第一章 プロローグ 始まり
第一章~
「今日も暑いなぁ…早く帰りてぇ……」
汗を拭いながら工場で働く男。
蔵棚正貴(46歳)
車の部品メーカーに務めて早20数年。
婚歴無し。彼女歴は一応有るが、現在は彼女無し。酒は飲めない。タバコは1日1箱。
休日は借家のマンションに引きこもり殆ど寝てる。友人は少なく、遊びに誘われもしない。
誘われたら誘われたで億劫に感じるタイプである。
意外性も何も無く、当然ながら女の友達など居る訳ない。
居たとしても、めんどくさがり屋な性格が災いして知らない間に相手に連絡が取れなくなってたりする(笑)
趣味はアニメを観たりラノベを読んだり。
三十代半ばまでは、オートバイやサバイバルゲームが趣味で、仕事終わりで日帰り五百キロツーリング等もこなし、土日はほぼ自宅に居る事が無かったのである。
だが、無意識ではあったが三十代後半から一変して、興味は内へ内へと向かって行き「引き籠もりのオッサン」がこうして出来上がったのであった。
意識して無口な寡黙キャラを貫いている訳では無く、話せばフランクに会話が出来る程のスキルは一応持ち合わせている。
今まで生きて来た経験値、所謂「年の功」である。
が、敢えてこちらから相手に話し掛けたり、話を振ったりする事は無く、かと言って話掛けられるのを待って居るでも無い、何処にでも居そうな、何の特徴も無い只の引き籠もりのオッサンだった。
若い頃は真っ黒だった髪も、いつの間にか白髪が目立ち始め「白髪染めをした方が良いのかな?」等と考える歳になってしまった。
ただ、唯一誇れる事と言うべきなのか、同窓会等で旧友に会った折、真っ先に見てしまうのは相手の髪型である。
昔はあんなにフサフサしてたのに今じゃ……と思い、敢えて相手の頭頂部から眼を逸らして仕舞うのだが、自分はどうにか学生時代の毛髪本数をキープしている(笑)
毛髪本数をキープとか、どんなパワーワードだよ!
聞く人が聞いたら刺されるぞ!
と、気分転換に簡単な自己紹介を脳内再生して、脂ぎったベタつく顔をタオルで拭きながら、今日も1日のノルマを粛々とこなしていくのであった。
「かったりぃ~……あっちぃ~……帰りてぇ……」
マサキは俯き、腕を膝に付き疲労困憊である。
毎日を淡々と暮らして、傍と気付くとこんな歳になっていた。
世間体を考えれば焦った方が良いのだが、焦る気持ちよりも諦めの方が大きかったので惰性で生きていた。
「惰性」
人生を自分の力で前に進む推進力はとうに枯れており、止まる訳でも無く、慣性の法則に従って「流されて」生きているだけであった。
(今日は何とか定時で上がれるかな……ちょい頑張りますか!)
と、顔を上げて気合いを入れた瞬間に、部長から声が掛かった。
「蔵棚君~!コレ明後日出荷だから準備しといてね!」
マサキは部長に視線を向けてその場で固まる。
そして反射的に壁にかかっている時計に視線を向けた。
只今の時刻16時20分……
「いや、無理っすよ!今からじゃ……早く言ってもらえれば……(えっ!ちょっ!おま、今から?ふっざっけんなよ!)」
「あはは!大丈夫!大丈夫君ならっ!」
(大丈夫じゃねーから言ってんだろ!このハゲ!残った髪の毛毟るぞ!)
本日の定時帰宅が無理になった瞬間であった。
一応の反論をしてみた物の、全く取り付く島も無く「反論」と云うエネルギーを消費するのも馬鹿らしくなった。
この歳にもなれば、一応の部署と部下をあてがわれ、中間管理職という枷で社畜になっていた。
十七時、部下達は定時で上がらせ、マサキは一人で納期に向けて作業を黙々とこなしていたのであった。
(もう嫌だ……帰りてぇ!てか何時に帰れるものやら……)
外に出ると、とっぷりと日は暮れて辺りは暗く、工場には自分以外誰も残っては居なかった。
(頼んだ奴が先に帰るとか何なんだよ……一言位言ってけよな……もし何か合ったらどうするんだよ?)
マサキは自分以外残って居ない工場のシャッターの鍵を閉め、タバコに火をつけながら徒歩でコンビニに向かった。
(お、いつものおねーさん居るじゃーん!ラッキー!つっても何も話さないんだけどねwww)
21時に帰宅。
風呂に入って、先程コンビニで買ってきた唐揚げ弁当を温めて食べてみるが何とも味気ない。
今更ながらであるが「手料理」という物がどんなに有り難い物かを思い知らされる瞬間でもあった。
テレビを点けてみるも、くだらないお笑い芸人ばかり出ていて少しも面白くない。
元々「お笑い」と言った芸を受け付けれなかったのだ。
古典芸の「落語」や「コント」等は面白いと思えるのだが、最近のお笑いは、先輩芸人が後輩芸人を陥れて、それを見て楽しむ様な風潮がどうにも肌に合わなかったのである。
タバコに火をつけ煙と同時に大きなため息を吐いた。
「はぁ……なんでお笑い芸人が時事のご意見番的な事やってんの?芸人は芸やってろよ……」
イラッとしながらマサキはそう独り言を呟いて、タバコと共にテレビを消したのだった。
簡素なベッドにゴロンと寝転んで、スマホでアプリのゲームを始めた。
クエストを少しやってガチャにチャレンジするが禄なのが出なかった。
(くっそ!また☆3つか……ウルトラレアでねーじゃん……)
「はぁ……(溜息)寝よ…」
寝る時は耳栓をして寝る癖がある。
目覚まし時計の秒針の動く音が気になって寝れないからだ。
他にも、隣に住む外人の糞餓鬼が昼夜問わずドタバタ走り回る音が気になるとか色々あるのだが……
暑苦しい夜、クーラーを20℃に設定して、何度も寝返りを繰り返しながら睡眠を試みた。
こうしてクラタナの一日が終わった。
まさか、数時間後には人生まで終わる事になろうとは、この時はまだ微塵にも感じて無かった。
深い眠りに入って数時間後
カタ……カタ……カタカタカタカタ……
カタカタカタカタカタカタ……
ズドーン!
「うるさいなぁ……(寝ぼけ)静かにしろよな……糞餓鬼……」
グワッシャン!ドカーン!ズドーン!
「うわ、マジうるせ~……何時だと思ってんだ?」
壁に蹴りを食らわした。(笑)
正真正銘の壁ドンだ。
だがうるさいのは収まらないし揺れは酷くなる一方である。
(てか、今更気付いたんだが地震か?マジで揺れてる……揺れ方パネェっすよ……)
ズガガガガ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
地震である。
しかも、マサキ自身未だかつて経験した事が無い程の揺れである。
因みに「地震」と「自身」で韻を踏んでるとか、そんな事を言って居られるレベルでは無い程の揺れだあった。
続いてスマホから緊急地震速報が流れる。
「チャラ~ンチャラ~ン!ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
「震源地どこよ?……と、スマホが何処かわからん……まぁいいや……にしても相当な揺れ方だぞ……」
それが現世で放ったクラタナ最後の言葉であった。
寝ぼけ#眼__まなこ__#でベッド脇に置いてあるテーブルのスマホを探るが、どこかに落ちたらしい。
落ちて何処かに有るスマホは、二度と持ち主に触れられる事は無く低い振動を鳴らし続けていたのであった。
マサキは緊急地震速報の低周波なバイブがベッド越しに何時までも聴こえて、イラッとして居たのだが眠気には適わなく途中で意識を手放したのだった。
次の瞬間、住んで居たマンションは倒壊し蔵棚は寝惚けたまま箪笥に押し潰され圧死したのであった。