293です!!」


「知っています」


そういやさっき名前呼ばれた。まさか全員覚えてるのか。記憶力おかしい。


「今は業務時間中のはずですが」


「…それが…」


私は管理者にさっきの出来事について説明した。


「なるほど。NGC5866の新人教育にはいささか問題があるようですね」


「いえ、たぶん、私が悪いんです」


「何が悪かったのか、理解していますか?」


「…」


「その部分を教育できていないのがその証拠です」


「そうですか…」


「あなたの話を聞くに、おそらく、あなたはこれからNGC5866から特別研修を受ける流れになるでしょう」


「特別研修、ですか」


「はい」


「それってどんな研修ですか?」


「現世の体験学習、と思っていただければ」


現世に!?

私は驚いた。現世に介入する保安庁の天使は別として、天使は基本的に現世には入ってはいけないものだと思っていたからだ。


「驚いていますね。もちろん、保安庁以外の天使は現世に立ち入ることは禁じられています。しかし、例外があります」


「それが、今回のような研修のための立ち入りです。ただし、人間に擬態するという制約は課されます」


「人間に擬態?」


「特別な機械を使って、一時的に天使を人間に見せるんです」


「そんなことができるんですか~」


「はい。けっこう楽しいですよ。…そうだ!!」


管理者は急に、手をぽんと打った。


「NGC7293、せっかくなら私と特別研修しませんか?」


「え?いや、先輩がするんじゃ?」


「あなたの状況からして、NGC5866と共に研修を行っても効率が悪いと思います。それに私も久々に、息抜きしたかったんですよ」


「えっと…」


「いいですね?」


管理者の笑みには有無を言わさぬ雰囲気があった。


「はいぃ…」


こんなことになるなんて。まさか私は、これから、管理者から特別研修を受ける!?

緊張で胃がねじ切れないだろうか。ひきつった顔の私を見て、管理者は満面の笑みで言った。


「あ、緊張しなくていいですよ。私のことは『ツイン』と呼んでください。あなた、あだ名はキューさんでしたっけ?そう呼ぶんで。」


「あ、そうです、NGC7293の最後を取ってキューさんで…」


だから何で覚えてるの…怖…


「じゃあ行きましょうか。」


「え、今からですか?」


「今日やることは無くなったんでしょう?私も、たまたま今日でなくても大丈夫な用事ばかりだったので。さきほどリングで秘書に連絡は取りましたから。あなたの先輩にも話は通しました」


いつの間に…どうやら知らない間に逃げ道は閉ざされていたようだ。


「…よろしくお願いします…」


私は半ば降参といった気持ちで、管理者―ツインさんに頭を下げたのだった。





_______________





私はツインさんの後について、転生庁の奥まった場所にある、『関係者以外立ち入り禁止!!無許可の立ち入りは厳罰に処します』と書いてある扉に着いた。


「えーと、これ、入っていいんですよね」


「私がいますから大丈夫ですよ」


そう言うとツインさんは扉のロックを解除し、さっさと中に入っていってしまった。私もあわてて入る。

中には私の背よりも大きな機械が二つ、ドンとそびえていた。


「大きな機械ですね…」


「こちらが天使用人間擬態装置、こっちのは転移装置ですね」


「はあ…」


「まずは擬態ですね。キューさん、こちらへどうぞ。あ、光輪は外してそこに置いてください」


ツインさんは天使用人間擬態装置のスイッチを入れると、装置についた扉を開き、中を指さした。私はしかめ面をした。


「ツインさん、これ…危なくないですよね?」


「大丈夫ですよ。一時的にしか効果はないですから」


「分かりました…」


「あ、暴れたらダメですよ。じっとしててください。あと擬態中は扉を開けたらダメですからね」


少し心配だが、光輪を外してから恐る恐る扉の中に入る。ツインさんが扉を閉め、私は中にあるパネルしか見えなくなった。パネルに文字が表示される。


[入力完了 解析中…]


[解析完了 人間擬態モード準備中…]


[準備完了]


「よし、いきますよー」


外からキューさんのくぐもった声が聞こえる。


「ぽちっとな」


[人間擬態開始 ※扉を開放しないでください※]


ビーっという音とともに、急に機械の内部が緑色の光に満たされた。


「うわっ!?」


私はその瞬間、変な感覚に襲われて思わず声をあげた。なんだこれ、全身にめちゃくちゃ違和感!!

自分の体に現実味がなくなっていくというか。なんだか自分の手が自分のものじゃないみたいだ。


[量子状態変更中…]


[擬態完了]


再びビーッという音がなり、光は消えた。


「オッケーです。もう出ていいですよ」


扉を開けようとして驚いた。体がすごく重い!!

なんとか手を動かし、装置の外に出る。


「ツインさん…なんか、体が重いんですけど」


「ですよね~それは副作用みたいなものです。みんなそうなるので、ちょっと体が慣れるまで我慢して下さいね」


「うう…あれ、羽根がない!?」


「人間には羽根がないので、隠してあります」


羽根消えるとは思わなかった。なんか怖いな。


「では私も擬態します。『準備完了』ってここに表示されたら、こっちのボタン押して下さい」


「分かりました」


こうして二人とも擬態を終えると、ツインさんは部屋の隅にあるレバーを動かした。

すると、壁の一面が開き、クローゼットが現れた。


「次に、服を決めましょう。」


「現世のファッションセンスとか分からないんですが」


「大丈夫です!!それも機械が現世の時流と、あなたの体型を見て決めてくれますから」


「それは、便利ですね」


「すごいでしょう。保安庁開発の新技術です。キューさん、こっちに立って下さい」


「はあ」


すると、全身がスキャンされたかと思うと、クローゼットからアームが出てきて勝手に私を着替えさせていった。


「ちょ、え!?脱がさないで!!うわあぁああ…」


まあ天使は人間と違って性別ないから、着替え見られても大丈夫だけど…さすがにプライバシーってもんがあるんじゃないか?


そんな私の思いをよそに、ツインさんは目を輝かせて着替え後の私を称賛した。


「おお~、似合ってますよキューさん。オーバーサイズニットが若者っぽいですね」


「これそういう名前なんですか」


「そうです。では私も」


ツインさんも着替えをする。少し大人っぽい感じの服だ。


「テーラードジャケット、というものです。ふん、落ち着いた感じですね。悪くない」


「お似合いです」


「どうも~。後で現世で一緒に、写真撮りましょうね!!」


「写真ですか。撮ったことないです」


「そうですか。確かに天使はあまり撮らないですよね。人間は写真がお好きな方が多いですが。それでは、準備はできたので、さっそくですが現世に向かいましょう」


「は、はい」


私は少々緊張した面持ちで頷いた。現世って…どんなところなんだろう。


「こちらの転移装置のゲートをくぐると現世に入ります。ただその前に、いくつか注意があります」


「はい」


「まず、現世では人間の運命に介入してはいけない、ということに注意して下さい。現世への介入は保安庁の役目なので、私たちが勝手に介入すると罰されます」


「はい」


「あと、私たちは今は人間に近い状態になっているので、怪我をしないよう注意する必要があります」


「怪我するんですか!?」


「はい。天使は構成粒子の性質上、通常は怪我をすることはないですが、今は量子状態を人間に近づけてあります。そのため、現世で人間でいう致命傷クラスの負傷をすると、後遺症が残ります」


私は不安になった。なんか話が難しくて理解できないけど、つまり。


「それって危険ですよね」


「交通事故とかに遭わなければ大丈夫ですよ。確率的には低いですから」


「…」


不安は増すが、ここまで来たら後戻りはできない。


私はツインさんと共に、現世へのゲートをくぐった。




________________





ゲートをくぐると、私たちはだだっ広い空き地のような場所に出た。


「どこですか、ここ」


「空き地です」


「それは見れば、分かりますが…」


「人に見られないよう、ゲートの転移先は人通りの少ないこういう場所になってるんですよ」


「あ、なるほど。それで、これからどこに行くんですか?」


「そうですね…ここから近い施設を見学することになるんですが、えっと…」


ツインさんはいつの間にか人間用の電話、確かスマホって言ったっけ、をいじっていた。


「ここから一番近いのは…お、動物園ですね。」


「動物園?」


「たくさんの種類の動物が、展示されている場所です」


現世にはそんな所があるのか…

正直、面白そう。純粋に興味ある。


「あーすごい、けっこう動物の種類も豊富なとこですよ。あっこれいいな!!後で触れ合いコーナー行きましょうね!!」


ていうか、ツインさんのはしゃぎ方がすごい。


「研修ですよね?」


私がそう言うと、ツインさんはハッと我に帰り、咳払いした。


「そ、そうです。これはあくまで研修です!!それを、忘れないで下さいね」


「はあ」


忘れそうなのはツインさんだが。



受付で入園券を買い(ツインさんが払ってくれた)、私たちは動物園に足を踏み入れた。


わあ…すごい。生きている、動物が、こんなに…!!

天国にも動物はいるが、みんな死んだ後ので、生きている動物を見るのは初めてだ。しかもこんなにたくさんの種類。

ツインさんが園内マップを片手に解説を入れる。


「あれはゴリラですね。ここは類人猿のスペースです。いやー久々にきたなぁー」


「まずは、ここを見ますかね。その次どこ行きます?個人的にはカンガルーを見たいですが…あ、でもミーアキャットとかも捨てがたいですね…どっち先行こうかな…」


ツインさんの本気度がすごい。どうやら入って2秒くらいでツインさんは研修を忘れることにしたようだ。


「まあ、ここを見てから決めますかね!!ほら見てください、チンパンジーもいますよ!!」


「はい!!」


でも本当は、すでに私も浮かれた気分になってきていた。



そうして私たちは動物園を思う存分楽しんだ。見たことのない動物の説明を読んで感心したり、ゾウが鼻で器用にものを掴むのに興奮したり。ホッキョクグマが肉をワイルドに食べる様子に怯えたり、触れ合いコーナーでモルモットの暖かさに驚いたり。とにかく全てが新鮮だった。



「動物園…めっちゃ良いところですね」


「そうでしょう?楽しいですよね」


『ミニサファリ』というエリアを歩いていて、私はふと、展示スペースの奥でジッとしている動物に目が止まった。


「あの動物は何してるんですかね?」


「どれどれ、大きな鳥ですね…ずっと座ってますね。あ、あそこに飼育員の方がいますよ。聞いてみたらどうですか?」


「はい」


私たちは、バケツを持った男性の飼育員さんに近づいた。


「あのー」


私が声をかけると、飼育員さんは振り返った。名札には『山寺』と書いてある。


「お忙しいところすいません。あの鳥って、何してるんですか?」


「ああ、あちらはエミューですね。実は、今は繁殖の時期でして。あれはオスで、卵を暖めているんです。」


卵!!すごい。あの鳥、父親だったんだ。


「エミューはオスが抱卵するんですか~」


ツインさんは興味深げに言った。


「そうですね。オスメスどっちが抱卵するかは、わりと種によって違うんですよ。オスメス両方が協力して抱卵するという種もいます。ペンギンの仲間は多くがそうですね。コウテイペンギンは、オスのみが抱卵しますが」


「へえ~、そうなんですね」


ツインさんは楽しそうに相づちをうった。

私は山寺さんに言った。


「じゃあ、もうすぐ赤ちゃんが見れるんですね」


「ええ。無事に産まれて育ってくれたら、ですが。実はエミューの雛は、足が悪くなったり、色々な理由ですぐ亡くなってしまうことも多いんです。飼育員も、色々工夫するんですけどね…」


「そうなんですね…飼育員のお仕事、大変だとは、思わないんですか」


「大変な時もありますが、私は動物が大好きなので、いつも触れ合えて幸せですね。お客様にも喜んで頂けますし」


「あと、子供の頃から飼育員になるのは、夢だったもので」


山寺さんは照れたように笑った。


そうか…山寺さんにとっては、動物園の飼育員であることが、とても重要なんだ。


佐竹さんも、きっとそうだ。他の職業じゃ、ダメなんだ。

医師になるのはとても難しいし、常に重大な責任が伴う職業だ。だけど佐竹さんはたくさん大変な思いをしながら、それでも医師であることが大事だったんだ。なのに、私はあんな事を言ってしまった。


「どうやら、ある程度理解したみたいですね」


私の表情を見て、ツインさんは言った。研修のこと、完全に忘れてたわけではないようだ。


「はい…」


「じゃ、けっこう満足したし、そろそろ戻りますか。たくさん写真も撮れましたし。実は現世と天国には時間の流れに差があるので、天国ではもう2日弱くらい経ってます」


「ええ!!??」


私は計算した。まずい……!!じゃあもう天国では、佐竹さんが転生する予定の日だ!!


私の脳裏に、果南さんの悲しげな顔がちらつく。佐竹さんの気持ちも分かるけど、あのままじゃ、ダメな気がする!!あとまだちゃんと佐竹さんに謝ってないし!!


「やばい、早く戻らないと…!!ツインさん!!」


「はい、何でしょう」


「お願いがあります!!」




________________





私たちは急いで転生庁に戻ると、すぐに着替え、先輩の所に走った。

ツインさんは光輪で各所に連絡をとる。


「ツインさん!!予定ではもうすぐ佐竹さんが転生する時間です!!急いで行きましょう!!」


「分かりました」


全速力で走り、なんとか転生装置の部屋の前で、佐竹さんと果南さん、そして先輩を見つけた。


「佐竹さん!!待って下さい!!!!」


「お前は…!なぜここにいる?」


「私が連れてきたんです」


「あなたは…ツインさん!?」


あれ、先輩も『ツインさん』って呼ぶんだ。いや、今はそれどころじゃない!!

佐竹さんが先輩の後ろからこちらを見る。


「なんですか。早くして下さい。…貴方は、こないだの!!」


佐竹さんが私を見て、表情を険しくする。

私は勢いよく頭を下げた。


「その節は、本当に申し訳ございませんでした!!佐竹さんが人生をかけられた、大切なご職業を軽視するような発言をしてしまい、心からお詫び申し上げます!!」


佐竹さんは少々驚いていた。


「…まあ、もういいですけど。それより早く…」


「佐竹さん」


「まだ何かあるんですか?」


「重ねて失礼を承知でお願いがあるのですが…、この方のお話を、聞いていただけますか」


私はツインさんを示す。


「は?」


ツインさんは佐竹さんに向け、優雅に一礼した。


「突然お伺いし、お時間を取らせて大変申し訳ございません。転生庁管理者のM2-9と申します」


「はあ…」


「不躾ながら、佐竹さんの転生について、お尋ねしたいことがあります」


「え?」


「佐竹さんは、転生することに後悔はありませんか?」


佐竹さんは困惑した表情を浮かべた。


「…どうしてそんなことを聞くんですか?ないですよ。あるわけないでしょう。」


それを聞いて、横にいる果南さんが、ビクリとした。


「ここにいたら、私は存在しても意味がないんですよ。毎日毎日、空虚に日々を浪費して。そんなことにもう耐えられないんですよ。」


「果南さんと一緒にいたいとは、思わないのですか」


「…それは」


ここで初めて、佐竹さんの表情に迷いが浮かんだ。


「………思わないわけでは、ないですが…でも果南も、同意してくれたし…とにかく、私にはここにいる意味が無」


「お母さん!!!!」


佐竹さんの話の途中で、果南さんが急に叫んだ。そして、佐竹さんの腰のあたりに、抱きつく。


「果南!?」



「お母さん…ずっと、言えなくて、ごめん」



果南さんはしゃくり上げ、そして、か細い声で、告げた。



「…行かないで」



佐竹さんは、はっとした表情になった。


そして、ゆっくりと、果南さんを抱き締める。


「果南…ごめん」


「ごめんね………」



そのまま、しばらく時間が経った後、ツインさんが口を開いた。いつの間にか横には知らない天使がいる。


「お二人とも、少し、お話お聞かせ願えますか。こちらの、カウンセラーの者も同席させて頂いても」


「はい…」


佐竹さんは涙ながらに頷いた。




________________





それから数日後。私とツインさんは再び会っていた。


「あれから、どうなりましたか」


「カウンセラーも交えた話し合いで、彼女は転生を取り止めることに決め、転生中止申請を提出しました。」


「そうですか」


「いやはや、カウンセラー常駐させてて正解でした」


「でも、ツインさんがすごいですよ。私じゃあんな風に言えないです…

『佐竹さんを説得して下さい』なんて、急に訳のわからないお願いをしてすいませんでした。私では難しいと思って」


「まあ、キューさんの話で、大体の問題は掴めていたので。…果南さんが、小さな子供の姿だったのは、なぜだと思います?」


「え…子供の頃が、一番幸せだったんじゃ?」


「…これは推測ですが、果南さんが子供の姿でいたのは、母親からの愛情を得たかったという想いが強かったためだと、私は思います」


「あ…」


そうか。佐竹さんは生前バリバリの外科医だった。その忙しさは相当なものだったろう。果南さんはずっと、寂しい思いをしていたのかもしれない。


「あのまま彼女が転生したら、たぶん果南さんは心の問題を抱えることになったでしょう。佐竹さんの方にも、天国での自己肯定感などに問題はあったようですし」


「今回はお手柄でしたね。立派に『人間のサポート』できてましたよ」


「いえ、ツインさんのおかげです」


ツインさんは、月の光を思わせるような素敵な微笑をした。


「…あなたはもう大丈夫。特別研修を終えて、立派な天使になりました。これから色々あるとは思いますが、お元気で」


そう言って、ツインさんはすっと私になにかを差し出した。思わず受けとる。


「羽根ペン…ですか」


「私の抜けた羽根で作ったものです」


「えっ」


ツインさん、もう抜け羽始まってるのか…お若く見えるけどな…


「キューさん失礼なこと考えてるでしょう。違いますよ。換羽のときに抜けただけですから」


「す、すいません」


「やっぱり考えてたんですね」


「あ」


「あなたは少々、正直すぎですね。長所ですけれど、時々はずるくなってもいいんですよ」


「…羽根ペン、ありがとうございます。一生大事にします」


「それは本当だと、嬉しいです。…私も、あなたと研修できて楽しかったですよ。よければ、また会いましょう。」


「はい!!」


ツインさんは手を振り、去っていった。



私は羽根ペンを見つめた。


艶のある、純白の羽根。


今回は目に見えるものだけでなく、目に見えないものをたくさんもらった。


これから落ち込むことも、嬉しいことも、たくさんあるだろう。


でも今はもう、大丈夫。




ひょいと、先輩が角から顔を覗かせた。


「キューさん、行くぞ」


「はーい。って、今キューさんって!?」


「…別にいいだろ。」


私は先輩を思わずまじまじと見た。距離を詰めるタイプではないのかなと、勝手に思っていた。


「何だよ。…僕のことも、リュウって呼んでいいから」


「はい!!リュウさん!!」


「やっぱ呼ぶな。」


「ええ!?」


「呼ばれ慣れてないんだよ…」


先輩の耳が赤い。


私はつい、クスリと笑った。





(おわり)












あとがき


天使の番号はEC番号と迷いましたが結局ニュージェネラルカタログ(NGC)にしました。それぞれの番号をググると綺麗だよ。


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