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18

「本当に大したもんだよ」

仕分けされたものを眺めながら、老女は心底戦いた声で言う。

「どれもこれも、呪いの品物だってのに。二つ触れば幻覚と幻聴、三つ目で発狂っていわれるような物もあるってのに。全部より分けたのかい。それも」

老女はその仕分けされた箱を見つめながら、もう一度言う。

「呪われた一級品ともなれば、触れるだけで何かしらの影響がある物だというのに。あの娘は平気なようだった。……普通、一級品に追加された呪いはとんでもないっていうのに」

彼女は触れてより分けたのだ。

それの恐ろしさに、老女はにやりと笑ってみようとした。

「呪いの品は呪いの品で売り様があるってわけだが……まったく、オルカの恋人は魔女なのかね」

いいや。

「それともヤマシロに暮らすという、夢魔を退ける事で知られた障壁の血筋か……でも障壁の血筋だったら余計におかしいね。あのトヨトミの王族が、安心して眠るために必要な存在を外に出すなんて」





「あんた信じらんない女だな」

仕事も三日目、分別する蔵は三つ目、このあたりでもう彼女もそれらの匙加減やどうすれば手早く終わるのかがが分かり、要領が分かってきた三日目である。

もしかしたらこう言う、分別する仕事が向いているのかもしれないなんて、前向きになっていた矢先に投げかけられた言葉だった。

振り返れば、顔色の悪い男性が立っている。海の仕事をする人、おそらく船を動かす男性なのだろう。

このあたりの商人は女性が多く、女性が男性を顎でこき使っている事もよく見られる光景なのだ。

そしてその顎でこき使われている男性の筆頭がオルカ、というあたりは気にしない。

「ちょっと待ったこんなに荷物、船に乗せんじゃねえよ、動かせるかよ!」

事実今も外からオルカの使いまくられている声が響いている。

それに対しての女性たちの笑い声や、あおっている声もまた

「やって見せろオルカ、底力!」

「駄目だだめだだめだ、おい本気で沈むから、分かったからわかったから、これとこれとこれ持っておれが飛ぶから乗せるんじゃねええええええ!」

「良しよく言った! 実は船よりも、お前の飛びの方が早いからそうしたかった。でもお前に頼んだら賃金上乗せされそうだから」

「そりゃないぜ……」

「騙されてやんの、シャチ坊ほんと純粋なまんま育った感あるなー!」

オルカの落ち込んだ声に笑い声が、いくつも。

外は楽しそうな声にあふれているし、いろんな人の行き交う活気ある空気も流れている。

だがこの蔵の近くはそこからどこか、切り離されたような空気なのだ。

外の明るい空気はきっと眩しい、と感じているディアマンテには居心地のいい空気だ。

外の空気もわかる静寂。

そんないい空気は滅多にないのだから。

そしてこの蔵の周囲には、人がめったに来ない。

そのため余計に、男の言葉が気になった。信じらんないってどういう意味だろうか。

信じられない事をしているとは、思わない。

ただちょっと判別が早いだけだ。

大体、ざっと眺めて偽物かどうかわかるものだけ、より分ける簡単な作業なのだ。

真贋に悩むような物はこの後の人たちに丸投げ状態なのに、それを信じられないって。

疑問を顔に浮かべた彼女に、男が言う。

「この蔵の前の蔵。あんたがより分けた蔵の中身、知ってるか」

「いいえ? そんな物を気にしてどうするのかしら」

そんな物。蔵の中身は単純に商品でしかないだろうに。

そんな物の正体を気にしてどうするのか。

ディアマンテには本当に分からなかった。

だが男はその答えに、余計にぎょっとしたらしい。

「あんた知らないし、興味もないのか? おい、あんた命がけの事をしていて気づいてないのか?」

「命がけの事? 誰も切り殺しに来ないし、毒を飲ませにも来ないわ、人すらめったに来ないのだもの、殺されるわけがないのに」

彼女の言葉に、男が言う。

「この蔵の前の蔵の中身、実は……」

「あんた、何してるんだい。鑑定士の邪魔をしてどうしようってんだい?」

男がさらに言おうとしたその瞬間の事、だった。

背後からラタンの籠が投げつけられて、男は投げた相手を見て引きつる。

「おばば様……」

「今鑑定士の採用試験をしている真っ最中だってのに、その邪魔をして何を企んでいるんだい?」

化粧のきつい目を余計にきつくした老女が、言う。

その声を聞き、男がさらに言う。

「でもおばば様! 呪いの品の鑑定をする仕事に、彼女のようなか弱げな女を」

「その子の背後にはシャチ坊がいるよ、わたしがその子の害になったらシャチ坊が尾鰭を出すよ」

尾鰭を出す、というのは何か独特の言い回しの様だった。

男がはっとした顔になったのちに、納得したようにうなずく。

「確かに、シャチ坊の大事な物に害があったら、尾鰭が出る……」

「そこの子は違う、のさ。それだけで十分仕事を与えるに値する」

男がその後の視線に逃げ出すように、そこから立ち去る。

ディアマンテは恐る恐る問いかけた。

「あの、おばば様……」

「なんだい、採用試験中の鑑定士」

「わたくしが見ていた物は、呪いの品だったのかしら」

「まあね」

「……でもわたくし、呪いにかかっていないわ」

自分に何も害がないのに、と思う彼女。

呪いの品を鑑定していたなんて、信じられない気持ちだというのにおばばは言う。

「たまにいるんだよ、呪いにかからない人間。鑑定にはそういう奴も必要でね、わたしはそんな人間が欲しかった。……実は採用してやろうと思ってここに来たんだけれどね」

「あの、鑑定したあれらはどうなるんですか」

「ん、呪いを浄化するために神殿にいったん預けてから、呪いが無くなったら価値のある物として売るのさ。あんたにやってもらっていたのは、神殿に預けるためのより分けでね」

よかった、呪いの品として売りつけるわけじゃないのか。

人の害になる物にかかわるのは、嫌だった。

「今までは、より分けの時点で被害がひどくてね、あんたみたいなけろっとしているの、すごい貴重なんだよ、はっきり言って。そこら辺の給料とは比べ物にならない額を出すから、雇わせてほしいって言いたいくらいさ」

「では、ここで雇わせてもらえるんですね」

声が軽く弾んだ少女に、老女が笑う。

「それにあんたなら、もれなくシャチ坊もついてくるからね、いいのが二人も一気に手に入るとなれば、素晴らしいじゃない」

「オルカは力も強いし、海の事にも強いですからね」

「まあ、それ以上の価値があったりするんだけれどね。あれの寿ぎがあった船は沈まない。何故かいつもそうだから、血眼になってシャチ坊を探す奴らもいるくらいさ。でも本人がうんと言わないわけで、言わなかったら獰猛なあいつは従わない」

獰猛と言われても、ディアマンテはぴんと来なかった。

それはオルカの情けなかったりお人よしだったり、おおらかだったりする部分ばかり見ているから、だろう。

「シャチ坊の凶暴性は、手負いか精神が不安定だとよく現れるからね。あんたの近くのシャチ坊はいつも安定している。……あんたが精神安定剤なんだろうよ、誇りな鑑定士」

「そうなの?」

少女の疑問に、老女が頷く。過去の事を思い出しながら言う顔だ。

「そ。眠れないシャチ坊は基本凶暴的だってのに、今のシャチ坊は父親に守られていた頃にそっくりさ。よく眠れていて、攻撃性が出て来る隙が無いんだろうよ。あんたがいなけりゃそうならない」

老女が誇らしげに笑う。

「二度目だよ、誇りな鑑定士。あんたは巨大な金剛石以上に価値のある物を、守っているのさ」

胸の中がくすぐったくなった少女だった。

「さて、今日の仕事は終わりだよ、この曜日は昼までしか仕事をしないのが、この街の流儀なのさ。さ、シャチ坊の所でぱーっと遊んでおいで、これが採用試験中により分けた手当だよ」

ひょいと渡されたのは、紐につながれた銀の飾り付きの色石だった。

「金貨や銀貨ではないのですね」

「六島の通貨は色石なのさ。いざという時それだけで価値になる物、が通貨になるのは基本だよ」

質に入れられる物とかね、と笑う老女が続ける。

「ほらもう、外でシャチ坊が騒いでる。あんたと街を回りたくて仕方がないんだ、あの小僧」

耳をすませば、本当に声が聞こえてくる。

「ディアマンテまだかー?」

「坊主、こらえ性がないと愛想をつかされるぞ」

「だっておれこの街の事、あいつに何にも教えてねえんだもの!」

その声を聞くとすぐに行きたくなって、たまらなくなった。

少女は老女に頭を下げて、声がする方に走り出した。

「ごめんなさい、待たせて」

「ちっとも待ってねえよ」

「やせ我慢だー!」

「見ろお前たち、これが色男のやせ我慢だ! 潔いほどやせ我慢!」

「言葉がなんか違うだろー!」

オルカに声を変えれば、彼が首を振って笑う。

その邪気のない笑顔に対しての、また、容赦のない突っ込み。笑い声。

陽気な人々はどこまでも陽気だ。

と思っていれば。



「姫君、このような場所に! ささ、殿下がお待ちになっております、お急ぎご帰還ください!」

なんていう声が響きわたり、ディアマンテはオルカの目の前で男たちに囲まれた。

ぎょっとしている間に彼女は、そのまま船に乗せられてしまう。

そして呆気に取られている誰も彼もをおいていき、船はすごい速度で島を離れるのだろう方角に進む。

真っ先に我に返ったのは、船に強引に乗せられていたディアマンテだった。

「何をなさるの、おろしてください!」

彼女はここで追手が来たのだろうか、と考えながら叫んでいた。

だが罪びとに対する態度とは違う気もした。

「おろしてください、どなたかと勘違いしているのです!」

彼女の悲鳴に、男たちが首を振る。

その中に見知った顔があるのを見つけ、ディアマンテは彼らが間違いなく自分を探していたと知る。

理由は明白、その見知った顔というのが、自分の家に仕えていた執事だったから。

その男の顔を見間違えることはないディアマンテは、一体何が起きてこうなったのか、と問いかけるべく口を開いた。

「いったい何の用事でわたくしを? わたくしはあなたが多とは一切合切関係のない愚かな女にございます」

「愚かであろうともなかろうとも、殿下にはあなたが必要でありました」

「お話が見えてきませんの、一体何をおっしゃりたいのかしら」

彼女の慣れていない頭はそれでも高速で、自分がこうなる理由を探していた。

そしてちらりと船が進むのとは反対側を見つめ、立ち上がる。

彼女は視線を執事の先に向けながら、問いかける。

「いきなりこうして連れていかれるなんて、とても我慢できませんわ、理由をお話しくださいませ、さもなくば」

「さもなくば? 貴女では我々を止める事も出来ません」

「そういうことをおっしゃる時点で、わたくしの意思が何もないといっているものです。愚かなりに抗う手段はもちあわせがありますの」

「国についたお話いたしますとも、絶対に」

「お断りします、と言ったらどうなるのかしら」

ディアマンテは青ざめ始める顔で問いかける。

その顔色が、恐怖によるものと思ったらしい執事が、友好的な笑顔を見せる。

「大丈夫ですとも、父君も殿下もあなたに危害を加えたりなどいたしません」

「理由もなしにそんな物を受け入れられるほど、わたくし、考えない女になったわけではありませんの」

ディアマンテは言いながら思い切り船の端をけり、海上へ身を躍らせた。

その、一瞬。

彼女の体を見事に持ち上げてさらに、己の体ごと空中に躍らせたのはたった一人。

「いやあ、ディアマンテが信じてくれて助かったぜ!」

「あなたが来てくれたから、こうして簡単に体を動かせたの」

きつく体を握る少女に笑う、男は赤色の髪をひるがえしてまた、高らかな声を上げた。

「おれのディアマンテに変な真似しようってなら、船ごと沈めるぜ、おっさんがた!」

そしてその言葉通りの事が起きたのだ。

オルカが懐から何かを取り出し、空中にいながらそれを正確に投じたのだ。

それは船の底にぶつかり、続いて。

けたたましい音とともに、船が真っ二つに割れて沈んだのだ。

それは一瞬で、オルカがひょいと街に張り巡らされた糸に着地すると同時だった。

それでもオルカはかけらも揺れない。

その平衡感覚のすごさと言ったらない物だった。

そして船が沈んだ人間は、まわりで見ていた街の住人に回収されていく。

「だーあから、シャチ坊の女に手を出せばただじゃすまねえんだっての」

「また賭けに負けちまったなー」

「何度目だこれ、シャチ坊関係は結構当てが外れるよな皆」

「今回特にそうだろ」

のんきな物である。

さらにオルカが、彼女を見下ろしてこう告げた時。

「なあディアマンテ家帰って出かける支度しようぜ、遊ぼう」

「お待ちください、お話をお聞きください!」

執事が悲鳴のように叫んだのだ。

「お話を、お話を! 貴女様の婚約者の殿下のお話になります!」

その単語を聞いたディアマンテは息をのみ、唇をかんだ。

殿下、婚約者。彼女が大嫌いな相手だ。

自分がいくら嫌な女だからって、あんな塔に閉じ込めるのだから大嫌いになっていい。

嫌いになった物は嫌いでいいのだ。

「聞きたくありません。どのような御用事でも」

彼女がつい、感情のままに顔を背けて言い切る。

それに口笛を吹いたオルカが言う。

「さすがディアマンテ、心が広いぜ、おれなら面をあわせてから三枚おろしにしたいってのに」

「お願いいたします、国家存亡の危機なのです!」

「また嘘くさい」

オルカの言い分は間違いなく、ディアマンテにとっても同じ意見だった。

しかし、執事があまりに必死な顔なので、情が動いた。

「オルカ、お話だけ聞きましょう」

「聞いてあげちゃうのか、お前」

「ええ、聞くだけ」




聞いたところで、かの男の所に戻るつもりなど、毛頭ない。

塔の中で彼女は生まれ直したのだ。

オルカの宝物として、そして何の肩書もないただの少女として。

彼が手を差し伸べて選択を迫った、あのときに。

自分は二度とそう言ったものにかかわらないと、少女は決めていたのだから。

取りあえず、と言ったところか。人に聞かれても問題のない話、と感じていた少女は近くの飲食店の、海へ台を伸ばした場所に、執事たちを案内した。

案内したと言っても、そこにしたのはオルカである。あまりまだ街の事を詳しく知らない少女以上に、この事に対して何か思ったらしい。

そして一つはっきりしているのは、執事たちがここで強引に彼女を、もう一度連れて行こうとしても彼に、追いつかれるという事だ。

今度は一撃で、船ごと海底へ沈めるだろう。

オルカはそう言った残酷さが、あったのだから。

「こんな開けた場所で」

などと言い出した執事に、ディアマンテはとりあえずお茶を出した。

塩乳茶である。この六島特有の物をみて、執事は苦い顔になる。

「このお茶はいつも、紅茶に対しての冒涜だと思っているのですが」

「このあたりの当たり前の物ですから。まずお茶と言ったらこれが出てきますの。ほかの物がよろしければそのように、そちらの方にご注文なさって? 味の保証はしませんわ。いかんせん、きっちり作法を守ってお茶を出すなんて、しないのですもの」

ディアマンテのはっきりとした言葉に、得体のしれない液体を飲むよりはまし、と思ったらしい。

執事はそれを一口、顔をしかめて飲んだ。

「それで、あなたのお話は何かしら。あちらへ帰れなどどういった言い訳の結果かしら」

「王族の皆様が、あなた様をお待ちなのです。障壁姫」

「意味が分からないわ、障壁姫なんて、耳あたりのいい言葉を並べて何がしたいの」

「……お嬢様はもしや何も、何も当主様から聞かされていないのですか」

「何もとは、こう問いかけている時点でわたくしが何も知らないのは明白だと思うわ」

背筋を伸ばした少女の、何処か人を圧する空気に執事がつばを飲み込み、そして続けた。

「こちらの本をお読みになっていただければ」

「おーふるっちい仕掛け本だな、こんな物こんな湿気た場所に持ってきて痛んじまうだろうと」

執事が差し出した、その古めかしいぼろぼろの本は、オルカがあっさりと奪ってしまった。

そしてそれを乱雑にバラバラとめくって、ディアマンテに差し出す。

「ほら、変な呪いはかかってなさそうだぜ」

「お前、まさか我々がお嬢様に危害を加えようと、その本を持ってきたと思ったのかっ!」

失礼なことを思われた、と執事が怒りの顔になる物の。

「差し出されるほか食べる物を与えられていない女の子の食べ物に、フグ毒を仕込んでんだから疑われるだろ、馬鹿かお前ら」

「フグ毒っ!? あんな禁忌の物をどうやって我々が手に入れるんだ! 保存も極めて難しい、変質しやすい毒だぞ」

「それを仕込まれてたんだからしょうがねえだろ、禿げ頭のおっさん」

オルカが言っている間に、ディアマンテは我関せずと本をめくった。

中身はいたって普通のお伽噺。

昔々に存在していた、小さな夢の悪魔の話だった。夢魔と呼ばれるその悪魔は、ある時とある王様に大変馬鹿にされた。

そしてその仕返しのために、王様と王様の家族の夢をバリバリと食い散らかして、悪夢しか見られないようにした。

王様はそのために子供たちの幾人かが病気になり、途方に暮れていた時に地方から来た謎の男が現れた。

その男は、男の娘を王様の妃にする代わりに、その夢魔の悪夢から逃れる方法を与えた。

それは、男の娘が持っていた強い障壁を張る力で、夢魔が夢の中に入れないようにするという方法。

王様は大変喜んだのだが、娘が幾人もの妃を持つ王様の相手になる事を嫌がり、その時いた独身で一番誠実な王様の家来の、妻になると言い出した。

男は娘の言葉を聞き、王様にそれを求め、家来も娘に一目ぼれ。

娘が嫁いだ家の格をあげて、娘の力で王様たちは夢魔から救われた。

そんな話だった。

「これがどう関係があるのかしら」

「お嬢様は、今代の障壁姫なのです」

「その意味ってなんだよ」

「文字通り、障壁を張る事を役目とした女性の敬称です」

「だから? 言いたい事は全部言えよ、まどろっこしくてしかたねえ」

オルカの瞬いた極彩の瞳に気おされた執事が、続ける。

「お嬢様がマホロバに戻らなければ、国王陛下たちが毎晩悪夢に苦しめられてしまうのです、どうかわたしめと一緒に、マホロバに戻っていただきたいのです」

「わたくしは罪びととして塔に入れられ、毒を盛られかけて、全てを捨てる心でこの場所に来て安住の地を得たのに、地獄へ戻れと?」

彼女の瞳が瞬いて、その中に強い光が一瞬差し込んだ。

その煌きは怒りから来るもので、強い強い物だった。

オルカの息が止まるくらいには。

「いまさら国王たちがどうなっていても、このただの娘ディアマンテには、関係のない事。わたくしでなくとも公爵やその縁者たちの中に、障壁というものを使える誰かはいるでしょう。その方になさって」

拒絶だ。ディアマンテは明確に拒絶を示し、嫌だと突っぱねた。

それは塔のなかで心が壊れかけていた時と比べれば、精神が回復した事とも言えた。

「いえ、おりません」

執事は譲らない、そして言う。

「障壁姫は無意識のうちに、側にいるものを守る障壁を張るのです。そして障壁姫がいなくなって初めて、その者が障壁姫だったと気付かされるのです」

「わたくしがいなくなって、そうだと気付いた? そんな事があるわけないでしょう、父様も誰も、私にそのような話をしていないのだから」

「お嬢様は血がとても薄かったので……力を継がないと誰もが思っていたのです。親戚同士で縁組した誰かが、その者だろうと誰もが思っておりました」

いなくなってそして、障壁姫が誰なのか知らされたのだろう。

ディアマンテにはとても、納得できる話ではない。

彼女はお茶を飲み、言う。

「行きません。殺されそうになった場所へ、どうして戻れると? 無実の罪を着せてきた相手たちを、どうして救えると? わたくしは聖女ではないの」

「いや、行こうぜディアマンテ」

彼女がきっぱりと断ったその後、何を思ったのかオルカが言い出した。

「オルカ?」

「行くだけでいいんだろ、な」

オルカはにやりと笑いながら言う。何かが頭の中で回っているのだろう。

「はい、来ていただければ」

「行くだけって言ってんだし、行ってみてそれから考えようぜ」

「その理由を後で聞かせてちょうだい」

「おう」

明らかに何かを企んでいる男の笑顔に、ディアマンテは乗る事にした。


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