魔法使いの限界
「柊!」
城田さんの悲痛な叫びで、僕は意識を取り戻す。
どうもどうやら気付かないうちに魔法を後ろから撃ちこまれて吹き飛ばされ、モモタの結界に叩きつけられたようだ。
城田さんが咄嗟に防御してくれたのか、幸いにも致命傷ではないものの頭からだいぶ出血してしまっているようで、モモタの結界には僕の血がついているし、全身が鈍い痛みを訴えている。
あの結界は液体が流れ落ちない構造なんだな、などと呑気なことが頭に浮かんだものの、すぐに思考を切り替える。
追撃してくる魔法を躱すために転移魔法を使って城田さんのところに戻った。
血が流れすぎたからか打ったからかはわからないが、頭がくらくらする。
「柊、大丈夫!? 今治す!」
「ありが、と」
自分が人造人間だと知らされたにも関わらずこうして僕のことを治してくれる城田さんを見て、モモタを倒せていない自分が不甲斐なく思える。
だが今は反省している場合ではない。
四方八方から飛んでくる魔法を迎撃しつつ、反撃の手段、もしくは逃亡の手段を考える。
まだ魔物の死骸があるから戦えるがそれが尽きた瞬間に僕らの命運も尽きてしまう。
黒魔法のない僕個人の魔力の量なんて、転移魔法を後一回打ったら無くなってしまう程度だ。最悪自らの血を使う手もあるが、既にだいぶ血を流している以上、これ以上使うと本当に動けなくなる可能性すらあるのでそれは奥の手。
かといって逃げ切るという選択肢を取ろうにも、それで逃げきれなければ本格的に詰むし、そこに賭けるのは文字通り最終手段。
僕一人だけなら賭けにも出るが、ここには城田さんもいるのでリスキーな行動はなるべくとりたくない。
「血で前が見にくいですね」
モモタはそう言うとドンと地面を踏み鳴らして半球状の結界を一瞬解除する。結界についていた僕の血は行き場を失って重力に引かれるまま地面に落下し、赤い染みとなった。
「だいぶ満身創痍ですけど大丈夫ですか?」
機嫌よくそう言うモモタに対して何も言い返すことはない。
わざわざ相手がしたい会話に乗る必要はないのだ。
暫くの間モモタの魔法を迎撃し続け、ちょうど右から飛んできた氷の剣を瓦礫の山で迎え撃った時、城田さんが僕の服の裾を強く引っ張った。
「柊、結界の仕掛けが視えた」
僕に回復魔法をかけ続けながらそう言うと、城田さんは続きを話し始める。
「あの防御は二層構造になってる。モモタから三メートルくらい離れてあるのが物理だけを防ぐ結界。そしてそのすぐ内側にあるのが魔力を防ぐ結界。
壊すのは大変そうだけど、それらの結界はアイツの足が起点になってる」
「足?」
「うん。正確には右足の裏。右足の裏があの位置から離れると結界が解除されてまた作り直すことになる」
「とはいえ、それなかなか難しいと思うんだけど……」
あの結界を抜けない以上、モモタをあの場から動かすというのは不可能に近い。
「たしかにさっきまでなら無理だった。でも、勝ち目があるからこうして話してる」
城田さんは自信満々にそう言うと、ニヤリと笑って僕に作戦を打ち明けてくれた。
「柊が結界にぶつかったときの血が、百田が結界を一瞬解除したおかげでギリギリ結界の内側に入った。
ということはあの結界の内側で魔法使えるんじゃない?」
「あー……いや厳しいかもしれない」
一瞬画期的なアイデアだと思ったものの、回らない頭で少し考えたのちそれは現実的ではないということに気が付く。
「どうして? 転移の時はわたしのネックレスが起点だったよね?」
「いや、ネックレスは起点じゃなくて目印だっただけだし、空間魔法は特殊だから転移先が魔力を及ぼせる範囲かつ転移元が目視できる範囲、という条件で発動できる。
でも、他の魔法は厳しいと思う」
これは僕も詳しくない話なのだが、魔法を使うときはあくまでも自分という存在を起点に魔法が発動する。
例えば氷の槍を出すとき。一番強いのは氷の槍を相手の数センチ手前に出して突き刺すことだろう。そうすれば相手が何メートル先にいても関係なく瞬殺できる。理想としてはそうするのが一番強いのだが、そうすることはできないのだ。
相手の近くを起点に魔法を使おうとすると、魔法が上手くいかないときがある。それは相手の魔力が干渉するからだ。
そして今回の場合、ドーピングのせいで相手の魔力の量が多いので、おそらくあの結界の中は間違いなく干渉が起きて上手くいかない。たとえ結界の内部に血があってもうまくいかないだろう。
対する空間魔法は少し勝手が違う。あくまでもあれは空間に対して作用するので起点さえうまくどうにかできれば転移先は相手の体内とかよほどの場所じゃない限り関係ない。
「じゃあ、転移魔法なら使える?」
「できるはず。でも、魔法は転移させられないし――」
「じゃあさ、わたしをあの中に転移させて」
「……は?」




